03
バレンタインデーは知世ちゃんに誘われて一緒にチョコレートを作ることになった。あれ?俺って男の子だよね。フリルはないけど白い清楚可愛いエプロン着せられて、チョコレートこねこね回しながら首を傾げる。ま、いっか。
いつもお世話になってる人とか家族にも作ろう。でもいっぱい作るのは面倒だからお父さんとお兄ちゃんとケロちゃんと雪兎さんと……あれ?五つ作っちゃった。知世ちゃんはバレンタインデーに俺にチョコレートをくれるそうなので、交換じゃなくてホワイトデーに何かあげることにしてるからケロちゃんにもいっこあげれば良いか。
次の日学校に行くまえに、早めに出ようとしてるお兄ちゃんを引き止めてチョコレートを渡した。
「はっぴーばれんたいんだよー」
「だいじょうぶなのか?くっても」
「味見したよ!あ、これ雪兎さんにも渡しといて」
「手渡ししてやれよ。そのが雪も喜ぶ」
ええ……俺女の子じゃないのに……?
めんどうくせえって顔を前面に出したら、お兄ちゃんはぽんぽん頭を撫でながらサンキュと言って家を出てった。
俺も学校に行くと、クラスの女の子とか知世ちゃんとかからチョコレートを貰った。山崎とエリオルくんがほら吹きコラボレーションしてたけどほぼ聞き流し、信じちゃってる小狼くんにてきとうに相槌をうっといた。
帰り際には驚くことに小狼くんがほっぺ真っ赤にしながらチョコレートをくれたので受け取り、家に帰ったらお兄ちゃんと雪兎さんが居た。なんだ、家に寄るならお兄ちゃんに預けなくてもよかったのか。
「雪兎さん来てたんだあ」
「うん。とーやからチョコ受け取ったよ、ありがとうね」
「いえいえ」
「怪獣の作ったもんだからな、何が起こるかわかんねぇぞ」
「味見したっつってんだろ!!」
怪獣って呼ばれたのでがおーとお腹をパンチする。
お茶をこぼさない程度にだけど。
「さっき食べたけどおいしかったよ」
「そう?良かった」
良い笑顔頂きました。俺がさくらちゃんなら間違いなくはにゃーん。
ホワイトデーには俺もお返しをしてたんだけど、お父さんと雪兎さん、それから余ったのをあげたひいおじいちゃんからお返しがきた。まて、ひいおじいちゃん女物のワンピース送って来たぞ。曾孫が男だってわかってるのか?
お父さんに言われて着たら可愛い可愛いされた。可愛がられるのは悪くないけど、お兄ちゃんに見られたら馬鹿にされる気がしたのでわりかし早めに脱ぐ。
あんな星型のチョコひとつに腕時計やら鞄やらくれた男前に比べてお兄ちゃんは別に何も寄越さないけど、むしろそっちが普通なので気にしないことにした。それよりも今は雪兎さんの体調がよくないことの方が問題だ。
「魔力が……足りないんだ……」
帰り道で倒れて目を覚まさなかった雪兎さんはうちに運ばれてベッドで眠ってる。隣に居たお兄ちゃんを見上げると少し驚いた顔をしてた。俺が口に出すと思わなかったのかな。
「お兄ちゃんも、分かってるんだよね」
「まあな」
お兄ちゃんも質が良く膨大な魔力を持ってるらしいから。
「俺の全部、あげられたら良いのに」
「お前はそんなことしなくて良い」
しょげると頭を撫でられる。
言葉にはされなかったけど、俺がやる、って言ってるようにも聞こえた。お兄ちゃんが雪兎さんに魔力を渡したら、雪兎さんと月さん助かるのかな。お兄ちゃんに何か起こらないのならいいけど。むしろ、何も起こらなくなるのかな……。幽霊が見えなくなったり、あと何かの気配とかを感じなくなったりするのかも。
目を覚ましてたらふくご飯を食べた雪兎さんは、お兄ちゃんがバイトから帰ってきてから送ってもらうらしいので俺と一緒に留守番をした。
宿題をしながらふいに正面にいるのを見てみたら、身体が透けている。え、と声を上げそうになって瞬きをしたらすぐに戻った。見間違いのようではあるけれど、多分消えかかってるんだ。
席を立って雪兎さんの腕をおそるおそる触ってみる。
「どうしたの?」
雪兎さんは首を傾げた。
その優しい笑顔、大好きなんだけどな。
「雪兎さん、消えたらやだからね」
「え……」
色素の薄い瞳が揺らめいた。
それからゆっくり両手が俺に伸びて来て、顔を包み笑いながら小さく頷いた。
雪兎さんはわかってるようで、わかっていない。
両側から頬を包む手に自分の手を重ねる。魔力が、心配する気持ちが、大好きな思いが伝わるように。
「雪兎さんのこと大好きだから」
「ありがとう。ぼくも大好きだよ」
顔がそっと近づいて来て、こつんと額が合わさる。
「なにもあげられないのが情けない……」
「そんなことないよ」
「……俺じゃまだ力になれないから、お兄ちゃんのことちゃんと頼ってね」
「え」
「消えてしまうよりずっと良い」
お兄ちゃんを使え、と言っているようで変な気分だったけど、お兄ちゃんもそう思ってるだろう。
「ありがとうと、言うべきなんだろうな」
数日後、雪兎さんが体育の最中に倒れたのを聞きつけて、こっそり学校に忍び込んだ。話し声とかが聞こえて、魔力が無事譲渡されたのを察した。
「……聞いていたのか」
「うん」
俺の気配を感じた月さんが保健室に招き入れてくれて、少し気遣うような視線を向けて来た。
もともと、俺が事情をうっすら知っていたことも分かっているだろうけど、俺が小さい主だからあまり言えないのかもしれない。
「ごめんね……」
「なぜ謝る?」
「頼りないし、なにも出来なかったし」
背の高い月さんがちょっとかがんで、俯く俺の顔を支えて持ち上げた。
雪兎さんもこうして俺の顔を眺めてたっけ。
やっぱり心が違っても同じなんだなあ。
「お前はまだ主になったばかりで、子供なのだから、当たり前で仕方の無いことだ」
「うん」
たとえ精神が大人だったとしても、身体も力も知識もまだ甘い。クロウさんを凌ぐなんて無理な話なわけで、月さんの言葉はしっかり俺の心に落ちて来る。元々わかってることだったけど、実際にそう言ってもらえると折り合いがつく。
「でも、ほんとうに良かった消えないで。お兄ちゃんも魔力失っちゃったけど、俺がんばるからね、心配もかけないようにする」
月さんにむぎゅって抱きついて、次はお兄ちゃんの手をぎゅっと握ってから保健室を出た。
不意打ちで抱きついたからか、月さんは呆けてたけど、珍しい表情が見られてラッキー。うふうふ笑いながら学校に戻った。
模擬店での格好は何故かウエイトレスさんの服だった。誰じゃあああ俺の衣装を用意したのはあああって言おうと思ったけど、知ってる。知世ちゃんだよね、知ってる。
お兄ちゃんが起きられるかは謎だけど、雪兎さんにはよかったら遊びに来てねって言っておいた。でもこの格好で出迎えるのかあ……。クラスメイト全員に見られてるからもうどうにでもなあれって気はするけど……。雪兎さんも過去俺がフリフリワンピース着てるのとか見てるしな。
遊びに来てくれた雪兎さんはもうご存知の通り天然なので俺が女の子の格好をしてても可愛いねというコメントをよこし、ある意味ノーリアクションである。お兄ちゃん突っ込んでえ!とベッドですやすやしてるお兄ちゃんに心の中で泣きついた。
体育館は綺麗な星のオーナメントがぶら下がった薄暗い空間になっている。
雪兎さんは素直に感心しながらも、お兄ちゃんの様子を聞いて来たのでまだ寝ていることを伝えた。
「あんまり、気にしないでね。そのうちのっそり起きて来るから」
「———うん」
安心させようと思って手をきゅっと握って笑いかけたら、雪兎さんも優しく握り返して来た。
けれどクロウさんの急襲によりほのぼのした空気は壊れ、雪兎さんは咄嗟に月さんの姿をとって庇ってくれる。他にもお客さんが入って来ようとする声が聞こえたので迷と幻で誤摩化してクロウさんの気配がするところを追いかける。
あの向こうにいる、と思ってカーテンを開けたらエリオルくんがいて、あっという間に気を失ってしまった。
next.
怪獣って言われても「怪獣じゃないもん!」とは言いませんが、そこそこ反撃はします。
Dec 2015