Prism.


13

「整理さしてくれ。……ナル坊についてるのは式ってことで間違いはないわけだな?」
「うーんと、使役されてるもの?ってことで」
滝川さんは、ひとまず座れいうので俺達はもう一度座った。
「霊には冷たさ、式には色がある。リンの式には冷たさもあるのか?」
「使役されてる分、意識がなくて冷たさはあんまりないんだけど、霊と分かる程度には。渋谷さんに憑いてるものは酷く冷たいけど色はない」
「それだと、式ってことにはならないんじゃないの?害意のある霊ってことでしょ?」
「色はないって言っても、あるんだな……無色、無臭、という。しいていうなら、膜?纏う空気、かもしれない。だから冷たさも感じ辛いんだ」
「正体はわかるかい?」
「原さんが霊場の話をしてくれたよね。精霊に守られた場所って」
「ええ」
俺はちらりと原さんの方を見やる。
「まさか、ここを守ってる精霊———地霊ってやつか?綾子の得意な?」
「地霊って精霊と同じ意味?」
「そっからぁ!?」
松崎さんは滝川さんの視線を受けて一瞬嫌そうにしたけど、俺の発言を聞いて凄い剣幕でこっちをみた。
ばっきゃろう、俺は専門外だと何度言ったら……。
「まあ、そうよ。草木、動物、人、無生物、ひとつひとつに宿ってるの。気そのものとも言うわね」
立派な木を見かけた事があるから、松崎さんや皆のいう地霊はそれを指すのだととりあえず自己完結しておく。
霊だったら結局冷たさを感じてしまうんだろうけど、意志もなくただそこにあるものだったら気配くらいしか感じないだろう。気というとおりに。
「今回の場合は、人でも、草木でも、動物でもないと思う」
「はぇ?」
綾子に任せるか〜とふざけつつあった滝川さんに向かって、俺は口元を抑えながらおずおずと意見を述べる。
「精霊じゃないんだ」
「じゃ、どういう事?」
「この地を守ってるもっともらしいものは、精霊じゃなかったでしょ?」
俺は苦笑した。
「———おこぶ様、ですやろか」
そしてブラウンさんの呟きに頷くと、滝川さんと松崎さんははっとした顔をする。
原さんとリンさんは神妙な顔つきで俺を見た。
「神の祟り、とでも?」
「たしかに、あの祠のところは霊が吹寄せてきますけれど、祟るという程の意志はあたくしには分かりませんでしたわ」
神様は霊ではないなら専門外だけれど、と口元を覆った原さんを尻目に、考えてみる。まだ見てないので何とも言えないんだけど、大きく強いものが、来て早々に感じられた。
「とにかく、祠に行ってみよかな」
再度立ち上がると、今度は誰も止めなかったし、モニタ監視をしているリンさん以外の皆も、もう一度確認に行くといってついてきた。
付き添いは嬉しいけど、ケロちゃんとお話ができないなあ。まあ、あとで話せば良いか。

依頼人の孫である彰文さんに先導されて、洞窟へ行く。その先に力をもったものが居る事は確かで、いくら膨大な魔力があるとはいえ、神様は格が違うっていうか、俺としてもそれなりに敬意を払ってるつもりっていうか。だからつまり、ちょっと震える。
「足元気をつけて———あの、大丈夫ですか?」
「なにか感じる?」
ちょっと様子がおかしかったみたいで、彰文さんは振り向いた先に居た俺を見て怪訝そうな顔をした。それに気がつき、松崎さんが俺の横から顔を覗き込む。
こればっかりは、ケロちゃんに縋り付いて弱まるものでもなく、ケロちゃんは俺のフードに居てじっとしていた。
一歩一歩進み祠に近づくに連れて、緊張が高まる。ふいに、ぷつんと何かが切れた。かくりと膝が折れて身体が崩れ落ちて行く。ケロちゃんが名前を呼ぶ声がして、大きなふわふわの身体が俺の背中を支え、羽が視界にうつった。あかん、正体バレてもうた……。
目を開けているつもりなのに、洞窟の中の景色はなく、いつの間にかケロちゃんの羽さえも見えなくなった。

意識を取り戻すと、俺は洞窟の外でケロちゃんに寄りかかって座っていた。
俺を見下ろす顔ぶれには変化があり、彰文さんがおらず、リンさんがいる。
「あれ……どうしたの?」
真っ先にリンさんの存在に驚いてしまう。だってリンさんには渋谷さんのおもりがあるし。
「どうしたのちゃうやろ。心配して来てくれはったんやで」
「ケロちゃん……ああそうか、ごめんねリンさん平気だよ」
「いえ……なにがあったんですか?」
「なにがあったんだろう?」
ケロちゃんに未だに寄りかかりながら、皆を見上げる。
「びっくりしたわよ、急にあんたが崩れ落ちたと思ったら、どこからともなく……出て来たんだもの」
「ケロちゃんね。危険が迫るとこの姿になって守ってくれるんだあ」
もう言い訳もできないわ、と思ってケロちゃんの背中を撫でる。
「ケロちゃんて……ケルベロスさん、ですか?」
「せやで、こっちがワイの本来の姿や」
驚いたブラウンさんに、ケロちゃんが答える。かっこええやろ、と心の中でこっそり自慢しておく。
「あの、あんたのお守りのぬいぐるみ?」
「それが仮の姿だね。———可愛いでしょ」
「ワイはどんな姿をしとっても、かっこええやろ」
身体を離して片手を出すと、ケロちゃんは小さくなって、俺の掌の上にちょこんと乗っかった。

ベースに戻ると、ケロちゃんのことも気になるがなぜ気を失ってしまったのかという話になる。あの時俺は意識を持って行かれてしまって、神域みたいなところにいた。姿を覚えてはいないけれど、少しだけ話をした。どんな声だったのかも、やっぱり思い出せないけど。
「代替りの度の変事はやっぱりおこぶ様なのか?」
「答えてくれはしなかったけど、そうだろうね」
「答えてくんないのか?あっちからコンタクトとってきたっつーことだろ?」
「そんな人に都合の良い親切な存在じゃないよ。まあでものぞみはあるみたい?良かったね」
「のぞみ、ですか」
リンさんが復唱して顎を引く。
「これでただの気まぐれとかだったら、すくえない」
「何かをしろってこと、なのか?」
「それもあるけど、今行われているのはどちらかというと、罰」
「———罰」
滝川さんと松崎さんが深刻そうな顔をして復唱する。



next.

ケロちゃんバレました。
ケルベロスさんという名前に本来の姿を見た皆はこっそりしっくりきてる筈。
July 2016

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