Prism.


11

身体を遺棄された場所をお兄さんに聞いても、わからないのかもしれない。
なぜなら、彼本人も知らない場所で眠っている筈なのだ。
犯人か自分の肉体の傍にずっと居たならともかく、彼の意識は普段から虚ろで、ほとんど渋谷さんの傍にいる。殺されたというのがどんな方法なのかしらないけれど、その現場だったらもしかしたら探せるのかもしれない。けれど、遺棄現場は犯人しかわからない。
肉体の位置という点では小狼が追跡可能かもしれないけど、渋谷さんに私物をかりられるか、そして事情を説明できるか。その場でやってみろと言われても、俺が出来るならまだしも小狼を連れて来て彼が魔術使えまーすなんて紹介することは出来ない。
俺が頼めば、いいぞと言ってくれるかもしれないけど、それなら尚更無理。

やっぱり俺が見てみようか。

感じるのではなく、知る為にする行為は少し危険だから、やっぱりケロちゃんには反対された。
せめて占うとか、見つかるか否かの判断をするようにと言われる。
まだ俺は完璧に力を使いこなせないから、反対される意味も分かる。望んでしまえば、クロウさんのように総て知ることになるのかもしれない。望まなければ見る事はないと言うのは、つまりそういう事だ。危ない賭けやでぇ!と言われて、ちょっと笑いそうになる。やめて、俺一応真面目だから。ケロちゃんも真面目だけど。
「じゃあ、占ってみるね」
「ああ、それがええ。カードたちも気合い入れてくれとるわ」
「えええそうなの」
ふわふわと浮いて来たカードに苦笑した。

結果的に、俺は彼を捜すのをやめることにした。というか、近いうちに見つかると出たわけだ。
じゃあ俺がなにをしても意味がない気がする。渋谷さんがずっとずっと探しまわってるみたいだけど、その途中で見つかるのかもしれない。もしくは依頼で行った場所とか…。
カードを一枚ずつ丁寧にしまって、ベッドに潜り込む。
そして眠りにつくと、俺は夢を見た。
銀色のシートに包まれた物体が湖のへりに打ち上げられた様。その中身を確認する全身黒尽くめの少年———渋谷さん。彼はそっと中を見て、何食わぬ様子で顔を上げ、銀色の塊から離れて歩いて行く。その背中はどこか物悲しく、俺の意識は背を追いかけるように進む。
足元にある、打ち上げられた物体の中身をちらりと見ると、渋谷さんにそっくりな少年が綺麗な状態で包まれていた。俺は渋谷さんを追いかけるのをやめて、眠るように倒れているお兄さんの横にしゃがんだ。湖から打ち上げられた状態だというのに、濡れてすらいない、ただ眠っているような彼に触れるとやはり乾いた肌の感触を感じる。さらさらの髪の毛をそっと指で遊び、滑らかな肌をなぞる。
長い睫毛は少しだけ震えて、目を覚ました。
ああよかった、彼は死んでない———とほっとしたけれど、彼が死んでいることは、事実なのだった。
「あ、れ?」
「起こしちゃったね、ごめん」
寝起きの声で戸惑いをあらわにするお兄さんに、苦笑する。
多分、夢を渡って来てしまったようだ。そっと起き上がって当たりを見まわす彼と一緒に俺も周りに視線をむけたけど、いつのまにか湖ではなくなっていた。
「ここは?」
「うーん、庭?」
こてんと首を傾げたお兄さんに、俺も首を傾げる。
ここは知世ちゃんとかおじいちゃんのお屋敷の庭っぽいところで、ご丁寧にテーブルセットまである。
「まあ、どうぞ」
「いいの?」
「いんじゃないか?現実ではないし」
「そうだね」
テーブル席に促すと、お兄さんは遠慮がちに座った。そういえば、彼とこうやってのんびりするのは初めてかもしれない。今までは調査中にヘルプコールが入る感じが多かったし、大抵彼が俺を訪ねてきてふっと消えてたから。
「お茶でも用意しようか?」
「……できるの?」
少し驚いた顔で、俺の顔を見返すので俺はちょっと笑いながらやったことないからわかんないと答えた。
「人を招いたことなんてないから」
「そうなんだ。こんな風にしっかりした意識の世界を持っているから、慣れてるのかと思った」
「いやあ、ここに来たのも初めて初めて」
「へえ」
お兄さんはまた驚いた顔をする。
「そういえば、お兄さんのお名前は?」
「……」
「言いたくないなら、いいけど」
「そうじゃない」
「あ、渋谷さんが名前偽ってるから遠慮してる?大丈夫言わないよ!」
「わかるんだ」
「いや、ナルって呼んだらすごくびっくりしてたし、ナルが本当の名前なんじゃないの?」
お兄さんはくすくす笑った。
やっぱり渋谷さんはナルが本名っぽい感じで、一也は嘘らしい。そしてお兄さんはジーンと呼んでと言った。あれ?外人?
ナルだって確かにニックネームっぽいから、ジーンもそれなのかもしれないけど。
まあ、隠してるっぽい意志を尊重して、これ以上聞くのはやめておいた。でも私生活部分の、生きてたときの思い出的なことを聞いてみると、案外ジーンはあっさり話してくれた。逆に俺にも聞いてくれたので家族の話とか、雪兎さんや知世ちゃんと小狼なんかの事も教える。
互いに、能力の話も素性の話もせず、本当にただ当たり障りないけれど平和な会話を重ねた。

それから数日後、夏休みってことで知世ちゃんの別荘に遊びに来ていた俺の携帯に、滝川さんから連絡が入った。あれ、教えてたっけ、と思いながら電話にでると手短にリンさんから聞いたと言われた。
いや、リンさんも連絡先知らないのでは……って思ったけど渋谷さんがオフィスの所長として俺の連絡先を持っているわけで、つまりリンさんも知れるってことなのですぐに疑問は消える。
「で、どうしたの?」
「今、調査依頼を受けてナルちゃんたちと一緒に来てるんだが……」
「切羽詰まってる声だね」
「そーなのよ。んで、お前さん、ちょっとこっち来られないか?東京からはちと遠いんだが———頼む」
最後の一言には真剣な意志を孕む。滝川さんの真面目な顔が脳裏に浮かんだ。
「ああ、今、東京には居ないんだけど……そっちどこ?」
「大まかに言うと、石川だな。細かく言うと、能登」
「ほえー……随分遠いとこにいんだね。でも良かったじゃん、俺今長野だから東京にいるより近いね」
「マジか……ってことは、来てくれるんだな?」
「ん、いいよ」
知世ちゃんと小狼には悪いけど、なんとなくあっちが大変そうなので考えずに頷いた。
二人も多分反対はしないだろうし、夏休みはまだまだあるので大丈夫だ。



next.

東京に居たら居たで飛行機でびゅーんの手もあったんで、長野に居るからすぐ着くとは限らないかもしれませんが。
ジーンって自分の身体の明確な場所はわからないよね??と思いました。
あと、今まで何度もGH夢書いてて、しれっと事故現場から遺棄現場は近い感じにしてたけれど、一度持ち帰って遺棄しているのだから全く違う場所に決まってますよね…。私があさはかでした。
小狼は追跡術持ってるけどあえて使わない方向にしました。主人公は自分はともかく、友達が魔法を使えるっていうのをやすやすとバラしたり巻き込んだりしないと思ったので。
May 2016

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