03
(レオナルド視点)小さい頃、妹が僕のことを絵に描いた時、亀の騎士に例えた。自分はお姫様にして、敵役にゴーストを描く。悪態をついた覚えがある。亀っていわれてショックだった。
たしかに僕は亀だ。遅い、遅すぎる。
あの日あの時あの瞬間、アイツに突きつけられた選択肢を前に、弟が口を開いた。即答だった。
「俺は見ない」
思わず隣を見れば一瞬だけ目があった。
「たのむ、レオ」
優しく微笑んだ。それが最後の弟の瞳だった。
暗闇から解放された後、僕はひどい眩暈に襲われた。目を閉じているはずなのにいろいろなものが目を通して入ってくる。脳が揺さぶられ、熱を持ち、内臓が全てせり上がってくるような吐き気に襲われた。
家族がしきりに僕の名前を呼び、肩を揺さぶることで、なんとか全員がその場にいることだけは理解した。
NYの崩落とHLの構築を一年前に言い当てた時から、はミシェーラと僕の間にアイツが現れることを知っていたんだ。なぜなら、目覚めて一番にミシェーラの目を確認した。あれから四年もの間、ずっとこの時を待っていた。
僕たちは、そのことを忘れて過ごしていた。
光を失ったはずのは変わらず笑顔で、なんてことのないように僕の看病をして、ミシェーラを元気付けた。
口癖の大丈夫を繰り返し、柔らかい声が僕をあやし、胸を軽く叩かれて呼吸が和らぐ。
この声や言葉や笑顔に、僕も家族も友達もみんな励まされて来た。
妹と弟が僕とトータス・ナイトと称して、けして逃げない勇気を持ってると信じ続けてくれるから、僕は嬉しくて、情けなくて、辛くなる。
僕を信じないで、惨めになるから、と思う反面でどうかずっとそうやって僕を愛して欲しいと願わずにはいられない。
「───絶対、大丈夫だよって……無敵の呪文だよ」
そうか、大丈夫だよって言われて安心するのは、の魔法だったんだ。
しかし、いくら元気そうにしてたって目を奪われたのは事実。
僕に考える隙も与えずに神々の義眼を押し付けたようにみせたって、僕はきっと一歩も動き出せなかったことをわかってる。
罪悪感は消えることがないし、僕の弱さも変わることがない。
このままじゃ駄目だ。
「そういえば、レオいつHLにいくの?」
「えっ」
夕食の席で目を瞑ったままパンをちぎって食べていたに、視線が集中した。
「あれ、ちがった?」
「い、く……けど、俺言ったっけ?」
両親はナイフとフォークを取り落とし、水をこぼし、ミシェーラはあんぐりと口を開けたまま固まってる。ということは、僕はまだ誰にもそのことを言っていないはずで、インターネットで調べたり、向こうの本を読んだりはしていても、目の見えないはそれを感知できないはずで。
いや、目が見えなくとも、未来のことについて、驚くほどの勘を発揮する弟の言動にいちいち驚いてちゃダメだ。
「まさか夢……?」
「うん、なんかすごいでっかい人がいた、でかくない人もいたけど、あと猿も」
「猿??」
夢では目が見えるのかな。そう思いつつも深く追求はしない。
ところで猿ってなんだろう。
僕がHLに行こうとしているのに、記者として仕事をしたいからという以外に、ミシェーラの足を直したいこと、と僕の目を取り戻す方法を探したいことを家族はお見通しで、命と天秤にかけてまですることか、という話し合いを何度もしたけれど最終的にはが夢で見た以上、僕がHLに行くのを止められないという謎の説得力のもと、送り出された。
あともし僕に危険が迫っている夢を見た場合は問答無用で連れて帰るとのことだ。
すげえ弟を持ってにいちゃん戸惑っています。
出発の前の晩、僕の部屋にがやって来た。ドアのところで僕を呼んでるので急いで迎えに行った。いつもなら入ってくるところだけど、荷造りのために部屋を散らかしてると察して、危ないから待っていたんだと思う。確かにその通りで、スーツケースを広げているし衣類や雑貨類があちこちに散らばっている。
手を引いて勉強机の前に案内し、椅子の背もたれに手をおかせると自分で座った。
「準備どう?ミシェーラとお母さんが心配してたよ、あんなに部屋散らかして荷造りちゃんとできてるのかって」
「……できてるよ。残りは適当にしまって行くさ」
「携帯とカメラとパソコンは持ってくんだよ、買い換えると高いから」
「わかってるって」
「向こうの地理は大丈夫?」
「まあまあかな、地図は買ったよ」
ぱさりと地図を持ち上げてからまた下ろす。
「まあ毎日災害レベルで街が壊れたりしてるらしいし、それがどれほど役に立つのかね」
「やっぱり?」
HLについて僕もそれなりに下調べをしたけど、多分の方が年季が違う。
それに通常では知り得ないことも、もしかしたら知ってるだろう。たとえばそう、神々の義眼という名称だって僕が初めて耳にしたのは書籍なんかではなくてからだった。
NYが大崩落したときまで僕たちは気づくこともなかったが、もともと異界というものは存在していた。そしてどこかに風穴を開けてはこちらと繋がり、こちらにあらわれたり、こちらのものを消したりしてきた。それは伝承となったり未解決事件となったりして、片鱗をこの世に残した。
HLの構築によって異界の存在が大々的に世間に知れ渡ったにすぎない。
つまり何が言いたいかというと、HLができるよりも前から異界に通じるものはあり、それを研究する人間はもちろん、防ごうと奮闘する人間はいたということだ。
おそらくHLにもそれはいるだろう。
「じゃあ、……その人たちに会えば何か手がかりが?」
「なくはないけど、神々の義眼はあまり……事件をおこすわけじゃないみたいだしね」
「はあ?」
「視ることが役目であり、情報収集とか観察に適してるわけで、つまりその目を取り合うことはあっても、治療して元どおりの目にするとかいう穏便で健全な方法を熱心に探してる人なんてもう当事者くらいだろう」
「なんで……」
がくり、とうなだれると、は小さく笑った。
「まあ取り合った結末とか、知れるかもしれないし。異形と接することが多ければ可能性はあるから……そう気を落とさずに」
なんで僕は目の見えない弟に励まされているんだろう。情けない。
HLに来て、地図は大して役に立たなかったので捨てた。
なんとかバイトや記者見習いで食いつなぎ、有益な情報はないか周囲にアンテナを張りながら、降りかかる災害や暴力から逃げ回る。
そんな生活を続けて早半年───、が存在をほのめかしていた異界と渡り合える人間との出会いはまだない。
HLにいれば多少、そういう組織の名前は入ってくるけど、もちろん実態は掴めないでいた。
転機が訪れたのはある日、仕事道具であるカメラを猿に盗まれた時。
僕はが以前猿と言ってたのを思い出す。そうじゃなくてもカメラを取られたのでもちろん追いかけた。せっかくビビアンさんとおやっさんがハンバーガーを出してくれたのに……。
でもあの猿が僕の今後の鍵となるなら、空腹だとか銃撃だとかに構ってる余裕なんて───。
「ごきげんようクソ新入り」
ないのに、チンピラに顔面を踏まれて僕の動きは止められた。
今銃撃戦の真っ只中なのに、僕を踏みつけたまま片方の長い足で優雅に立つ。
それが僕の運命の出会いであり、もしかしたらはこの人を猿と言ってたのかもしれないなと後々思うのだった。
next.
名前はさすがに洋名じゃないとあれかなーと思って使ってます。ユニちゃんのときはしれっと日本名使ってましたけど。エヘ。
レオくんの一人称は俺だと思うし家族に対するあの感じとか、〜っす、とか色々使ってそうなんですけど語り手口調の時はきちっと装ってるかなと思って僕にしました。ここキャラ度の調節難しいなと思うところです。
July. 2019