Prism.


05

秋になって一件依頼を受けたらしく、要請があったけど学校を休んでバイトなんてもってのほかなので渋谷さんには謝ってお断りした。お兄さんにもし伝えたいことがあったら、多分俺の夢に出て来られると思うし、その時は連絡するつもりだ。
案の定夢は見たんだけど授業中の居眠りだったこともあって、情報はそんなには得られなかった。

連絡したら出来れば放課後に寄ってほしいって言われたので、件の女子校にやって来た。
敷地内に入るのは、すごくいたたまれなかった。
「霊の気配はどうだ?感じるか」
「ううん、全然わかんない」
「真砂子ちゃんと同意見か」
「当然ですわ」
着物の袖で口元を隠しながらお澄ましする原さん。
「ていうか俺は別に幽霊が見えるわけじゃないんだけど。うっすら感じるくらいで……この間の家みたいにたくさんの気配がこっちに興味を持ってたから気味が悪かったけどさ」
「それでも貴重な情報源だ。———それで、鬼火というのは?」
「学校のあちこちに鬼火が沢山あるのが見えたよ」
「場所は覚えているか?」
「うーん、さすがに初めて見る学校だから覚えてないや……普通の教室とかだったと思うんだけど」
渋谷さんはほんのりと使えねーなって顔をした。ちくしょう、もう帰って良いですかね。
結局渋谷さんはため息まじりに、校内を見て特に何も感じなければ帰って良いと言ってくれたのでブラウンさんと滝川さんと一緒に校内を歩く。
「お前さん除霊は出来んのか?」
「出来ない」
「霊視、も、できねんだっけか。ゴーストハンターでもないと。んじゃなんなんだ?」
「そもそも対幽霊な体質じゃないんだって。渋谷さん曰く、センシティブなんじゃないかって」
「は?」
「感受性が強い……ゆうことですやろか」
渋谷さんとかリンさんだって謎なんだけど、俺のことも気になってたみたいで滝川さんやブラウンさんが廊下を歩きながら話を振って来る。魔法のことはともかく、この人達は不思議な感性があることには慣れてるみたいだ。
「そうだね、だからえーと、予知夢や過去夢を見たりとかして。渋谷さんと会うまえに、一度あの人のことを夢で見ていたから、そのことを教えたら今後ちょっと使ってみようかなって思ったんじゃないかね」
「旧校舎んときは、地盤沈下って当ててたんだろ?占いとかもできんだっけか」
「うん、占いは予知みたいなもんだから同じ管轄なんじゃないかな」
「ほお〜、今度占ってくれたりなんかは?」
にぎにぎ、と手を握ってにこにこ笑った滝川さん。馬鹿にしてるって訳でも無さそうだけど、本気にもしていない。断りやすくしてくれているのかもしれない。
「トランプで遊ぶ機会があったらやったげる」
「は?トランプ?」
「木之本さんの占いは、誰に教えてもらはりましたんどすか?」
「んーと、おめつけ役?」
やりかた自体はケロちゃんが教えてくれたんだけど、ぬいぐるみのケロちゃんを皆は見てるし、さすがに俺がぬいぐるみに占いの仕方を教わったって言ったらかなりの電波くんになるので言葉を濁す。ただ、おめつけが居るってことで、由緒正しいなんかの後継者みたいな感じが出てしまった。いや、あながち間違いでもないけど。
「———やっぱり幽霊の気配は感じないや、よかったよかった」
「よかったって……俺たちゃ霊が居ないと仕事になんねーんだがな」
「俺は一般人側だから幽霊がいなくていーんだよ」
「せやです、いないに越したことはないですよって」
さらっと話をすりかえることに成功して、俺は腕時計を見る。
ちょっと様子を見るだけのつもりだったんだけど、三十分近く経っていた。
「やば、お兄ちゃんに怒られる」
「あん?」
「ここまでバイクで乗っけてもらっててさ、近くで待ってるんだよね〜。渋谷さんには特になしって言っておいて!」
「あ、おい」
滝川さんに引き止められるまえに俺は廊下を走った。




それから数日後の日曜日、俺は知世ちゃんと小狼とケロちゃんと、とある公園に来ていた。
なんでも男女で歩いていると水が降って来るらしく、以前山崎と三原さんが水をかぶったのだそうだ。
ウォーターなら好戦的なのでやりかねないけど、あいにく俺の言うこと以外はきかないし、勝手にどこかへ行ったりはしない。
とにかく不思議なことがあるなら行ってみようってケロちゃんが言い出したので行くことになった。……んだけど、水が降って来る条件が問題だ。
知世ちゃんと俺か小狼でもいいけど、知世ちゃんを囮には出来ない。しかも知世ちゃんってば未だに俺を着飾るのが好きなので、可愛いお洋服を準備してくれましたとさ!!
一応昼間の公園ってことで派手さはないんだけど、十分に女の子らしく可愛らしい格好をしている。

普段知世ちゃんちで着てあげるときは本当に着るだけなんだけど、今回はウィッグをつけて化粧まで施された。
正直な話、制服とかでも良かったんじゃないかな。知世ちゃんの制服ならなんとか入りそうだし。
まあ、そうは問屋が卸さないってことで、諦めて小狼とカップルを演じる。
「魔力は感じないけどねえ」
「ああ、そうだな」
少し離れた所から知世ちゃんはケロちゃんといっしょにこっちを伺って、撮影もしてるだろう。
俺達はベンチに座って適当に話しながら時間をつぶすが、向こう側のベンチに座っている二人組が公園に居る人たちの視線を一人占めしてる事に気がついた。美男美女カップルに見えるそれは、原さんと渋谷さんである。
「うげ」
「どうした?」
思わず声を出してしまい、小狼が俺の視線を辿った。耳打ちをするべく小狼の方を向いて、バイトの知り合いってことを教える。
「ん?」
ふいに、小狼が声を上げた。俺にじゃなくて、何かに気づいたみたいに。
視線を正面に戻すと、原さんと渋谷さんが俺達の方を立ち上がって指さしていた。え、バレたかな?


ばちゃん。


「うわ!?」
「いった〜〜」
痛いくらいに勢い良く水が降って来た。というか、叩き付けられた。ただの重力じゃない感じ。
カメラを構えたまま知世ちゃんが駆け寄って来たけど、危険かもしれないから少し離れた所で待ってもらう。
こっそり周囲を警戒してみたけど、魔力は感じなかった。
「おい、あれ……」
「ん?」
知世ちゃんの方を見ていた俺は、小狼に言われて振り向いた。
原さんが立ち上がってこっちを見ていた筈なのに、踞ってしまっている。渋谷さんと、どこから出て来たのかはしらないけど滝川さんまでいた。うんわあ、そっちに行きたくない。
「い〜い〜気〜味〜だ〜わ〜〜〜」
鈴の鳴るような可愛らしい原さんの声が、俺達に向けられた。原さんってあんな風に高飛車に笑う人だっけ?ちょっと違うよね。
俺達は人格がぶっとんでしまった原さんと、冷静な渋谷さん達の話をカメラを回しながらじーっと見ていた。
あまりに身振り手振りで話すもんだから濡れてるのも忘れてたし、滝川さんたちも被害者である俺達のことを忘れてる。知世ちゃんもついつい被写体をあっちにしてしまう程だった。
そしてとうとう原さん劇場は、滝川さん渋谷さんの、徳の高そうで実はそうでもないわりと普通の説得によって終幕を迎えた。
「ぅえっくひん!!!」
「!!!」
終わった瞬間に俺はぶるっと震えてくしゃみをする。
そこで滝川さんがしまった!って顔をしてこっちを見た。俺だってしまった!って思ってるわ。お上品めではあるけど、しっかり女の子の格好をしてるんだから。
「いけない、風邪をひいてしまいますわ!」
カメラをおろした知世ちゃんはふわっふわなタオルを俺達に差し出す。小狼は濡れたジャケットを少しはたいてから俺にかけてくれて、ああ……俺は良いお友達を持ちました。
「えーと、今の見てた……よな?」
滝川さんが苦笑して俺達を見るので、三人でこくんと頷く。見たどころじゃなく、ビデオも撮ってた。
どうすっかなあ、と頭をかしかししてる滝川さんに、俺もどうすっかなあと冷や汗を垂らす。
今の所、俺の正体には気づいてないみたいだけど……。
「先ほど、撮影をしていましたが何の為かお聞きしても?」
渋谷さんが冷静に俺達に聞いて来たので、知世ちゃんがにっこり微笑みながら事情を説明した。
同級生が男女でいたところに水が降って来たというから、様子を見に来てついでに何か証拠があればと思って撮影をしていたこと、それからさっきのを見ていて幽霊が取り憑いていたという事情もきいていたこと。
「わたしたち、その方がやったとは思ってませんわ」
最後ににっこり笑った知世ちゃんに、原さんは少しだけ表情を和らげた。
俺も小狼もうんうんと続いて頷く。
とりあえず俺はなるべく声を出さずに知世ちゃんと小狼の影で大人しくしてた。それに濡れてたので皆も早く帰った方が良いと言ってくれたしぺこりと頭を下げて別れることに成功した。ヤッタネ!



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女装です。懲りるわけがありませんね。
多分二十歳過ぎても知世ちゃんは主人公にせっせと女物の服を見繕うんです。
Apr 2016

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