Prism.


04

双子のお兄さんは殺されて身体をどこかに棄てられたらしい。
渋谷さんはその身体を探している。でもお兄さんはべつに場所のことは何も言っていないから、お兄さんの伝えたいことは多分調査中の助言だって渋谷さんは言う。
それで俺は調査に同行してくれないかって頼まれて、バイト代まで出すって言われたので引き受ける事にした。お父さんは心配しつつも、俺がやるならって賛成してくれたけど、お兄ちゃんは心配なのかいじわるなのか若干反対してた。
確かに俺幽霊駄目なんだよなあ。でも大丈夫、いっぱいいるって噂の雑木林みたいな所に行くわけじゃないだろう。多分。

って思ってたら、夏に呼び出されて行ったおうちは沢山の人の気配がして怖かった。
「ぅ、ぁ……」
「どうした?」
車から降りた俺は立ち竦んだ。車に背中をぶつけたけどなるべく距離をとりたくて押しつける。渋谷さんも、今まで無関心を貫いてたリンさんもこっちを怪訝な顔して見ていた。
「なにここ……気配がいっぱいでこわい」
うちの近所の雑木林の比じゃない。故意に集められてるんじゃないかってくらいに多くて、冷ややかな興味がこっちにひしひしと伝わって来る。か、かえりたぁい……。
「気配?……なんの気配だ?」
「幽霊だよ!なんでこんなに一杯いるの!?ただでさえ苦手なのに!!」
ぴいぴい叫びながら、俺は鞄の中からケロちゃんを出してしがみつく。俺の太陽……!
ぬいぐるみのふりをしててくれるけど、若干うめき声が聞こえるくらいぎゅうぎゅうしてる。端から見るとくまちゃんに抱きついてる痛い高校生だ。お兄ちゃんの心配は当たった!もう予知能力は失ったと思ってたのにここまで見通していたか!
幽霊は気配を消すことも出来るわけで、こんな風にどちゃっと俺達を出迎えるっていうのは異例だ。人生初だわ、こんなん。
俺が幽霊のことを言ったから、渋谷さんとリンさんが森下さんちを見返す。
でも彼らにはわかんないみたいで、俺がひたすら怖がっている様子に肩をすくめる。
「たくさん霊が居るように感じられるわけか」
「んひ〜、ごめん……がんばって入る」
逃げ腰ではあるけど、俺が協力体制を見せたので渋谷さんはとりあえず家の中に入った。霊の姿が見えないのが救いだ。
それでもやっぱりざわざわするのが嫌だけど、ケロちゃんを服の中につっこんで胸元から顔だけださせてるので少し気が紛れる。
太陽を象徴するだけあって、悪いものは寄って来ない。一応俺単体でも大丈夫だけどさ。でも俺はびびっちゃうから、ケロちゃんのほうがこういう時力を発揮できるんだと思う。
人が沢山居る部屋に行くとさすがに幽霊の気配は薄まった。家全体を見ようとすると駄目なのかな。
あとは俺自身人がいて安心したってのも大きいかも。

森下さんちには既に松崎さんと滝川さんも居た。別口で依頼されていたみたい。
「あら、あんたバイトになったの?」
「ん、まあそんな感じです」
渋谷さんが言うにはバイトではなくて俺に助力を依頼している形なのでアルバイト雇用ってわけでもないっぽい。
「それなに?」
シャツの首元にひっかけているケロちゃんを見て、松崎さんは聞いた。
「おまもり〜」
「そのぬいぐるみが?あんた随分可愛い趣味してんのね」
長い爪の指先でケロちゃんのおでこをむいむいされる。
「この子———噛むよ」
「え!」
松崎さんは反射的にぱっと手を離した。でも一瞬呆けてから今度は俺のおでこをぺしぺしした。冗談じゃないんだけどな。

夜、渋谷さんは過去俺達にしたように暗示をかけた。
夜中にその暗示が実行されたら霊の仕業ではなくて人間の念力の仕業だってことになる。渋谷さんはデータマンなところがあるので、実験と結果を大事にするみたいだ。確かに人の発言ってふわふわだしね。
しかし眠るまえに家具がひっくり返ったり斜めになったりする事件が起こったあげくに、次の日暗示は実行されていなかった。

礼美ちゃんが要らないって言った『毒入り』のクッキーはケロちゃんにあげた。
典子さんがよかったら皆さんと食べてっていったのでいいだろ。うん。
「んまいー!」
「そだねえ」
皆の居ない部屋でもしゃもしゃクッキーを食べて、ケロちゃんにジュースを入れてあげる。さすがにコップは二つも持って来られなかった。
「ほんで、気配の方は平気なんか?えらいこわがっとったやろ」
「人と一緒にいたり、ケロちゃんと喋ってればわりと平気。でも時々こっちを見てる気配が少し」
「せやな……まあ怖ないんならええんや、わいらに悪さなんてでけへんやろしな」
「だからって他の人にされるのも困るけどね」
「夢みとったりはせえへんのか?」
「うーん……なんか古い日本家屋に居る夢は見る。小さな女の子がまりをついてて……でもほんと、それだけ」
これだけの会話の最中に、もうケロちゃんはクッキーを平らげてしまった。猛獣かよ……。
まあとにかくちょっとお昼寝しよう、と思ったら渋谷さんのお兄さんが夢に出て来た。でも、礼美ちゃんが危ないとしか言ってくれなくて、目を覚ましたら夕方になっていた。
情報は少ないような気がしたけど、つまり礼美ちゃんを狙ってるってことは分かった。ミニーが礼美ちゃんに何か色々吹き込んでるみたいだけどつまりそういうことか。
礼美ちゃんとミニーの密会情報をリークしたあと、俺はこっそり渋谷さんにお兄さんの伝言をつたえた。狙いは礼美ちゃんであることはわかっただろう。

渋谷さんはこの家の所有者を遡ってみたらしい。八歳前後の子供が命をおとしていることが判明して、俺達は背筋を凍らせた。じゃあ沢山感じた気配は、小さな子供たちのものだったのかな。しょぼんとしている間に、渋谷さんはこういうことの専門家を呼ぶと典子さんに伝えていた。
霊媒師の原さんと、エクソシストのブラウンさんがやってきたけど原さんが初めて来た時の俺みたいに青い顔をしている。
「……なんですのこれは……ひどい。こんなにひどい幽霊屋敷を見たのははじめてですわ」
やっぱりプロでもこんなひどいのは初めてだよね?俺の家の近くの雑木林だってもうちょっとマシだよ。
「原さん、この子かしてあげるよ」
「え?」
青い顔と陰鬱な目で俺を見た原さん。視界いっぱいには黄色いお腹が広がってるだろう。
ケロちゃんを持たせると、きょとんとした顔をしている。
「ぬいぐるみ……?」
「太陽をシンボルとした最強の獣、ケルベロスさんだよ」
おっと、皆の呆れた視線が突き刺さるぞ?
「あだ名はケロちゃん」
原さんはちょっとだけ笑った。ケロちゃんパワーが聞いて俺のジョークっぽい発言にも笑う元気がでたかな。



next.

俺の太陽……!ってやりたかったんです。
本編で「持つならくまちゃんにしなさい」としきりに喚いてましたが、今回は身を以てそれを主張しています。(ケロちゃんくまじゃないけど)
持ってるだけで幽霊がよって来ないって言うのは捏造です。
Apr 2016

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