Prism.


06

クリスマスイブの日、俺は渋谷さんからお呼び出しを受けた。夜はうちでパーティーするから準備とかもあるんだけど、どうしたもんか。
「お友達が困ってるなら、行っておいで。準備は僕たちがするから大丈夫」
「後片付け、お前な。あと雪も連れてけ」
「え!?」
「うん、良いよ」
俺はぎょっとしてお兄ちゃんを見たけど、隣の雪兎さんはエプロンをすいっと脱ぐ。
「そうだね、帰りは暗くなるかもしれないし、月城くんも一緒なら心配ないかな」
あぁ、そゆことか。お兄ちゃんもお父さんも過保護だなあ。もう俺十六歳の男の子なんだけどな。
雪兎さんは既にコートまで羽織り始めたし、俺はお父さんがにっこりその案を推したので断る理由も無くなってしまい、渋谷さんに返事を出した。

「クリスマスの教会ってなんだかドキドキするね」
「そうだね」
「本当はとーやが来たかったんだろうなあ」
「えー」
教会に行く道すがら、雪兎さんは楽しそうに笑っていた。
「一度見てみたかったんじゃないかな?渋谷くんのこと」
「小舅かよ〜。それで、雪兎さんが代わりに見に来るわけね」
「うーん……僕は折角のクリスマスだから、一緒に過ごしたかっただけ」
「そ、そう」
あやうくはにゃーんってなるところだった。
「———その人は?」
「保護者の月城雪兎さん」
「お、前言ってたお兄ちゃん……ではないか」
「お兄ちゃんの友達」
対面した渋谷さんは俺の隣でにこにこしていた雪兎さんを一瞥してから俺に問う。保護者っていうか守護者なんだけどな、とは言わないでおく。
「今晩はうちでクリスマスパーティーだから、家族はうちで準備してんの」
「すみませんです」
どうやら今回はブラウンさんの依頼だったたみたいで、しょんぼりされた。
やめて!俺、優しい人にしょんぼりされると弱いの!!
「ていうか原さんとか松崎さんは?」
「呼んでない」
「松崎さんはともかく、幽霊見える原さんは呼ぶべきなのでは……」
ごもっとも、って顔を滝川さんはしてるけど、あとでこっそり聞いた話だとどうやら渋谷さんは原さんが苦手らしい。
とにかく教会に入ってお話を聞くってことで雪兎さんも連れて行く。え、この人もくるのって顔をされたけど俺と雪兎さんはふわっとその視線をスルーした。

なんでもこの教会では子供に霊が憑依してしまうらしい。それも頻繁に。
今もまさに誰かが憑依されたようで、外で何かを叩く音が聞こえる。それを聞いて、依頼人の東條神父は、ケンジくんという子だろうとあたりをつけて三十年前のことを話した。
ケンジくんはお父さんにつれられて教会にやってきた、喋れない男の子だった。
彼がかくれんぼをしている時に、返事のかわりに棒で何かを叩くルールを設けて遊んでいた。いつもはホイッスルだったけれど、それがないときは「もういいよ」のかわりにたくさん棒を叩く。
カンカンカンという音がまた遠くで鳴る。
東條神父の声と、その音がぼんやりと頭のなかに滲む。視界が薄暗くなり、俺はぽてりと何かに寄りかかる。
『もういいかい?』
『もーういーいかーい?』
暗闇に踞る、半ズボンの男の子が見えた。
脳裏に直接響く、寂しげな声。暖かい部屋に居た筈なのに、寒い。
『ぼく、ここにいるよ、ねえ、はやく……はやくぼくを見つけてよ……————』
ぐにゃっと身体が持ち上がる。誰かに寄りかかっていた俺は、誰かに引寄せられて、今度は後ろに寄りかかった。知ってる匂いだから雪兎さんだ。わざわざ俺を引き受けてくれたみたい。
「こらこら、お休み三秒すぎるぞー」
さっき俺がよりかかってたっぽい滝川さんが、苦笑しながら俺のおでこをぺしぺしして覗き込んでいる。
「あえ……」
「良いご身分だな」
呆れた冷たい声は渋谷さんで、ブラウンさんと東條神父は苦笑している。
「ケンジくんは、見つけて欲しいんだって」
「は?」
居眠りをしていた筈の俺が、いきなり話題を戻したので滝川さんがぽけっとした顔をしてる。
うんしょ、と雪兎さんにしなだれかかっていた身体を起こして座り直し、たった今ほんの少しだけ見た夢を語った。
「ーーーあの子は隠れたまま、亡くなったのかな」
憶測だけれど、こんな感想を抱く。

ケンジくんは憑依していてもしゃべれないし、そう言う時こそ原さんが霊の心情を読み取ってほしいんだけど。
タナットという子供に向き合って何か分かるかと言われても困っちゃう。何度も言うけど、霊は専門外なんだって。害のない子だからいいけど、むしろ霊は怖いんだかんな。
しかしどうやらリンさんがケンジくんのお父さんに似ているみたいで、いつもなら自然に離れていくところがその通りに行かない。しかたなくブラウンさんが落としてみることになったんだけど———そっから先を覚えてない。

気がついたら俺は雪兎さんにオヒメサマダッコをされていた。
「あ、起き———」
「えぇぇ……何これ……」
すごく身体が重くて、頭すら動かしたくない。
「あー、お前さんケンジくんに憑依されちまったんだわ」
察した。色々と察した。
月は出なかったかな、大丈夫かな。皆が何も言って来ない所を見ると大丈夫か?
というか、油断してたのか、霊に対して耐性がないのかわかんないけど、俺も憑依とかされちゃうんだあ。
「体調はどうだ」
「すごく、眠い」
「ああ……少し寝た方が良いだろうな」
ベッドにおろされると、渋谷さんが俺の体調を確認する。
雪兎さんはベッドにそっと腰掛けて、俺の顔色を見てから寂しそうな顔をする。あー心配してるよー。
「あの、お父さんたちには内緒にしてほしいんだけど」
「でも」
前髪をのけてから離れて行こうとした手を掴んで引き止める。
「危険なことなんか、なかったでしょ?」
危なかったら正体なんて気にせず月も出て来るだろうし、それがなかったってことは穏便に済んだんだと思う。
俺はじっと雪兎さんを見て、目で訴えた。お兄ちゃんとお父さんに余計な心配はさせなくていいんだ。本当に危ないときはちゃんと言うし。
「わかった。二人の秘密だね」
いや、皆いるがな。
身内の範囲だったらケロちゃんにすらしらせてないから、二人だけの秘密になるのかもしれない。まあいいか!どうでも!
俺と雪兎さんのやたら甘い雰囲気を目にしたブラウンさんと滝川さんは呆けた顔をしていて、仏頂面コンビは清々しい程に無表情無関心を貫いていてくれた。ありがとうございます。
「じゃあ、少し寝てから帰るね。雪兎さんごめん」
「ううん。じゃあ僕がついてますので」
「では、お願いします」
雪兎さんの言葉に渋谷さんは頷いて、皆と一緒に退出していった。

目が覚めたら外は真っ暗になっていて、けれど冬なのでそう遅い時間でもなかった。
「なんか今日、俺寝てばっかりな気がする」
「あはは、そうかもね」
寝ていてくしゃくしゃになった頭を雪兎さんが笑いながら直してくれる。
「今日眠れるかなー」
「眠れなかったら、僕がおしゃべりに付き合うよ」
ああ、そういえば雪兎さんは今日泊まってくんだった。
じゃあ眠れなかったらお兄ちゃんの部屋に行って夜通しトランプやったろ。
丁度様子を見に来た滝川さんとブラウンさんがリンさんと渋谷さんも呼んで来てくれたので、もう一度体調の確認やらを済ませて帰り支度を整えた。
雪が降って来たのでますます寒く、甘えん坊というより甘やかしの雪兎さんは例に漏れず俺とお手手繋いで帰り、背中に様々な視線を受けながら帰宅した。



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ゆきさく!ゆきさく……!!
Apr 2016

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