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日本に戻ったその日に俺とライトくんは後から来た伊出さんと相沢さんの手をかりながら本部の機材を設置し直した。すごいな、と伊出さんが言うので、それだけじゃなくもう高田さんと会う約束までとりつけてると報告をした。
「うまくいきました。これで彼女とキラの連絡手段を探れば、そこからキラを逆にたどって行けるかもしれません」
「気をつけてね」
「ええ」
「ライトくん、こっちにくる前にも言ったように……」
「わかっています、相沢さん」
ライトくんは頷き、これからの手配についての計画を立てた。
ホテルをおさえるのはニュースを見てからということになったので皆でテレビを観ているが、キラの思想がなんかヒートアップしてきててすごい。
「欲張りですねえ」
「なんだ欲張りって」
「いや、なんというか……言いたい事はわかりますけど、自分に従えという意志が強い感じ」
「だから、無理矢理キラがそういう世界を創ろうと現実に行動してるって意味だろう」
相沢さんと伊出さんが、顔を顰めため息を零した。
怠惰なんてくくりがでかすぎる気もするが、まあ社会に貢献している普通の人間は大目にみてやるってことなので、ある程度庶民の味方って感じはするのかも。
神様というよりは独裁者的な印象を抱いた。
キラ疑惑ある人が傍に居るので言わないけど。
伊出さんと相沢さんと俺の三人で、ライトくんと高田さんの密会現場を監視した。
時折本音のようなニュアンスの口説き文句を滲ませながら、あくまで高田さんを尊重し、なおかつ探りを入れて行く言葉選びはまったく見事だ。
「俺の時もこんな感じなんだろうか……」
隣に居た相沢さんが飲みかけのコーヒーをふき出した。ばっち〜い。
「ど、どうした相沢?松田もどういうことだ?」
「げほ、いやスマン伊出、なんでもないんだ。松田、お前は余計な事を喋るな」
すいません、と謝ってまたモニタを見る。
なんで無言で見つめ合ってるんだろうとか中学生でもわかりそうな事を伊出さんが聞いてくるので今度は俺が飲物をふき出しそうになりつつ、ゆっくりとライトくんの思惑を解説した。
なんで俺、先輩のしかも刑事さんに男女の恋の駆け引きを解説してるんだろう。
進展は数日であった。といっても、俺達にとっての進展ではなく、ライトくん、ひいてはキラにとってのものだろう。
高田さんの携帯にキラからの連絡があり、盗聴等が無いようにしろと言って来たので俺達は一切ホテルの部屋の様子を見られなくなった。
この間テレビに映っていたそれらしき一般人と、高田さんがキラの味方ってことでいいんだっけと記憶は関係なく勘であたりをつける。
俺達としての進展は一応、模木さんがミサと一緒にNHNに入る理由ができたことくらい。あとニア率いるSPKが日本に入ったのはある意味では大きな収穫かもしれない。
ミサのマネージャーをしている模木さんはSPKのメンバーの顔を見ていない。ニアには相沢さんや俺がメンバーを見たら教えてあげて構わないとまで言われた。相沢さんが後で模木さんに詳しい情報を伝えるだろうし、まあ、模木さんの場合はその辺空気読んでSPKの邪魔になるってことはないと思う。
それから数日後、リドナーさんが堂々とテレビに出ていた。ライトくんは俺達の表情をうかがうことはないのでバレてないだろうけど、リドナーさんは一目瞭然の経歴だった。
高田さんはプライベートをあまり公開しないから、美人な護衛のリドナーさんが週刊誌にも載るようになる。……はあ、危険なことしてんなあ。
いや、よく考えたら俺たちが一番危険なんだけど。すべてが終わったら、名前も顔もとっくに知られている俺達は容易くライトくんに消されるんだから。
数日後俺は相沢さんと二人になった。ちょっといいか、と言われてぽやぽやついて行ったんだが、本部を出て都会の街を足早に歩いている彼の背中を追う途中で気づいた。なんか様子がおかしい。
「あの、どこへ向かってるんですか?」
「……ああ……」
返事はあるが、目はあわない。
「何かあったんですか?」
「……」
相沢さんは足を止める。慌てて俺も足を止めて、道の隅にひっぱった。どこかカフェに入って落ち着くのも手だけど、同じ空間に留まる人が多いと会話が聞こえてしまうかもしれないのでやめた。道端なら通り過ぎて行く人に断片しか残らないだろう。
「以前、言っていたな。キラを探す事はやめない、何をすることができなくてもこの姿勢は崩さないと」
「言いましたね」
多分ワイミーズハウスからの帰り道で言ったんだ。
「今でも、探す事はやめていないか?」
「———本当は、最初から探してなんかいないんです」
「なに?」
「ぼくはずっとキラはライトくんだと思っているから、正体を現すのを待っています」
「ずっとって、いつからだ?」
「最初からです」
竜崎さんが疑い始めた頃から、という意味で受け取っているだろうけど、初めて会った時からそんな気配はしていた。正確に言うと新宿通り魔が心臓発作で死んだときにキラが誕生したので、そこがスタートなんだと思う。
「待ってどうするつもりなんだ?」
「どうもしません。ただ、最後を見届けることに意味があるんです」
相沢さんははっと目を見開く。
胸元をつかんで、Lの事を思い出しながらゆっくりと瞬きをして、相沢さんを見つめる。
「ぼくの胸には犠牲になった人が確かにいる、だからけして背は向けられません」
「……ああ————……」
戦慄く唇から零れたのは肯定だった。
前に同意してくれたのは、俺の気持ちを配慮しての返答だったけれど、今は違う気がする。
「ニアにも似たようなことを言われた」
「え?」
「ライトくんは高田と筆談をしている。そんなちんけな報告をした俺に、何もするな、見届けろと」
「……ぼくらの頑張りをものともしない言い方ですね」
肩をすくめると、相沢さんは微かに笑った。
next.
このときようやく相沢さんが、何故松はライトの好意を信じていないのか理解したってことにしたかったけどよく考えたら相沢さんはライトが男を好きになるっていうのをそもそも信じなさそうだなって。何かの間違いか冗談か……とにかく信じてないんじゃないかと。だから松が信じてなくても、そうだよなって思う方。
Sep. 2016