02
「すみません、あの、テツくん」「ぎゃああビショ濡れぇ!?!?」
「ていうか誰!?」
体育館のドアからもしょもしょ声を掛けたら、近くに居た人がびっくりして凝視していた。誰ってあの、今から自己紹介するところだから。
誠凛の人はちゃんと顔と名前一致してるけど、前髪の所為でよくわからなかった。濡れてるって驚いたのは小金井さんで、誰って言ったのは日向さんだ。奥で驚きつつ近づいて来てくれたのは紅一点の相田監督だ。ふええ、やさしいよお。
「その制服、桐皇の」
「俺、青峰の幼馴染みの桃井っていいます。……テツくんとは中学校が一緒で」
あれれテツくんが居ない。
きょろきょろ周りを確認しつつ、相田さんに事情を説明する。他の部員の人はタオルを持って来てくれたので、途中でそれを受け取って顔と髪の毛を軽く拭いた。
「今日は練習じゃないけど、どんな用事なの?」
「用事ってほどでも……ごめんなさい、何も考えずに来ちゃって」
「なにかあったのね?」
「大輝と喧嘩したんです〜!テツくんに慰めてもらおうと思ってぇ!!」
タオルに顔を押し付けて声をちょっと殺しながら嘆いた。
超くだらない用事で来て本当にスミマセン。
「反抗期が時間差でジャブ入れて来た感じ!」
「何言ってるのこの子……とりあえず誰か黒子くんには連絡入れて」
俺は携帯を忘れて来たからすみません!と顔を覆う。周りの皆が呆れている気配を察した。
泣いてる訳じゃないし、テツくんいないのでちょっと動揺してたけど落ち着かせてもらえたので、簡単に経緯を話す。
相田さんは大輝の肘が悪くなってることに気づいてたらしくて、俺の話をわりと真剣に聞いてくれていた。
「あなたは、マネージャーでも選手でもないのね?」
「俺はもっぱら見てるだけですし、大輝のこと以外はよくわかんないデス」
「でも、たしかにそうなのよね、故障しかけている選手を出すわけには行かないわ」
はあ、と深くため息をついた相田さんに、俺も苦笑する。
「大輝とマジな喧嘩なんて、へっちゃらなんですけど、ちょっと傷ついちゃった」
「青峰くんのそれはただの八つ当たりよ、気にしない方が良いわ」
「ん。テツくんも辛かったんだろうなって思ったら、会いたくなって……それに、ずっと会わないでいたから……そろそろなって」
「へ?」
もじもじしつつ話していたところで、体育館の入り口の方がざわついた。多分テツくんが来たんだと思う。
他の一年生と思しき男子生徒達もいて、火神くんの後ろからひょっこり出て来た水色頭を見つけて、立ち竦む。ああ隠れたい。駄目だけどさ。
「テツくん」
「も、もい、…………さん……??」
髪を切っただけならまだしも、男子制服に身を包んでいる俺を見て、テツくんは珍しく目を丸めて驚いた。さ、さすがにポーカーフェイスはちょっと崩れるよねえ。ていうかやっぱりテツくん俺の事男だって知らないまま卒業したね!?だよね?
「会いに来るの、遅くなってごめんね」
へらっと笑うのが精一杯だった。
「あれ、オマエ、黒子の待ち受けのヤツだろ」
「え」
「……火神くん」
「火神ィ!空気読もうな!?」
何から話せば良いのやら、とりあえず一発謝罪をぶちかますべきかと思っていたら、火神くんが俺を指差した。テツくんは表情は薄いけど若干嫌そうな、慌てたような顔をしている。
つまり、俺はテツくんの待ち受けに鎮座しているわけだな?それを暴露するのは酷い。テツくんも俺なんか待ち受けにしないでくれよ……照れる。頬を掻きながら、テツくんの方を見ると、若干顔をそらされた。
日向さんが真っ先に火神くんに突っ込んでるけど、他の一年生達も見た事があるらしく「そういえば」って言いながら俺を見て来た。
「でも、あの待ち受け、すげー美少女とツーショットの……だろ?」
試合出てないから名前知らない、茶髪で猫目の子が顔を引きつらせた。
三年の全中の少し前くらいに、テツくんとふざけてツーショットを撮った覚えがある。テツくんがほっこりしながら「待ち受けにします」っていったからノリで「おっけー!」って返事をしたことも思い出したよ。了承してた〜。まさかずっと待ち受けにするとは思わなかった〜。そもそも冗談だと思ってたよ。
「ア、ハイ、待ち受けの美少女はおそらく俺」
今自分で美少女とか言ったよみたいな空気は気にしないで、後頭部を掻く。
「え、女装してたってこと?」
「そうですね、日常的に女装してましたね」
小金井さんがきょとんとしながら指摘した。日常的って言葉のあたりで全員がぴしっと固まるので、「中学時代、女装してたんです」って正式に言い直した。
「黒子———ってあれ!?息してる!?」
「うわああしっかりしろ!」
黒髪の一年生二人が、テツくんをゆっさゆっさと揺さぶっていた。ごめんねえ、テツくん。
「……つまり黒子くんは知らなかったわけね?」
「卒業式の日だけは髪切って、男の制服着て行ったんだけど……会わなかったんですよね」
「そのカミングアウトをしに来たの?」
「そんな感じです」
相田さん話が早くて助かるわー。
テツくんに向き直って、深く頭を下げながら「言い出せなくてごめんなさい」って謝れたので、俺的には一方的にすっきりしてる。でも本当にテツくんには悪い事をしてしまった。なにせ、ハート泥棒的なね。おそらくファーストキスを奪ってしまったわけだし。正確に言うと奪われたのは俺なんだけど、奪わせちゃったといいますか。
「き、嫌ってくれても構わないから……。でも、試合応援してる!頑張ってね」
テツくんが何も言ってこないし、部員の目が痛いので、俺は相田さんの「あ、こら!」って言う声を振り切り体育館から出て行った。まだ雨は降っているので、もう一度びしょぬれになる。
タオルは今度返しに行きますぅ!
next.
言い逃げ。
Sep 2015