03
とぼとぼ歩いてると後ろから走って来る足音がして、「桃井さん!」と声を張られる。追いかけてくるとは思ってなかったけど、来るなら彼しかいないわけで、俺は振り向いた。「テツくん」
「風邪ひきますから、傘くらいさしてください」
「濡れたい気分だったんだよ」
俺はさっきタオルで拭かせてもらったのも台無しなくらい濡れてる。
テツくんは傘を俺に差し出してるけど、一本しかないからやっぱり狭い。
新しいタオルを俺の頭にふわっとかけてくれたので、とりあえず髪の毛や顔は拭いておく。服が濡れてるのはやっぱり寒いな、まだ夏だけど。
「青峰くんと何かあったんですか」
「ちょっと喧嘩しただけ」
「……もっとちゃんと拭いてください」
言いながらテツくんは俺に傘を持たせて両手で俺の頭をガシガシ拭いた。
短い髪の毛が乱れて顔に貼り付いたのを、指の腹でのけてテツくんは少し黙る。
「殴る?」
「え?」
俺はちらっとテツくんの様子を見ながらたずねた。ぽかんとして首を傾げているけど、テツくんはすぐに俺の言いたいことが分かったのかふるふると首をふって、困ったような笑みを見せた。
「殴りませんよ。むしろ桃井さんの方がボクを殴る権利、あると思います」
「…あぁ……ごめん」
「えぇと、まだ返事は聞きたくなかったんですが」
「いや、違うそういうごめんじゃなくて、え、あれ!?返事……、でも、俺」
「これが本当の、好きになった人が男だった、って言う奴ですね」
「ソ、ソウダネ」
遠回しに……いや、割と直球で告白されているようだ。
まさかテツくんの淡い初恋(推定)がまだ続くとは思わなかった。なんだか申し訳ない気持ちになりつつ、それは俺が思っちゃいけない気がした。しかし気まずい。戸惑う。だって俺、男から告白されたことないし。あ、いや、あるけど、男だと知ってるのに告白された事がないってことで。
「あはは、……なんか、俺、嬉しいのかも」
つい笑みがこぼれて来てしまう。
テツくんは少なからず落胆するだろうと思っていた。友達になれるかも危ういし、ましてや、まだ好かれてるなんて。
俺は男だからあり得ない、と勝手に考えて今までテツくんの気持ちにこたえることになるとは思っていなかったから、すぐに返事は出来そうにない。むしろ今返事をするとしたら、やっぱりお断りする。
「———大輝に勝って。それまで返事はしない」
テツくんの為にも俺はもっとよく考えるべきだろうし、テツくんが大輝を倒すのを応援したい。
今足を止めたら駄目だと思った。俺が言うのは変かもしれないけど、テツくんは今バスケに集中していて欲しい。
あれから、俺はまんまと風邪を引いた。
幸い熱は無いので学校に行ったけど、大輝が過保護気味で笑いそうになった。
「お、おいお前帰った方がいいんじゃねーか」
明らかに体調不良な咳を出している俺の横ででかくて黒いのがちらちら見てる。
「あ、良くん!今吉先輩」
「桃井さん、青峰さん」
「相変わらずセットでおるんやなぁ」
大輝を無視していたら良くんと今吉先輩が二人で居たので声をかけてみる。放課後はよく一緒に帰ってたけど昼間に一緒にいるのは珍しい方だ。
「別にセットじゃありませんし。これから予選観に行くんですか?いいな〜」
それとなく大輝をないがしろにすると、二人は一瞬だけきょとんとした。
「おい、何拗ねてんだよ、」
「『二度と顔見せんな』『ブス』……」
「うっ」
「ひっ」
俺がじっとり大輝を見ると呻いて目をそらす。おまけに良くんがビクッと震えた。俺怯えられるような顔はしてないはずだけど……しかも鼻声でちょっと掠れてるから覇気もないはず。
「なんや、そんな事言うたんか……青峰。っちゅーか、声酷いなあ桃井」
「ブスとか人生で初めて言われたんで、落ち込んで雨に打たれてこうなりました」
「いやそっちかい!」
びしっと突っ込んで来た今吉さんに苦笑する。
「俺の風邪が治るまでは、風当たり強くいきますんで」
「甘ない?」
「甘いですかね。でも俺が大輝の顔見ないと無理なんで」
隣に居るにも関わらず甘やかした事を言う俺に、今吉先輩は「もー勝手にしい、ワシらは試合観にいくわ」と手を振って去って行った。
「あ、良ぐっゴホッ、ゲホッ」
「すみません!なんかすみません!大丈夫ですか!?」
会釈して今吉先輩を追いかけて行こうとした良くんを呼び止めたら咳こんでしまい、謝り癖のある良くんがしきりにペコペコ頭を下げる。いや、きみ悪くないから。
「あー、良、テツの様子コイツに教えてやれ」
「そう、それ」
さりげなく背中に手を当ててくれた大輝が代弁した。
再び二人きりになったら、大輝はばつが悪そうに「わ、悪かったよ」と謝ったのでこの間の暴言は許す事にした。俺は相変わらず大輝には弱いらしい。
仲直りしたといっても、予選の決勝を観にいきたい俺に大輝はついてきてくれなくて、俺は諦めて一人で試合を観に行った。
「あれ、桃っちじゃん!」
ぼっち観戦はなれてるけど〜と思いながら観戦席に出ると偶然居合わせた黄瀬が俺を見下ろしていた。
「お?おお、黄瀬っち」
「その呼び方辞めてくんないっスかね?」
ならお前が先に辞めろ。
「黄瀬ひとり?」
「そっス。センパイ達誘ってもみんな断られて……心細いったらないっス!」
「女子高生かよ」
「ま、ホントなら負けた相手と並んでみるのもヘンな話っスけど、お互いWC出場はきまってるしね。一時休戦ってことで」
「いや俺一人でみるから」
負けた相手って言っても俺別にバスケ部じゃないし。
ガーン、とショックを受けた黄瀬は結局俺の隣で観戦を続けていた。いいよどっかいけよ。
試合が白熱してきたときに「あーなんかバスケしたくなってきたっス!」とか言って騒ぎ出したけどとりあえず俺はテツくんを見失わないようにするのに必死だったので黄瀬は無視した。でもテツくんは余裕で見失った。
next.
性別なんか関係ない(キリッ)
Sep 2015