08
駅に着いたのはとっぷり日が暮れた夕方六時で、滝川さんに車で迎えに来てもらって学校に行く。「ったく、ナルちゃんも人使いが荒ぇな〜」
「おつかれさま」
「いや、俺じゃなくてお前さんよ」
「へ?」
コンビニで買ったおにぎりを助手席で食べながら首を傾げた。
「旅行から帰って来たばかりだろ?」
「うんまあ」
「んで、学生だ。真砂子ちゃんみたいに生業にしてるわけじゃないって言ってたよな」
「あー……そう考えると渋谷さんってば理不尽」
「だろ〜。まあこっちは来てもらって助かってんだけどなあ」
「俺が来たってたいしたことは出来ないんじゃないかな」
「いやいや、……今回も真砂子は見えないわけだわ」
「そうなんだ」
前の車のウインカーランプをぼんやりみつめながら、滝川さんの言い分を聞いていた。
原さんは霊媒というよりもサイコメトリーのように読むとか同調するタイプっていう見解で、あまり万能でもないらしい。いままでの調査でも霊の詳細を言い当てたことはなかったようだ。森下さんちの件はすらすら読んでいたけど、そういえばあれは対話や憑依というよりも、気持ちを感じている風だった。
「んで、ナルから聞いたんだけど、鬼火が見えたって?」
「そう」
学校の所定駐車場に車を停めて降りると、びゅうびゅうと真冬の風が突き刺さるので、鞄に入れてたケロちゃんを首元に配置した。
「またそれか」
「あったかいんだよ」
滝川さんが少し前を歩きながら渋谷さん達のもとへ案内してくれる最中にも、一応周りを見てみる。
気配しかわからないけど、あきらかに数が減っていて、悪化している。
俺が見た時も喰い合った末に結構減っていたみたいだけど、半日の間にもこうなってるなんて。
とうとう”おわりかけ”だ。
「おわり……?」
「ん?」
ベースの前についたとき、自分で考えた言葉に首を傾げた。
滝川さんも俺の言葉を聞き不思議そうにしていたけれど、ドアをあけて教室にいた面々が顔を上げて俺を見ていたので、中に入ることにした。
「アンタねえ!旅行にも携帯ちゃんと持ってきなさいよ!ナルがどんだけ不機嫌だったと思ってんのよ!」
「うえええ」
松崎さんに開口一番に叱られ、頬をぐいぐい引っ張られる。
「海外だからどうせ使えないって思って」
「使えるわよ、海外でも!———それで、どこ行ってたのよ。豪遊してたらただじゃ済まさないわよ」
うわあ、渋谷さんどんだけ不機嫌だったのってくらい八つ当たりされてる。
松崎さんも渋谷さんに八つ当たりされたのかな。……理不尽だ。
「ほ、ほんこん」
「香港で遊んで来たわけね?」
この人どこに行ってても怒る気満々だったな?
滝川さんがどーどーと松崎さんをひっぺがしてくれて、ブラウンさんがよれよれになった俺を支えてくれる。
まあ、渋谷さんに怒られるよりマシかな。いや、どっこいどっこいかな。
「そろそろ仕事の話に戻ってもよろしいですか、松崎さん木之本さん?」
とっても丁寧に、ベースの奥にいた渋谷さんがひんやりとした顔で言う。
俺はしゃきっと姿勢を正した。
渋谷さんはじっとりこっちを睨んでから、軽く今までの状況を報告した。あと生徒の一人である安原さんも軽く自己紹介をしてから話に加わり、現状をほどほどには理解した。
校内に居る霊は、九月に自殺した坂内くんという生徒のみが唯一意志を持っていたようだけど、吸収されてしまったらしい。そのあたりで霊が喰い合っていることは分かって、刺激するとよくない為に除霊は一旦やめたが、怪奇現象が止むことは無くほとほと手を焼いていると。
様々な怪奇現象の中で腑に落ちないというか、意味が分からなかったのはヲリキリ様というものだったんだけど、こっくりさんと一緒だって言われて納得した。
「参ったなあ、危ないってことしか分かんないよ俺は」
「そうか」
「今あるのはえーと、ここと、ここと、……」
ホワイトボードに貼ってる校内図に、青いマグネットをぽこぽこ置いて行く。
いくつかに分布されてるのもそこそこ大きいけど、今まで溜まりに溜まってた眠ってる奴がどすんと沈んでるのも示唆した。
それが目覚めたらもう駄目だってお兄さんも言ってる。
「対処法はなあ……そもそも理由も意志も分からないし。……タイムリミットは、ひとつになるまでか」
「———ひとつに、なるまで?」
「そうでしょ?喰い合ってるんだから」
これ、思った以上の案件で学校なんて行ってられないんじゃね、と思いを馳せつつ渋谷さんの方を向いた。
「そうか、これは霊を使った蟲毒だ……!」
渋谷さんの言葉に俺を始めとする他の面々も首を傾げた。 リンさんと渋谷さんが教えてくれたけど、初めて聞いたし、……えげつないなあ呪術って。
「……なあ、それがとりついた学校は喰わせてやらなきゃならないんじゃないのか?……その……定期的に人間一人を」
滝川さんが言い出したことにより、とんとん話が進んで行く。
蟲毒の主人は、霊を呼んだ生徒全員だから、やしなうことをおこたった生徒に被害が行くかもしれない。
リンさんはどうやらそっち系に詳しいようで、呪詛として行われてるなら呪詛を打ち破ればいいらしいけど、偶然の産物だったとしたら、誰かに転嫁するかやしなうしかないそうだ。
今までは、礼美ちゃん以外に人命の危機を感じて来なかったんだけど、とうとうこんなのまで出始めた。奥が深いぞ心霊現象!
「……とにかく、これが呪詛ならリンが始末をつけられる。明日からはそっちを調べてみよう。———それから鬼火の居る所には絶対に近づかないこと。月曜までかかるようなら封鎖してもらう」
渋谷さんは話をまとめて、皆に今日は休んで良しと指示をした。
「あ、まてよ?ナル坊とリンが夜番だとしてもお前さんが増えたから……一部屋に四人か」
げっそりした顔の滝川さん。部屋がそうとう狭いと見た。
「俺も夜番しようか?今日昼寝したからそんなに眠くないし」
「コドモに無理させるわけねーだろ。おじさんと一緒のお布団で寝ような」
「この場合、ブラウンさんと木之本さんが同じ布団が良いのでは?お二人とも小柄ですし」
「どんだけ部屋狭いんだよ……」
next.
おじさんと一緒のお布団で寝ようなって言わせたかっただけです。
May 2016