18
先生は時折一人で物思いに耽っていたりするけど、生徒が無邪気に誘って来ると立ち上がり混ざる。そのときは笑顔になっても、また一人で座って生徒達を眺めていたりする。その横顔は憔悴ぎみだ。「お疲れですか?」
「……ええ、まあ」
子供はきっと先生についてくるだろうから、俺は先生と話をしてみることにして、隣に腰を下ろす。
そもそも、先生が子供達を思ってしたことなんだろうしなあ。
「俺のお母さんはね、俺が小さい頃に死んでしまったんですが」
「ええ」
「小さい俺にお兄ちゃんが言うんです、お母さんはお星様になって輝いてるって」
「そうですか……」
「でも今度は別の人が言うんです、お前が光になれって」
「光に」
「うん」
桐島先生は疲れた顔をしながらも、俺の言葉に耳を傾けて言葉を復唱した。
「多分こういうことですね、お母さんを想って泣くのではなく笑顔になりなさい、人を笑顔にしてやりなさいってこと。先生もそうでしょ?」
「え?」
「生徒達を笑顔にしてやりたいって思いません?そして生徒の笑顔を見てたら笑顔になれるんです。それが、光になること」
「そう、ですね。生徒の笑顔を見ていると、自然と笑顔になれます」
少し和らいだ先生の顔に、こっそりほっとする。
「じゃあ、今度は先生が皆の光にならないと」
「私が?」
立ち上がって腰をはたくと、先生も遅れて立ち上がった。
「そろそろ、帰る時間です」
「え……」
「ずっと、ここには居られないんです。だって、皆はかえる所があるでしょう?」
「———学校、に?」
「ちがーう、全然ちがーう」
ぶっぶーと大げさに反対すると、先生はきょとんとした。
生徒達も集まって来ていて、『学校に帰る』と言う言葉に不安を覚えている。ある意味良い傾向かな。
「光の方へかえるんです」
指を差したのは、草原の彼方だった。先生の背中をおすと、そちらにおずおず足をやる。
「子供達を導いてあげて、”先生”」
これで学校に帰って来たら承知しないぞ。
草原に寝転がり、遠ざかっていく楽しそうな声を聞きながらゆっくり目を瞑る。大丈夫だろう、先生たちはもう学校へ戻りたいとは思っていなかった。
あの光の方へ進めば、先生がきっと職務を全うするに違いない。
うっすらと目を開くとやっぱりまだ眩しくて、俺はふひっと笑ってしまう。
———ん?あれ?なんか……。
「体中が……痛い……よう」
「木之本さん……!?」
光が弱まると、教室の天井が見えた。背中にはケロちゃんの感触がして、同時に体中が痛む。
「いでででで……なんで俺だけ傷なおってないの……あ、生きてるからかな?」
「なに暢気な事言うとんねん!!!!」
ケロちゃんがばっと立ち上がったので床に頭をごちんと落っことす。
「いやまじで……傷うつる方がおかしいよお」
「アホー!前にも同調し過ぎたら怪我するいうたやろ!!」
「ほええ」
誤摩化すな、とあんよでふみふみされた。
「ったく……月がもうすぐくんで」
「え!?やだ」
俺は飛び起きて、身体の痛さに顔を歪めつつもケロちゃんに詰め寄った。
「やだって……。それともにーちゃん呼ぶか?」
「もっとやだよ!そんなら月でいい」
なんかすんごい、二人とも過保護なんだよね……。
「ずいぶんな言い草だな、あるじ?」
「ひょえぇ」
いつのまにかきていた月の冷ややかな声が背筋を這う。普段俺にあるじなんて呼びかけないので、もちろん嫌味である。
魔力がこう……ゆらいだんだろな。月が来た理由には驚きはない。
「ゆ、月クン、早いネ」
「あるじの危機だ、飛ばしてきたに決まっているだろう」
「あざーす」
リンさんがぽかんとしていた。
やめてお願い見ないでえ!俺がお姫様抱っこされてるの見ないでえ!
「あ、そういえば学校、出入りできるようになったんだね」
「せやな。———わいらは先に別荘に帰っとるさかい、兄ちゃんたちによろしくな」
月は無言で俺を抱いたまま窓から上手にひゅっと出て、それに続いてケロちゃんも出て来た。二人してばっさーって羽を出してるので落ちる事は無い。
リンさんはアッハイと返事をするほかなく、教室に一人残された。
別荘についた俺はベッドに優しく横たえられ、服をむかれる。
手当したいんだろうけど、待って、月って生活能力皆無っぽいし……人の手当なんてした事ないのでは?
「おまえ、手当できるの?」
「……出来ないな。雪兎に任せよう」
月は目を瞑り雪兎さんに交代した。
俺のズボンを掴んだままなので、ぱちりと目を開けた雪兎さんは急に俺を脱がしている場面で交代されたのである。可哀相。
「えと?———わ、傷だらけじゃないか……!」
俺はアッハイと返事をして、恐ろしく順応性高い雪兎さんに手当を受けた。
ケロちゃんはちんまい姿で見守っている。
血は既に止まっているので緊急性はないけど、ぐるぐる包帯でまかれた俺は大きいパジャマのシャツを一枚着ただけの状態で寝かしつけられた。
「あ、雪兎さんの寝る所」
布団をぽんぽん叩かれ眠ろうとしてたけど、俺はむくりと起き上がる。
ケロちゃんは既にクッションでぐうすかぴいしてるけど、雪兎さんは人間の姿なので難しい。月でも場所をとる。
「てきとうに探すから、寝てて」
「ん、じゃあ、ここ」
今度は俺がぽんぽん布団を叩いた。今いくつか客室を使ってるから説明するのが面倒だ。
お母さんのベッドは子供時代に使う為のものとは思えない程でっかいので、雪兎さんと俺が寝るくらいは大丈夫。
「え、でも」
「どうせソファとか、イスで寝ようとしてたんでしょ、だめだめ」
ぐいぐい引っ張ると、おずおずとベッドにのっかった。
一緒に寝転がってお腹に腕を回すと雪兎さんも諦めたようで、眼鏡をはずして体勢をとった。わざわざ向き合って俺の背中に手をまわさなくたってよかったけど、俺は甘んじて受け入れ意識を手放した。
次の日、朝から身体を拭いてもらっていた。
雪兎さんに悪いねえと言いながら背中をごしごししてもらった後、今度は足も拭くよと前に移動された。ちなみに前や腕は自分で拭いてた。
「え、いいよその辺は自分でやるから」
「だめだよ、怪我してるんだし」
いや尚更自分でやるよな、と思いながらも新しいシャツを羽織る。いつまでもパンツ一丁は恥ずかしくって。
「おーい、起きてるか?入るぞー」
「あ、起きてるよー」
滝川さんが先頭に、色々な面々が部屋にはいってきた声が聞こえる。この部屋は結構広く、俺はバルコニーの傍にいたのですぐに姿は見えなかったみたいだ。
「そこに居———は?」
皆がぽかーんとして固まった。
……男が男に足を撫でさせてる光景を朝から見せてすまない。しかも俺シャツ一枚だし。
「ど、どうしたのよ、その怪我」
松崎さんは俺の痣まみれの足を見て顔色を変えた。
「昨日、ちょっと」
「逸れた後に怪我したの!?リンと一緒にいたんでしょ!?なんだってあんただけ……」
後方にいたリンさんをきっと睨んでから、松崎さんは俺に詰め寄って来た。
「どーどー松崎さん、これ物理的な怪我じゃないから」
「どういうことだ?」
滝川さんや、ブラウンさんに安原さんまで神妙な顔をしていた。
「あれ?リンさんから何も聞いてないんだ……とりあえず着替えた後でいい?」
「あ、ああ」
「お手伝いすることありますか?」
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
ブラウンさんの申し出は、雪兎さんが先に断った。
まあ俺も手伝いはこれ以上要らないかな。なんか気使うし。
next.
従者?に抱き上げられ、獣に寄り添われ(バックは夜空で)去って行く。このシチュエーションをやっぱり書きたかった。私の胸にいまだ残る疾患の†キズアト†が疼く……ッ。
あと、彼(?)シャツ姿で美青年跪かせてあんよ拭いてる、傷のある少年っていうシチュエーションがすごく……病的。
ぼーさんはこっそり、こうしてると性別わからんやっちゃなーって思ってたりしたら楽しいです。
Sep. 2016