07
三学期が始まって少しして、春節になると小狼が家族のところへ挨拶に行くというので知世ちゃんと俺とお兄ちゃんと雪兎さんとで行ってきた。李家はクロウさんの血縁だし、俺はクロウカードの後継者ってことで小狼のお母さんにはちゃんと挨拶しないといけない。いや、いけなくはないけど、気持ちがな。決して堅苦しい関係じゃないし、小狼のお母さんきりっとしてるけど優しい。あとお姉さんたちは激しい。チャイナドレスとかこの歳になっても着せられるから超逃げてる。
香港料理を堪能してでっぷりしたケロちゃんとともに日本に帰ると、俺の携帯にたくさんのメールや着信が来てた。通信料かかるし面倒だから日本に置いてったんだった。
「ひえぇ」
「なんやえらいことになっとるやんか……渋谷て、あの兄ちゃんか」
ケロちゃんも一緒になって携帯を覗き込み、『渋谷一也』の行列にたらりと汗を流した。
間違いなくお仕事のご依頼で、断るならまだしも、ガン無視したとあればひんやりとした目線と激辛なコメントが大量に向けられるに違いない。
「うん、寝よう!」
「ええ!?こっちはどないするんや!」
ベッドにもぐりこみ、ばふっと枕に頭をおっことした。
ケロちゃんは携帯電話を持って俺のところにやって来て、オロオロする。
「これはもう、あれだ、手ブラで電話はできない————だから俺は今、すごく力を発揮しようと思う!」
ものすごくキリッとした顔でキメた。
時差はほとんどないけど、疲れてたので昼寝する気満々だったのだ。
それに、本気で見ようと思えば俺は意識を沈ませることができる。
よしよし、とほくそえみながら俺は眠った。ケロちゃんのため息と「無駄遣いや……」というぼやきを聞きながら。
今度は俺がノックをする番だ。
お兄さんの意識に繋がったのか、真っ暗な闇の中にお月様みたいに白い肌をした美少年が居た。ほんの少し驚いているみたいで、歩み寄って来る。
「よかった———遠くに居たから、僕じゃ届かなかったんだ」
「ごめん、距離とか関係あるんだね」
「僕は、ナルの傍にいるからナルの周りのことしかわからないし、出来ない。でも君はとても光って見えて、どこに居ても分かる。……星のように」
「少し、海外に行っててさ」
ぽりぽりとかゆくもない頬を掻く。
お兄さんはふるふると首を振った。
「いいんだ。助けてもらってるのは、こっちの方だし」
渋谷さんもこんな風に許してくれないだろーか。いや、無理だな。
「で、今はどういう状況なんだ?」
「あれ」
すっと指を差した方向を見ると、校舎が見えた。彼特有の見え方で、風景が反転し、建物が透過して見える。
見覚えのない校舎で、湯浅高校の時よりもなんだか禍々しい鬼火があちらこちらにある。それから蛍のように人魂がふわふわと浮いている。
原さんと松崎さんがロッカーのある更衣室のような所でお祓いをして、鬼火が放送の機材を置いた部屋へ移った。なおかつ、近く似合った人魂を喰ったから大きくなる。
「喰い合ってる?」
「そう。アレは危険だ……大きくなればなるほど」
「これ、手の出しようはあるのかな」
「わからない。でも、危険だよ」
「うーん」
顎を撫でながら、校舎を見下ろす。
とりあえず、大きくて禍々しい鬼火があるところを覚えるしかなさそうだ。あとは渋谷さんに少し情報を聞くか……なんだったら占いでもするか。
「それで、お兄さんは今どこに居るの?」
ようやくここへ来て、事件とは関係ない話題を振る。俺の意志でここに来たから、あっちが本気で突っぱねたり、眠ってしまったりしなければ大丈夫だ。
きょとんとしたお兄さんは、寂しげな顔をした。なんだか嫌な質問をしてしまった気分だ。よく考えれば、嫌な質問だよなあ。遺体の場所を聞いてるわけだから。
「渋谷さんがずっとお兄さんを探してるの、分かってるでしょ」
「うん」
「お兄さんは、家に帰りたくないの?」
「————僕はもう帰れないことぐらい、最初から知ってる……」
うわ、俺、最低。
「……ごめん」
「そんな悲しい顔しないで」
「でも、そうなんだよ。帰れないんだ……人は死んだら、もう二度と」
分かっていたつもりで、経験したつもりで、分かってなくて、忘れていた。幽霊じゃないから、新しい家族がいるから、世界が違うから。
お兄さんの笑顔が余計に辛い。美しくて優しくて、心から俺を気遣ってくれてるその笑顔。本当の笑顔なのに、俺には虚しくて仕方がなかった。
身体を探してほしくはないの、と聞くならまだ返答のしようがあったかもしれない。帰れないのに、帰りたくないのかなんて聞いてしまった自分が情けなくて、しかもその質問が勝手に自分にかえって来て、自分で傷ついて、それさえも情けなくなった。
もう俺は、この人に二度と、身体の在処を聞けそうにない。
けれど、絶対に見つけてあげたいと思った。
身勝手な理由なんだけど、弔いは、少なからずこの人に届くはずだから。
身体が見つからないことが心残りというわけでもないんだろうけど、一つの区切りとなる。生きていない人が変わる機会はそうそう無いから、せめて何かのきっかけになれば良いと思う。
目を覚ました俺は、渋谷さんに連絡を取った。ごめんなさいの連呼をしてから、嫌味を叩き付けられる前に鬼火の場所をいくつかピックアップして伝える。
『今からでもこっちに来られないか?』
「えー……」
どうやら渋谷さんはもっと情報が欲しいらしい。
たしかに実際に目で見た方が良いんだろうけど、千葉の東京寄りならまだしも海の方だしなあ。
『明日は日曜日だろう』
「ソウデスネ……ハイ」
学校を休めないことは承知してくれているけど、それ以外では全く考慮してくれないらしい渋谷さんに思わず片言になって受話器から顔を背ける。一緒に昼寝をしていたケロちゃんはコートを着直して荷物を適当に準備し始めた俺に気づいて目を覚ました。
「なんや、今から行くんか?」
「そー。ケロちゃんも行こうね」
ほのかにあったかいぬいぐるみをポケットに入れて、階段を下りた。
「あれ、お出かけかな?」
「お父さん」
リビングに顔を出す前に、お父さんが廊下に丁度出てきたので足を止めた。グッドタイミング、口うるさいお兄ちゃんは居ない。
いや、居たら居たで、駅までバイクに乗せてもらおうと思ってたけど。
「バイトの呼び出し。大変みたいだから行ってくるよ」
「そう……夕ご飯は?」
「あっちに泊まって明日の夜に帰ってくる、かな」
「旅行から帰って来たばかりで疲れてない?大丈夫?」
「うん」
心配してくれるお父さんに緩く笑って、お兄ちゃんに見つかる前に家を出た。
next.
春節の詳しい日付はちょっとあれなんですけど。ふわっとしておいて頂けると助かります。
May 2016