10
二年生になってまだ数日しか経っていないある日の土曜日、知世ちゃんと小狼は外で待ち合わせをしてお茶をすることになっていた。渋谷に新しくできたパンケーキ屋さんってことだったので、待ち合わせして渋谷駅前に居た。「あら」
「お!」
雑踏の中で知った顔を見付けると、あちらも同様に俺を見つけたようで声を上げた。
たしか渋谷さんのオフィスが渋谷だったし、今日はオフィスに顔を出してくれないかと言われていた。だから滝川さんと松崎さんが二人揃って渋谷に居る事にはおかしなことでもない。
「あんたも今から?」
「よう」
近づいて来た二人は、まだ俺の傍に居る二人の顔は良く見ていないようだった。
渋谷に来たのはまずかったかな……と思いつつ苦笑する。
「いや、今日は友達と会う約束してたから断ったんだよね」
そういうと、二人はきょとんとしてから俺の両サイドに居る知世ちゃんと小狼に気づいた。
友達と『遊ぶ』約束ととった松崎さんはちょっと呆れた顔をしていたけど、滝川さんはあっと声を上げる。
「たしか、公園で会ったよな?」
「ええ、お久しぶりです」
「その節はどうも」
二人はそつなく返事をしたけど、俺はぎっくんと肩が跳ねる。松崎さんはその時居なかったので「公園?」と首を傾げていたし、俺もそれにならって取り繕った。
「以前、心霊現象の調査してらっしゃる際に、偶然お会いしましたの」
知世ちゃんがさらっと松崎さんと俺をカバーするように説明してくれるので、ほっとしつつ、へ〜そうなんだ〜って顔をしておく。
「友達だったんだなあ、おまえさんら」
「うん、小学校から一緒だよ」
「へえ高校も?」
「別々です」
俺の高校と言えば旧校舎の一件が思い出され、松崎さんが興味深そうにこっちを見た。でも小狼は残念そうな顔をして答えた。ごめんってば。
「あと一人、いねんだな」
「ええと」
「ああ……」
滝川さんが何気なく言うと、二人はまごついた。
「さくらちゃんは、本日おやすみデ〜ス」
俺は咄嗟に空想上の少女を引っ張り出した。
さすがに知世ちゃんと小狼はそこで、ダレソレって反応をすることもなかったし、滝川さんだけはふ〜んって納得したように頷いていた。
松崎さんはそんなのをよそに、俺が遊びに行くというのがちょびっと気に食わないようでちくちくしてきて、それを聞いていた小狼と知世ちゃんは待っているから少し顔を出して来たらどうかと言う。ばか!俺の友達がこんなに優しい!!
渋谷さんは俺が顔を出したら少し驚いたようだけど、約束まで時間が出来たと言うとさほど言及してこなかった。
オフィスには見知った顔ぶれの他に、知らないお姉さんが居た。どうも、渋谷さんの知り合いらしく、今回の依頼を持って来た人物だという。
しかも渋谷さんは影武者として安原さんまで呼んでいた。
すごいフル装備で向かうんだなーと思いながら、依頼内容を聞くと、どうもお偉いさんからの依頼で、一応内密ってことらしい。
「あ、俺無理」
「はぁ?」
「なんだって!?」
依頼日の日程を聞くと五日後から……平日である。
「学校だもん」
「使えないわねえ」
「今まで使えたためしのないお前にだけは言われたくねえだろうな……」
「なんですってぇ!?」
滝川さんと松崎さんが言い合いを始めたのを尻目に、渋谷さんと森さんにごめんねと謝る。
「どうしても来られないのか」
「無理言ったら駄目でしょナル!木之本くん、大丈夫だから気にしないでね」
「うん……でも、どうも……心配だな」
「どうかしはったんですか?」
隣に居たブラウンさんが、俺の顔を覗き込んだ。
青い瞳を見返して、苦笑を浮かべる。心配だと思う勘はなめちゃいけなくて、そう思った瞬間に背筋がぞっとした。
「血の匂いがする」
「え」
すぐに鼻を抑えたけど、ぞっとした時に吸い込んだ息は強い鉄分を含んでいたようで不快だった。
驚いた顔をしているブラウンさんの向こうで、渋谷さんが目を細めた。
「血の匂いなんて、しませんけれど……」
向かいに座る原さんは鼻をそっと着物の袖で隠しながら、左右に視線をやる。
松崎さんや滝川さんたちも周囲を見てすんすんと匂いを確認しているけれど、よくわからんって顔をした。
「見てもいないのに、感じるのか?」
「見てなくても、見えることはある」
ぐっと目を瞑って意識を戻しながら渋谷さんの問いに答える。
「気をつけて行って来てね」
依頼に行っている間、お兄さんは俺の夢に出て来なかった。
何かをしらせるような事がなかったのか、俺が居ないから仕方ないと思ったのか。
戻って来た滝川さん達に聞いたけれど、何人かが亡くなったそうだ。
それから原さんも、洋館に入ってからは血の匂いを感じたし、実際人を拐かす幽霊と思しきそれは、人間の生き血を求める化物となっていたそうだ。
「来なくてよかったよ、あんたは」
調査中、原さんが具合悪そうにしていたことから、松崎さんは苦笑して俺の頭を軽く小突いた。
「しっかしにゃー、ナルちゃんもひでえことするわ」
「まったくよ!」
事情を聞きにオフィスに来ていたわけだけど、本人は不在で俺達は勝手にソファでくつろいでいる。
滝川さんと松崎さんは何か嫌なことがあったのか、ぷんぷんしてるし、ブラウンさんは苦笑して二人をまあまあと宥めていた。
「どしたの?」
「ナルはあの洋館の調査の依頼を受けたのではなく、森さんの依頼を受けたんですわ」
「ん?最初からそう言ってなかったっけ?」
原さんがおすまし顔で答える。
「森さんの依頼は、心霊現象の調査じゃなくて、オリヴァー・デイヴィス博士の偽物がいてはるっちゅうのを調査しとったらしいどす」
「ほえー」
「腹立つでしょ!?」
「あはは」
いや、俺は腹立たないけど……と思いながらぎんっとこちらを見てる松崎さんに笑う。
滝川さんはため息をつくだけなので、多分怒ってるの松崎さんだけ……。元気な人だなあ。
「オリヴァー・デイヴィス……」
軽く笑った後に少し間を置いて、俺はなんとなしに呟いた。
誰だっけ、なんだっけ、知り合いに同じ名前がいたんだったか、博士と言うからには有名で知っていたのだか。
「あり、お前さんオリヴァー・デイヴィス博士は知らねえ?」
「多分知らないと思うけど」
滝川さんとブラウンさんは親切に、デイヴィス博士の事を色々教えてくれた。そっち界隈で有名な人の話だったかあ。じゃあ俺知らないわ。
逆に皆はクロウ・リードとか知らないだろうし、しょうがないよねえ。
next.
学校を休んでまで行かないって決めてたので、行きませんでした。コミックス版を見ると麻衣ちゃんは制服を着ていましたので、つまり学校始まってるかな〜と思って。
最初は主人公も行ってヒロインよろしく攫われてケロちゃんが本来の姿で壁を壊す(壊せんの?)パターンありやんけ、ケルベロスさんかっこよ……とか思ったんですけど、ここでその展開だと忙しいなって思ったのでやめました。
May 2016