01
───三年前にNYがあった街は突如異界と混じり合い、HLと姿形、名前を変えた。HLは常識はずれもいいところで、異界人がうようよいる。異界への入り口っていうんだか深淵なんだかわからん穴があってそこに落ちたらもう戻ってこられないだとか、血界の眷属と呼ばれる吸血鬼的なバケモノがいるだとか、……とにかくいろんなことがひっちゃかめっちゃかになった街。
妹の足を治す方法が見つかるのではないか。……と期待を胸に家族で旅行に出かけた。
といっても本当にHLに行くには勇気と、死ぬ覚悟が必要だということで、中途半端な期待と尻込みの結果霧に包まれたHLを対岸から眺めるというだけの旅行である。なんだそりゃって思った。
兄がカメラを向けるのが、うっすらと影しか見えない街ではなく妹の顔というのも頷けた。俺もぴーすした。
平和な家族は、なんで弟妹の写真撮ってるの、と笑ったが兄の気持ちはすごくわかる。
そんな時、兄と妹の間に、亀裂が走った。二人の仲にじゃなくてな。
途端に異形と闇が現れ、二人を隠した。
なんだこの眼球おばけは、というのが俺の感想である。
やつは「見届けるのはどちらだ」と、二人に問う。
そして言外に見届けぬものにその視力は必要ないと言っていた。
兄はけして答えなかった。いつか妹が称した亀の騎士という名の通りだと思う。
でも一緒にいたのは勇敢な姫だった。
「奪うなら、私から奪いなさい」
妹は視力を失い、兄は神々の義眼とやらを押し付けられた。
「ミ、シェーラ……ふぐぅッ」
「おっはよ、どうしたの?」
「わあ〜寝起きの腹パン……」
思わず呟いた妹の名前に反応した本人ミシェーラが俺の腹の上にどすんとのしかかり、それを見ていた兄のレオが憐憫の眼差しを向けた。
「目が、目が〜……」
「腹じゃねーのかよ!」
目覚めたばかりの俺は腹の衝撃にもかかわらず目のことに意識がいってて、レオがわけわからなそうに叫んでいた。
思わず起き上がって、飛び出しそうになった内臓を押し戻しながらミシェーラの肩を掴む。
「目がある……」
「なに?それ」
「レオの目は?糸目で見えないんですけど」
「なんだそりゃ……って、なんだよおい!!」
つぶらなおめめの妹から手を離して、糸目の瞼をひっぱると抗議の声が上がる。
「ふつーの目だ」
「ちゃんとあったのね!」
「なんだよ二人して!」
ミシェーラも同じようにレオの目を覗き込んで感慨深そうに言った。
「それにしても、慌てて確認するほど、どんな夢を見てたの?」
「自分の目のこと気にしろよなー」
「いや、俺は夢の中で蚊帳の外だったから……でも夢だから二人の様子が見えて」
寝っ転がっていたリビングのソファからおきあがると、両隣に二人が座った。
ちょうどおやつの誘いだったらしく、ドーナツが渡される。
「んー家族でHLに観光しにいってさーっていっても、外側から見てただけなんだけど」
「ヘルサレ……なに??」
「外側って?なんかのオブジェ?」
きょとんきょとんとされて、俺もきょとんとする。
「え、……NYが大崩落して、異界が融合して───ヘルサレムズ……あれ?」
テロ?と首をかしげた二人に説明しようとして俺の思考が落ち着いた。
三年前もくそもない。NYの大崩落なんて起こってない。
異界も、異形も、血界の眷属もしらない。
神々の義眼って、なんだ。
───これ、予知夢だ。
俺は改めてドーナツを頬張る兄と妹を横目に見た。
興味津々のミシェーラと、夢だと思ってるレオ。結局ミシェーラに強請られてNYの崩落について話したのはあまりに現実離れしていたからと、二人に関係のないことだったから。
目のことは、二人に関わりのあることだから言わなかった。
実際にNYでことが起こったのは、俺が予知夢を見てから一年も後のことだ。
本気にはしてなかったレオだけど、いざ起これば俺が話したことは印象的すぎるので、新聞を手に大慌てだった。
「ほ、ほんとうにヘルサレムズ・ロットだ!!」
「……近い近い近い」
数日前テレビでも霧に包まれた街と、街の中の中継が流れていた。やばすぎてすぐに中断されるか、カメラがぶっ飛んで砂嵐になったけど。
「えーナニ、一晩で崩落・再構成され異次元の租界となったうんぬん……」
学校から先に帰ってたレオがおそらくどっかで買って来たであろう新聞を、後から帰って来た俺に突きつけている状況だ。くちゃくちゃになった新聞を老眼のおじいちゃんみたいに遠ざけつつ、わざとらしく斜めから読み解く。
「ここ!ここ!ほら、預言者じゃん、やべー、……どうすんだよこれ」
「ヘルサレムズ・ロットね。うんうん、本当に当たっちゃったな」
正直俺にとってはNYが崩落して異界が融合したことはどうでもよくて、……でもそれが本当に起こったということはレオとミシェーラのところにアレがくるということだ。
「どうしようもないし、関係ないじゃん。ぜってー行かないようにしよ」
「たしかに……」
「も〜お兄ちゃんたちドア開けて立ったまま何してるのよ!」
二人で戦慄してたところで、ミシェーラが呆れた顔で声をかけてくる。慌てて家の中に入ると、レオはミシェーラにも俺が過去した予知夢の話をしにいった。
当時興味津々だったわりに、今回当たったことに対しての反応は薄い。
レオはなんで驚かないんだと逆に驚いてるけど、ミシェーラの言い分としては、一年前から起こると思ってたとのことだ。
そもそも俺の予言は昔からよく当たっていたことを指摘される。しかもあの夢を見て話した後からミシェーラは俺に運勢を占わせたりくじを引かせたりとかいろいろと試してきたのである。
「え、そんなことしてたのかよミシェーラ……」
「そうよ、お兄ちゃんは逆によく無関心で入られたわね!鈍感!」
弟に対して関心がない!信じてないのね!と楽しそうに兄を罵倒している妹を眺めつつ、荷物を置きに自室へ向かった。
スクールバッグを勉強机の上に乱雑に置いたあと、ぽてぽて力無い足取りでベッドに向かって倒れこむ。靴を脱ぐ気力もない。
兄妹の元気な言い合いは階下からは聞こえなくなっていて、部屋の時計の秒針が進む音に意識を預けて目を瞑る。
俺はその日、もう一度兄と妹の目が奪われる夢を見た。
三年間どうにかできないかと悩んだが、十代の一般家庭の子供にできることなんてたかが知れていた。
魔術についても異界についても、未知数なことは多い。俺自身に魔力量は確かにあるだろうけど結局自分の力の使い方しかわからないし、異界のやつに通用するとは到底思えない。
しかもあの、理不尽な押し付け方。人選の意図も不明。もう最低。
HLの観光を阻止したかったが、両親と妹が乗り気だったもんで、じゃあお兄ちゃん二人お留守番する?という選択肢しか与えられずに二人揃って行くわと叫んだ。
幸い兄と妹は、俺が目について慌てたことをすっぽりわすれているようだった。NYの崩落が印象的だったんだろう。
俺にできたのは、ミシェーラの代わりに眼球おばけと対峙することだけ。
なので俺は視力を失い、レオは神々の義眼を移植された。
next.
CCさくら→Re→血界の流れだと思いますがそれは出ないかもしれないし、いずれそっちの設定も引っ張って来るかもしれません、未定。予知能力とかシックス・センスはあります。あたぼうよ。
最初は今までの流れ的にミシェーラ成り代わりが妥当だと思ったんですけど、ミシェーラはレオをトータス・ナイトって例えるのに必須だなって思ったので次男にしました。
July. 2019