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紅白が始まる直前にミサがニアに『保護』された。模木さんもそれに応じたようだが、相沢さんが多分筆談の痕跡の話をしたんだろう。
ライトくんはニアと連絡を取り、ミサと模木さんが了承したことを確認した。
それから三週間、特になんの音沙汰も無い。けれど、なんだか終わりに近づいて行っている気配がする。竜崎さんが死ぬ直前の胸騒ぎとも似た、何か変な予感がするのだ。
アレは本当に直前だったし、ニアやメロがこんな所で急に死ぬ筈も無い。
———お会いしたい。
そんな言葉がニアの声でスピーカーから聞こえた。どくん、と胸が弾む。
どうしてもキラ事件に関して見せたいものがあるというけれど、まあ建前だろう。物なら画像を送れば良い話で、現物が良いんだとしても、ニアと直接会う必要は無い。なんてったって、顔を見せない事が一番の安全策だ。
…つまり、とうとう決着がつくってことか。
日付を指定されて、俺は自覚なく胸を掴む。ペンダントではなくただ緊張して、くしゃりとシャツを握っていた。
当日はミサを開放した後SPKのメンバーに模木さんが同行、俺達も全員そろって、ライトくん以外の人がノートを持って所定の場所へ行くことになった。その約束を聞いてすぐに、負けたら全員死ぬんだろうなと思い至る。正直行きたくはないんだけど、行くしかない。そうしなければ俺は結末を知る事はできないだろう。
胸を握ったついでにペンダントの感触を思い出してシャツの上から手を胸に押し付けた。
ライトくんがちらりとこっちを見たけど、何も言ってくる事は無い。
高田さんがメロにより連れ去られ、二人とも死亡した。おそらくライトくんかもう一人のキラがやったんだろうけど。
そんなことがあってもニアとの約束は変わらなかった。
あと三日の猶予はあるが特に何かがおこることもない。嵐の前の静けさといった感じで、ちょっとハラハラしちゃう。
「松田、近頃顔色悪くないか?」
「え、そすか」
伊出さんにそう言われて、俺は米神から顎にかけてを軽く撫でる。
「たしかに。……眠れてないんじゃないか?ニアとの対面に緊張する気持ちはわからんでもないがな」
相沢さんが俺の顔色を窺うそばで、伊出さんはなぜだと首を傾げる。
もしかしたら死ぬかもしれないということを、伊出さんは思い至っていないようだけど、さすがにその場では言えない。
「しばらくは特にやることもないから、休みましょう?松田さん」
ライトくんは立ち上がって、俺の背中に手を回した。部屋を出るように促され、考えずに足を動かすと仮眠用ベッドのある隣室に連れて行かれる。
俺がいるからなのか、伊出さんと相沢さんはライトくんを追いかけて来ない。
……これだから日本捜査本部はぬるいって言われんじゃないの?
「ライトくん……?」
ドアが閉じられて二人きりになったところで、俺は彼の顔を覗き込む。
答えもなく抱きしめられて、ぎょっとした。
「な、なに?」
「不安ですか?」
放せという意思表示のためぺしぺし背中を叩いたけど、俺の背中にまわった腕はさらに力が込められ、身体が密着する。ライトくんの息づかいがよく聞こえた。
「———28日、松田さんはニアとの待ち合わせ場所には行かなくても良い」
「は?」
身体は開放されてないが、顔を少し離したライトくんが俺の顔を見つめる。
視線がまっすぐ俺を射抜き、黒い鏡には俺のぽかんとした顔が映っていた。
上手な言い訳を説明しているが、まったく頭に入って来ない。
なぜライトくんが俺を配慮して、俺をYB倉庫に連れて行かないことになるんだ?
「お、俺の事…好きなの」
「だから、ずっとそう言っているじゃないですか」
あくまでキラとしてじゃなく、ライトくんとして俺を労っての意見に聞こえる。
だから、『三日後に全員殺すが俺だけを生かす』ではなくただ俺が『酷く疲弊しているから療養すべき』とでもいいたげな……。
いやあ、よくわからなくなってきた。
「僕の目が、嘘をついているように見える?松田さん」
「見えるっていったら殴る?」
へらっと笑って身を引くと、ライトくんは一瞬引きつった顔をしてからにやりと笑ってみせた。
「松田さんのことは殴りませんけど、———寝かせませんよ」
どさりとベッドの上に倒された。
え、俺貞操の危機———?
隣の部屋に先輩が居る状況で、俺はくぐもった声をもらし、身をよじらせてベッドの上で乱れていた。殺しきれない自分の喘ぎ声に羞恥心を募らせ、とうとう我慢する事をやめて、爆笑した。
ぐあっはっはっは!と笑う俺の声を聞きつけて相沢さんと伊出さんが怒鳴り込んで来た。
「何を遊んでるんだ松田ァ!!!」
「ぼ、ぼくじゃないですう!」
ライトくんの下で汗だくになり顔を真っ赤にさせていた俺はぴくぴく震えながら言い訳をした。現行犯だろうが!
「……ライトくんまで何やってるんだ……松田を休ませるんじゃなかったのか」
「休みたくないと駄々を捏ねたので、疲れさせてあげようかなと」
アハハじゃねえよ畜生。
いまだにくすぐられた脇腹がぞくぞくするから、シーツに顔を埋めて余波に耐える。
伊出さんと相沢さんが呆れた声で俺にとっとと寝ろといって部屋を出て行った音がした。置いてかないで……。
ライトくんは俺の上から退いたけれどすぐには部屋を出て行こうとせず、汗ばみ前髪が若干はりついた俺の額を、指の腹で撫でた。あらあらどうも。
「とりあえず、ひとねむりするね」
「……寝かさないって言いましたよね?」
ベッドに転がったままだったのでちょっと体勢を直しライトくんに答える。
信じてる信じてないはうやむやにしたつもりだけど、それを許したくないのか、物言いたげな目線が突き刺さる。目を瞑ってしまおうかなと視線をそらしたが、その視界にはライトくんの手が入って来て、俺の顔は固定されまんまと唇を奪われることになる。
今までのは触れるだけか、啄む程度のものだったけど、今日は舌まで入って来た。自分の笑いを噛み殺す喘ぎ声よりも、酷い音がした。
ライトくんは俺を押さえつけて口内を舌で蹂躙しているくせに、ちっとも息を乱さない。俺は窒息死させられることのないように口を大きく開けて隙間から息を吸ったり、鼻呼吸を心がけたりしているが、完全に負けてるので酸欠により頭がくらくらした。
どんどん胸を叩くとようやく舌が出て行く。それでも俺の呼吸を未だに邪魔するつもりなのか、唇を吸っては舐めてを何度か繰り返した。
「わか、った!わかったから〜〜!!!」
俺の返事とともに、ライトくんは耳の穴をくすぐる指を抜き、舌なめずりをしながら顔を離した。
next.
ヒロインの特徴:唇を奪われやすい。
Oct. 2016