Prism.


17

俺達は校内をとりあえず練り歩く。
「本当に人っ子一人いない……」
「そうですね」
リンさんが返事をして、あたりを見渡す。
「先ほど言っていた、見えないようにされているというのは、大元を断たなければならないということですか?」
「せやな。ワイらだけやない、全員に暗示をかけとるようなもんやしな」
「俺達だけでも、破る事はできないのかな?」
「出来ない事はないけど、正体を当てなアカン、わかるか?」
「わからん」
俺はどんと胸を張る。
「占いでも駄目ですか?」
「占いで人の名前や正体は出ないんだよな〜」
俺がここで未来をみたところで意味が無い気がして、予知を提案するのはやめる。
「影はどうだろね」
「見つけても姿は見えんやろ?そもそも声も聞こえん」
「シャドウ、とは?」
もうとっくにリンさんにカードを見せた事があるので、影のカードを出してみせた。
以前校舎をちぐはぐにされてしまって、知世ちゃんと逸れた時に影のカードで歌声の主を探したんだ。
「このカードで、どうなるんですか?」
「上手く行けば案内してもらえる」
カードを持っていない方の腕を出すと、手首のブレスレットから鍵が下がる状態になった。
封印を解くと鍵が杖にかわり、それを掴みながらカードを指で弾いて飛ばす。
みっけといで〜と影を放つと、リンさんがびっくりした顔でこっちをみたので、小さく笑う。ところが影はすぐに俺の元に戻って来て消えた。
「駄目だったか〜」
しゅるりと姿を消してカードに戻ったのを指ではさみ、唇の下にもってきてむむうと考える。
「やっぱ霊って専門外だな……あ、じゃあ専門家に聞いてみよう、ウン」
「外部と連絡がとれるのですか?」
「いや?でもジーンが起きてるかもしれないから」
「———ジーンが……」
ようやく思い至って、ぽんと手を叩いた。
リンさんはそっと目を細めて、お願いしますと言った。俺は比較的綺麗めな床を見つけて座り、リンさんは向かいに、ケロちゃんは身体を大きくして俺の後ろに侍る。
もふりとケロちゃんの身体にもたれかかり、おねんねの準備をした。
目を瞑り静寂の中意識に沈めばふいに光が見える。この日来たのは美しい星がちりばめられた空間だ。下は、鏡のように星をうつしていて、歩くと水面のような波ができる。
その空間に俺以外の誰かがやってきて、足元の星空がゆらいだ。
「ジーン」
「やっと僕を思い出してくれたんだね」
「えへへ、ごめん、待ってた?」
「うん」
冗談まじりに問うと、ジーンも冗談まじりに頷いてから指を差す。星空は透けた校舎内の風景に変わっていて、ケロちゃんにゴロ寝してる俺と傍に控えたリンさん以外にも、校舎内をばらばらで歩いている渋谷さんや滝川さんたちの姿が見える。
あれから結構時間が経っていたから、そりゃあ滝川さんたちも来てるかもとは思ったけど、やっぱりバラバラにされてたか〜。
バスの事故があって生徒と先生が全員亡くなったことは分かっていたけど、それからどうしたら良いのか俺にはわからない。例えば生年月日や名前が分かればリンさんが除霊をできるのかもしれないけれど、人数は多いだろう。
「説得をするんだ」
「え?」
んな、単純な……と思ったが浄霊とはそういうものだと原さん言ってたっけ。満足して昇っていくことが浄霊だ。なら、説得するのが仕事。つまり原さんは数々の霊を説得して来た、そう———ネゴシエーター真砂子……。起きたら滝川さんに言ってみよ。
とりあえず俺は浄霊の極意とはなんぞやと聞いてから、ジーンはとっても心の優しい人だったんだなあと思いながら目を覚ました。
もふもふの上で目を開けると、ケロちゃんがもぞりと動く。
「木之本さん?」
「あ、リンさん……よかったあ、消えてなくて」
眠ってしまっていたから逸れていない自信は無かったんだけど、ケロちゃんもいたから大丈夫だったみたいだ。
ほっとしながら身体をおこすと、どうでしたかと聞かれて頷いた。
「会えたよ、ジーンに」
「そうですか、ジーンはなんと?」
それって遺体探しについてのことじゃないんだよね?
そのへんは全く聞いてないので、俺はジーンが言っていたことをかい摘んで教えた。
「大元となる先生の除霊は、……リンさんには」
「難しいですね」
「じゃ、やっぱり俺が行くしかないのかなあ」
「原さんではどうにかならないのでしょうか」
「どうだろ、ジーンが俺に頼んだってことは、原さんには知れないことが多かったんじゃないかな」
リンさんはもしかしたら、俺が霊媒じゃない事を気にしてくれたのかな。
膝の上に置いてあるリンさの手をそっと握ってみると、見開かれた片目がこちらを見る。

「ぜったい、大丈夫だよ」

リンさんを無敵の呪文でなだめ、俺は目を瞑ってゆっくり息を吐いた。
それから大きく吸うと、土や埃の匂いがした。
目を開くと、うすぼんやりと見えていた教室の中とは違う、真っ暗なところに居た。
人の気配が沢山するけど、ケロちゃんやリンさんの姿は無い。すぐ後ろにはケロちゃんの毛皮が有る筈なのに、泥や何かの破片が転がっている。
先生、痛いよ、助けて、と子供のすすり泣く声がする。傍には、もう息絶えたであろう子供の身体があった。すぐ傍で、桐島先生と思しき男の人が子供を抱えてしきりに声を発していた。
「帰ろうな、学校に帰って、手当てして……」
「待って、先生!」
俺まで身体が痛い。同調しすぎたんだ。
死んだ人に寄り添うのは、ジーンを除いて初めてだから、ちょっとまずかったかもしれない。
手足に擦り傷が出来ているのが目に入る。
桐島先生が子供達を連れて暗闇の方へ行こうとするのはなんとか声を出して制止したけど、ゆっくりと振り向いた彼の顔はまだ悲壮感が拭えていない。
「学校じゃないところにいこう」
「……きみは?」
「俺は……」
何て言ったらいいのかわからなくて、とりあえず立ち上がることから始めた。
死んだ人の自我はすごく薄いというから、俺がしっかりしていれば大丈夫。ずるりと立ち上がると、離れていた距離はいつのまにか近くなっていた。すぐ傍に、子供や先生が居る。
へえ、これが幽霊……とか思ってる場合じゃない。
「けっこ、いたいな……」
皆はもっと痛かったんだろうな。呟きながら口を噤む。
必要なのは同情じゃない。
「遠足いこ」
にぱっと笑うと、皆からはあ?という顔を向けられた。
非常にスベっているが、気にしない。

まず第一に、俺自身が光になること……。

ジーンが言っていた言葉を胸に、光を想像する。ここは俺の世界だと思えば良い。
彼らを俺の世界に連れて行ってあげよう。
ジーンとお茶をしたのと同じように、彼らを遠足に誘い出そう。
学校と言う場所は良くないから、途方も無く広い草原の下に彼らを。
「わ、あ……」
「すごい」
「なあに?ここ」
光に照らされた彼らは、まだ傷だらけだったけれど、急に暗い場所から変わったので目を眩ませてぱちぱちと瞬きをしてる様子は普通の子供と変わりない。
「なにを……したんだ?」
桐島先生は微妙に自覚があったのか、困惑した顔をしている。
それでも逆上してこないなら良いか。
「明日はいよいよ、遠足です」
「———……」
日誌に書いてあった文章を思い出す。
「遠足に行かなきゃ帰れないよね。まずは傷の手当から」
皆の方を振り返ると、子供達の傷はもう無くなっていた。
バスの中じゃないからだろう。でも子供達は自分の手足を見て驚いて、俺にかけよってくる。
「すごい!お兄ちゃん魔法使いみたい」
「え、今の俺がやったんじゃないと思うけど……まあいっか」
こほん、と咳払いをしてごまかす。
「そうです、お兄ちゃんは魔法使いなのです」
「じゃあここが、お兄ちゃんの王国?」
おっと、まじかるらんど設定なの?まじかるぷりんすなの?いや年頃の女の子だしな。
王制かあ〜設定追加されたな〜とか思ったけど別に、そんなところまで再現しなくてもいっか?
とにかく子供達の傷が治って学校じゃない所まで連れ出せたから、遠足を進めよう。
そもそもの遠足プランを知らないんだけど、まあ大抵自然の中で遊べば良いのだ。自然の力は凄いんだぞう、ここ現実じゃないがな。



next.

ジーンをお招きしたときとちょっと似てる感じです。
本当はこの辺りで香港とかクロウさんのことを話してもよかったんだけど、仕事せにゃならんなって思ってやめた。
Sep. 2016

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