Prism.


15

もうすぐ、ジーンが見つかる。そんな予感がして俺は渋谷さんに早く帰ろうと囁いた。
抱きしめた後固まった彼は暫く人の声に反応しなかったけど、俺がそういうとはっとして目を見開き、視線を落とした。
次の日には吉見家の皆に見送られて車に乗り込む。俺の旅行日程は昨日までだったので知世ちゃんたちには先に帰ってもらっていて、俺も渋谷さん達と一緒に東京へ戻るつもりだ。
目を覚ましてから初めてケロちゃんをみた渋谷さんは、ちょっと現実についていけない顔をしていたけどすぐに無表情に戻った。でも気にはなるみたいでケロちゃんをもにもに触ったり、話しかけていたので大変シュールな光景が出来ていた。
滝川さんと松崎さんがぶるぶる震えて笑いを堪えていたっけな。

「名前を知っていたのか」
「え?」
「ジーンと言っただろう」
暫く車内は無言だったけど、ふとした拍子に渋谷さんがぽつりと呟いた。俺の膝の上ではケロちゃんがむぐむぐと貰ったおにぎりを早々に食べ始めているけれどそれはおいとこう。
「この前ちゃんと話をしてみようと思って」
「どんな話をした?」
「渋谷さんが、抱きしめられたりキスされると固まるとか」
若干イラっとした顔をした渋谷さんの視線をそっと流す。
「ジーンは、朝起きるのが苦手な方とか」
「あと部屋が汚い」
「それは知らなかったなあ」
「言わなかっただろうな」
ふん、と鼻を鳴らす渋谷さんに、俺はちょっと笑う。
「……道が……」
「ん?」
ちょっと話をしたといっても弾むわけでもなく、俺はどっちかっていうと主にケロちゃんと会話をしていたところ、リンさんが戸惑いの声を上げ、俺と渋谷さんはあたりを見回す。前を走っている滝川さんたちの車は、特に減速など躊躇う様子も無くぶんぶん走って行ってしまう。リンさんが軽くクラクションを鳴らすがハザードランプをつけることすらしない。
「道を間違えてるのか?」
渋谷さんは地名をあまり見ていなかったようで問う。リンさんは頷いたけど、俺はふと違和感を感じて思うままに口を開いた。
「あってる……」
「え?」
リンさんがちらりとこっちを見たけど、前を走る車を眺めたまま、少し身を乗り出す。
「このまま行こう……」
「わかった」
渋谷さんも俺の予感に気がついたのか頷き、リンさんもそれに倣った。

結局一度車は止まり、地図を確認してから今度は俺達の乗る車が先を行く。
渋谷さんは走り始めて15分程で、車を停めた。
先ほど通ったキャンプ場の方へ戻り、渋谷さんは皆に帰るように言いつける。当然皆は納得がいかずに食い下がっていた。
俺は皆がキャンプ場のバンガローを借りると意見を固めている間に電話を終え、皆の方をむく。
「近くに別荘あるから、皆そこ泊まればいいよ」
お前はどうする、と言いかけた滝川さんは目ん玉ひんむいた。
別荘は知世ちゃんの別荘ではなく、おじいちゃんの別荘で過去俺も何度か遊びに行ったところだ。近いなあと思って連絡を取ったら使うといいよと言ってもらえた。施設的には問題なくつかえるけど、お手伝いさんは居ないし買い物は自分でしないといけないけど管理人さんは近くに居て鍵を持っているから今日から入ることはできる。
「ここから車で30分くらいにはなるんだけど、滞在期間どのくらいかかるかわからないんだし使ってよ」
「そこまでしてもらう義理は無いと思うが」
「どっちにしろ俺は付き合うつもりだったし、そこに渋谷さんや皆が来ても俺は困らないけど」
「……」
あまり乗り気ではなかったけど、滞在費が普通より安く済むならとうちに来る事にした。滝川さん達が来るのは彼にとって『邪魔』なようだったけど。

お屋敷についたら管理人さんが既に来ていて俺を坊っちゃまとか呼ぶので滝川さんには爆笑された。
頼むから坊っちゃまはやめて。
こまめに掃除をされているお屋敷なので、ちょっと空気の入れ替えをすれば部屋は使えるようになっている。けれど一応管理人さんが軽く掃除と点検をするからくつろいでいてくれと広間に集まった。
「はーいや、驚いた。お前坊ちゃんだったんだな」
「全然、一般家庭だよ」
洋館といった感じのお家を、皆は珍しそうに見つつアイスコーヒーを啜る。
「一般家庭に別荘はないですよ木之本さん」
「いやほんと、うちは普通の生活してる。お母さんの実家が大きい家で、たまにこうして別荘を借りたりできるくらい」
「へえ」
安原さんと松崎さんも興味深そうにこっちを見た。
「木之本さんのお母さんて」
「結構な箱入り娘だったんだけど、お父さんにであって16歳で結婚、俺が3歳の時27歳で亡くなってる」
「そうなんですか……」
「早いわね……色々と」
「うん。お父さんはお母さんの実家の人達と仲良くなかったみたいだから、五年くらい前に和解できてやっとかな」
「———にしても、ちょっと裕福っていうのを超えてる規模よね……どんな人達なわけ?」
実家が総合病院だという松崎さんはさすがにその辺に気づいたようだ。
皆知ってるのかなあと思ったけど雨宮といえば分かるらしく、ブラウンさんと渋谷さんとリンさん以外がそれ相応の表情を見せてくれた。やっぱり渋谷さんは日本の人じゃないのかなあ。
「あれ?今気づいたんだけどよ」
「ん?」
滝川さんが小さく手を挙げる。
「この間友達と一緒にいたろ?男女の」
「ああ、知世ちゃんと小狼」
皆も滝川さんと俺を見た。あのとき二人ともフルネームで挨拶していたから滝川さんと松崎さんは思い至ったみたいだ。
「あ、あの女の子……大道寺って言ったわよね?たしかそこって雨宮と血縁でしょ?」
「お母さん同士がいとこだから、又いとこってことになる」
「ちなみに聞くが、前に香港に行ってたってのは、少年の方か?」
「そう、小狼の家」
俺の交友関係をぽろっとしただけなんだけど、知世ちゃんは家が有名なこともあって驚くし、小狼という名前の響きでリンさんこっちを見る。
深く聞かれるかなとも思ったけど管理人さんが部屋の準備が出来たと知らせにきたし、少しの食材を置いて行くと言うので席を立ってお見送りに行き話はそこで終わった。
渋谷さんとリンさんはそれよりもやる事があるというので、俺達が管理人さんを見送ってすぐにしれっと屋敷を出て行った。

「あら〜良い部屋じゃない」
「素敵ですわね」
女性を先に客室に案内すると、案の定喜ばれた。別荘はなんというか、悉くお母さんのための可愛らしく上品な感じなのだ。
客室なので過剰な飾りはないけど、俺が泊まる予定の元お母さんの部屋はクローゼットにネグリジェまで入ってる。
絶対着ないけど。
「じゃ、男部屋はこっちー」
「おう、わるいなあ」
「おおきにさんどす」
「ありがとうございます」
客室の作りはそう変わらないので、反応も普通である。というか屋敷を見た時に盛大に驚いていただいたので、これ以上俺もリアクションは求めていないけど。
「木之本さんはどこに泊まるんです?」
「ああ、お母さんの部屋だったとこ……すごいよ、見る?」
「え、何がすごいんですか?」
「フリル」
「見たいです」
安原さんは笑顔で即答した。
フリルもっふもふとはいわないけど、当然のようにフリルがある。松崎さんや原さんに譲っても良いけど、お母さんの私物も残ってたりするから、一応責任もって俺が泊まる気満々なのだ。ついでに言うと、何度か泊まってるので俺の私物もちょっとだけ置いてあったりする。
皆して俺の部屋を見に来て、当然松崎さんと滝川さんは腹を抱えて笑い転げた。


next.

撫子さんのご両親は健在なんでしたっけ、どうだっけ……(よくわからない)
この後みんなはおそらく随所に飾ってあるだろう撫子さんのお写真をみて、きれいな人だなーって思ったりしてたら良いと思います。
あとなんとなくですけど、ジーンと撫子さんって似てるよね……。美人薄命選手権の男女別優勝者みがある。
リンさんがじわじわ主人公の事気にしてるのでそのうち回収します。
July 2016

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