02
神々の義眼を得たレオの苦しみを、俺は予知していなかった。ひどい眩暈に襲われて吐き続ける日々を一週間近く過ごした後はなんとか視界を固定できるようになったがそれから暫くは距離感の調節などに戸惑っていた。
物が二重に見えるとか、目に力を入れすぎて発熱したりとか。
俺は目を冷やしてやるくらいしかできないし……それも準備するのには目が見えないのでてこずったり、たまに両親に手伝ってもらわないといけなかった。
「ごめ、ごめん、俺……あの時」
「レオ?」
ぐったりベッドに横になってるであろうレオの目に、保冷剤とタオルを手探りに乗せると手を掴まれる。
「奪えっていえな……なにも、でき……くて」
声が震えてるので泣いてることはわかる。泣かせたかったわけじゃないんだ。だって俺はレオが声を出せないと考える暇も与えずに即答したはずだ。
「俺のことはいいんだよ。困らせてごめん」
「でも……お前、見えないんだろ……何も!」
レオの汗ばむ手を握っていると頭が動いた気配がした。
きっと保冷剤が落ちただろう。
俺は掴まれてない方の手でレオの顔を探す。
「こうすれば見えるよ、レオの顔」
レオは俺の手に顔をすり寄せて迎えに来る。ふにふにと頬骨や眦を撫でると汗や涙で濡れていたし、ぷくぷくと腫れぼったくなっていた。
「ぶっさいくな顔で泣き腫らしてるのが目に浮かぶ」
「……ひでえ……」
弱々しい、蚊の泣くような声で抗議された。
「だいじょーぶ、大丈夫だよ、レオ」
「ん……っ」
ずる、ずっ、と鼻をすする音とひっくり返った声。余計に泣いてる気がするけど涙腺大丈夫だろうか。
なんとか保冷剤を見つけてもう一度タオルに包んでレオに渡して自分で冷やさせた。
ぽんぽんと胸を一定のリズムで叩いいてやりながら、耳元で大丈夫と繰り返す。
「ミシェーラ、水持って来てくれたの?こぼさなかった?ありがと」
「……どうしてわかったの?」
さっきから部屋のドアのところで気配がしていて、レオが静かになったところで声をかける。
「なんとなく。ね。起きたら飲めるようにここ置いといてやって」
「うん……お兄ちゃん寝ちゃった?」
からから、と軽くタイヤが回る音がして気配がさっきより近づいてくる。
レオのベッドの横にあるテーブルに、グラスが置かれた音がした。
「さっきまであんなに泣いてたのに」
「泣いてたから、疲れたんだろ」
胸においた手で体をたどり、首から耳、そしてひたいをなぞると顔にかかっていた髪に触れた。レオはくすぐったいのか僅かに身じろぎをした。
「───ねえ、目、見せて」
「ん?」
声の後手が伸びてくる気配がして、顔を掴まれたのでなすがままにされる。
ミシェーラの細い指が俺の瞼をひっぱった。
今の俺はレオみたいに糸目にしている……というか基本的には目を瞑っているので眼窩は隠されている。
今俺の眼窩に俺の眼球はおそらくない。けれど全くの空洞ではなくて、何かがはまっていた。
「私がこうなる予定だったのね」
「ミシェーラ……」
聡い子なので、気づいててしまうと思ってた。
きっとレオだって思い出している。
「HLができるよりも一年前……もう四年も前から知ってたんでしょ」
「うん。でもどうすることもできなかった」
「できたじゃない……できてしまった……あの時二人が反対してるのをちゃんと考えておけば……気づいていれば……」
「たぶん無理だったよ、遅かれ早かれこうなっていた気がするんだ」
「それも予知?」
「勘」
俺たちがいくら過去の行動を省みようと、力不足を悔もうと仕方がないことだった。
神々の義眼についてはほんの僅かに伝承として出て来た。
二人の人間が選ばれ、どちらか片方が失明するというもので、レオに義眼がはめ込まれるのは必然であるならば、失明するのは俺でもいいんじゃないかと考えた。せめてミシェーラの目を守れないかと、より縁の薄い方を優先した。なぜならレオはまだ見えぬ運命の先にたくさんの縁があるように思えたから。
そして魔術の組み込まれたものはそれ相応に、いろいろなものが絡まっていて、きっとレオを引っ張るだろう。
「レオはあの時、けして逃げなかったよ」
「……うん」
「誰も犠牲にならない道を探してた、震えても、立ち止まっても」
「トータス・ナイトだもの」
「そしてお前は鋼鉄の姫だからなあ、絶対自分を犠牲にすると思ったんだ」
「人のこと言えないじゃないの。それに鋼鉄の姫って全然可愛くない!むしろ失礼!」
「アイアン・メイデン」
「最低!!」
見えないミシェーラを指差して笑うとぽかぽかぶたれた。
「っと、レオが起きる」
「あっ、……」
笑い声をあげそうになって二人で口をきゅっと結ぶ。
ミシェーラがベッドに腰掛けた俺の膝に軽くのしかかってレオの顔を覗き込んでるみたいだ。
「お兄ちゃん、すっかり痩せちゃったね」
「まあ、大丈夫だろ、そのうちまた食べられるようになるよ」
ミシェーラの背中をとんと叩くと、重みがなくなり体が車椅子に戻っていく。
「……その口癖」
「ん?」
「いっつも何かと大丈夫っていうよね」
「アハハ……すいません」
口癖とは思ってなかったけど確かによく口にする。自己暗示のような声援のようなつもりだ。
「でもそういう時って───絶対、大丈夫なのよね」
いい加減なやつだなーと呆れられることもしばしば、レオやミシェーラにだって何が大丈夫なの!?と怒られたこともしばしば。
けれどまさか、今回そんなふうに言われるとは思ってなくて、目をぱちくりと開閉させた。
「……うん。絶対、大丈夫だよって……無敵の呪文だよ」
俺はミシェーラをたよりにベッドから立ち上がって、車椅子に触れながら部屋を出た。
横でこんな話をしてたらきっとレオもぐっすり眠れないだろうから、静かにしてあげないとな。
レオが無茶して目を回したり、壁にぶつかったり、火傷しなくなったころには俺もすっかり暗闇を歩くことに慣れた。まあ、家の中ではの話で、外を一人で歩くのはできないんだけど。
そこで俺とミシェーラは結託して、ミシェーラが俺の目となり俺がミシェーラの足となる方法で外に出た。つまりミシェーラが指示する声に従って車椅子を押すというわけだ。
レオが学校へ行っている間に二人で湖まで散歩に行って帰って来たところ、ちょうど出くわした。ミシェーラ曰く神々の義眼がハマった目をかっ開いて固まってるそう。
「お、お前ら!!なんで二人で外でてるんだよ!!」
「だって今日お父さんとお母さんどちらも出かけてるんだもの」
「なら家でおとなしくしてろよ!」
「してたよお、でもちょっとは外の空気吸わないとね」
「せめて家の前でいいだろ!!」
「ミシェーラが湖見に行きたいっていうんだ」
「でも私ほら、これがこれなもんで一人で行けないじゃない?」
「だから俺が〜。でもこれがこれなもんで、湖は見られなかったけど」
「やめろよお……」
力ない声のレオに俺たちはくすくす笑い合う。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
「そうそう私たちお互いに補い合えてるのよ」
「困ったことがあっても二人とも手は動くし、声も出せるし、ミシェーラは見えるし俺は走れる」
俺は両手をぱっと広げた。レオは黙ってしばらく何かを考えるように呻いたあと、とりあえず家に入ろうと促した。
next.
さくらちゃんやユニちゃんやってるときほどヒロイン属性はないというか、周りの環境に左右されると思っててだからつまり、今回の主人公は兄と妹がいて、レオという兄に対し、ミシェーラという妹に対し、どう過ごすかと考えたらさくらちゃんやユニやってる時とは感じが変わったかな……と思います。(言い訳です)
July. 2019