Unicorn


04

図書館へ行った帰りにバスの停留所で、ベンチに座って待っていると、程なくして隣に人が座った。息づかいと気配と香りなんかで、なんとなく男性だろうなと思う。
同時に、とてつもなく嫌な予感がして、思わず見えもしないのにそちらに顔を向ける。
レオの眼球もそうだけど、この、ぷんぷん匂う魔術のニオイ。というか、純粋な魔術であるならまだしも、隣の人はもっとこうどす黒くて、得体がしれなくて、俺にまで絡みついて来そうな……おそらく呪いみたいな気配だ。
「……、」
今すぐここから立ち去りたい。関わり合いになりたくない。
あまり予定外の道に行くと大変なことになるので、図書館に一度もどって時間を潰そうかと立ち上がる。

「む、いかん、ペンを忘れてきた……!」
何かゴソゴソしているのはわかっていたけど、ベンチからそうっと離れたところで彼がひとりごちたのを耳にする。
「すまない、君……!」
その瞬間、ものすごい勢いで車と思しきエンジン音をさせたモノが俺たちのそばに突っ込んで来た。そしておそらく音の近さ的にさっきまで俺たちが座ってたベンチに追突した。ベンチの破片か、もしくは追突した方の破片が、びゅおっと俺の首筋を走り抜けて行く。あたりはしなかったが風圧が来たし、髪の毛が急に引っ張られるような感覚に冷や汗が吹き出る。
「な、なに……?」
「いや危なかった……怪我はないかね」
「血出てないですか?」
首筋を手のひらで撫でたらしっとりしたけど多分冷や汗だ。切れたり抉れたような痛みもない。
「大丈夫そうだ」
彼は俺の心配をする程度には常識的だったが、たった今起こったアクシデントをさらりと受け流すくらいにはぶっ飛んでいた。
俺が思うに彼に絡みついた呪いが引き起こしている不運だろう。
「ええと、救急車?けが人は?」
「うん?まあ大丈夫そうだな、呼んでいるようだ」
人の気配はほかにもあったので多分大丈夫だろうが、如何せん見えないので聞かなければ判断もできない。
彼はあっさりと、事故現場を他の人に任せて俺にペンないかと聞いて来た。
俺は普段ペンを使う生活をしていないので、すみませんと断ると、薄々俺の目が見えていないことには気づいていたみたいで、逆に謝られた。
「……あの、大丈夫ですか?」
「ん?何がだ?」
「そのー……体調とか、怪我とかは」
「ああ、運の良いことに全く無傷だ。心配ありがとう」
この人絶対今までもこうやって周囲で危ない事態に陥ってるだろうに、全く歯牙にもかけていない。ということはものすっごく鈍感だし、大した怪我を負ったことないんだろうな。気分的に遠い目をして、彼からそそくさと距離をとった。

───ということがあってな、とレオにテレビ電話で話しているとイヤホン越しに言葉に詰まってるのがわかる。
「〜〜〜……だから一人で出かけるなってあれほど!!!!」
「俺も大概運が良いから、今回も無傷だったし、大丈夫大丈夫」
それに俺の目が見えてたからってあんなの避けられないよね。
「そっちこそ怪我してないだろうな?いやしてるんだろ!」
「うぐっ!」
「俺には見える。恐喝にあいボコボコにされたあと事故に巻き込まれ、出勤した途端人にぶつかったレオの姿が」
「なんで見えるんだよ!!たしかに出勤した途端クソすぎる先輩が飛んできたよ……!」
俺の心の目には呻いて頭をかきむしっているレオが見えます。
もう異界とか魔術とか当たり前のところにいるんだし、俺も見えないのに見えたことをレオに教えるのが抵抗無くなって来た。レオはまああんまり自分が見えたものは言わないけど……。
「いいか、もし危険を予知したらそっち行くからな」
「絶対やめて……!」
画面を指差して脅すように仄めかした。

そんな出会いと電話から半年くらいが経ったころ、俺はミシェーラとフォーチュンクッキーの製作をしていた。明日友達の誕生日パーティーがあるから差し入れで。
俺の占いや予言は当たるので、友達にも大好評だろうということだ。
「ほい、ミシェーラ味見」
手探りで出来上がったクッキーの山から一つ出して渡すと、ミシェーラはありがとうと受け取り、占いの結果を目にした。
それを見ていたお母さんとミシェーラが色めき立ち、テレビを見てくつろいでたお父さんは結果を聞いてその場に沈んだ。
「運命の人に会える……ああ、大当たりで作ったんだった」
「それを妹にあげるなんてやっぱり持ってるのねえ」
「他の占いは断言してないのに……」
「アハハハ」
目が見えない中手探りでちまちま作った手書きメッセージには、失くしたものが見つかる予感とか、悩み事は家族に相談してみてとか、遅刻には気をつけてとか、そういうふんわりした予言、助言などが多い。まあクッキーに入ってるおまけメッセージなのでそんなもんだ。その中でも女の子にハッピーなのを一枚忍ばせてあげようと思い切って書いたのだ。

ミシェーラは戸惑いつつもどうしようと嬉しい感じだったが、お父さんからは大顰蹙をかった。

翌日誕生日会には俺も招待されていて、二人で家を出た。
お父さんも行くと言ってしょうがなかったんだけど、お母さんに連れられて出かけた。
そして俺たちは友達の家に行く前に花屋に寄ることにして、ミシェーラの車椅子につかまりながら街を歩く。
もう俺たちのコンビは街では見慣れたものになっていて、近所のおばさんは声をかけてくれたし、パン屋のおじさんは寄っていかないかいと誘ってくれる。
花屋では二人できゃぴきゃぴしながら花束を作ってもらって、ミシェーラの膝の上に乗せてもらう。
さて友達の家に行こうかと発進してしばらく、道の凹凸に車椅子のタイヤが引っかかって、体勢がくずれた。触れていたのですぐにわかったし、倒れることはなかったけれど、どうやら簡単に引っこ抜けなくなった。ガタガタと揺さぶって見たけどダメみたいだ。
「うーん、ミシェーラの位置から見える?」
「ううん見えない。一度降りようか?」
「いや、いいよ。俺が手を入れて確認してみるから」
たま〜にこういった不運はあったりする。
「手を挟まないでね」
「触るだけだよ」
心配そうにしつつもタイヤの様子を見ないことには抜けないと思ったミシェーラは俺に任せてくれた。俺は取っ手から肘置き、椅子やタイヤに触れながら地面に手をつこうとする。
「失礼、もしよろしければ前からタイヤを浮かせましょう」
「え」
中腰になろうとしたところで、ふと人が近づいてくる気配を感じた。
コロンや整髪料のわずかな香り、穏やかな声、口調から、俺たちよりも年上だが若い男性だろう。
「お願いしてもいいかしら」
「じゃあ俺は後ろから支えておくから」
「ええ、では行きますよ」
ミシェーラがあっさりお願いしたので俺も元の位置に戻った。
彼がいたことによりすぐに車椅子は元どおり動くようになった。どうやら道のタイルが剥がれたところにちょうどタイヤが嵌って固定されてたみたいだ。
「親切にどうもありがとう」
「助かりました」
二人でほっとしてお礼をいうと、彼は力になれてなによりと答えた。
ミシェーラはそうだ、と言いながら何かを取るような音を立てた。膝の上にあるのはカバンと、クッキーの入った袋と、買った花束だ。その中でもクッキーはいくつも小分けしてあっていっぱいあるから、おそらくそれを渡すんだと思う。
「これ、手作りなんだけどよかったらどうぞ。結構あたるのよ」
「そんな、誰かのために作ったであろうものを私がもらうわけには」
「友人の分は十分あるし、今日あなたにあげるために多く作ったんだ」
「……では、ありがたく……」
ミシェーラも俺もとても助かったから、彼にあげたい気持ちはあって俺も口を挟む。
話している感じ、きちっとしている人なので、こんな風に言葉を選べば少しはにかむような声がした。
ミシェーラが彼に渡すのを後ろで待っていると、彼は何かに気づいたような声をあげる。
「───いつのまに袋から出て来てしまったのかな?さっそく良い運勢みたいだ」
「あら?どこから……あ!それ」
俺には見えないが、袋を開けた様子もクッキーを食べた様子もなく、ただ紙だけがこぼれて来たようだ。
そして中身を読む彼の声は弾む。
「運命の人に会える───君だったら嬉しいことだ」
俺の作った運勢は全てクッキーに入れてあるはずで、全部包装している。ミシェーラに昨日あげた以外は。
おそらくミシェーラが持ち歩いていたのか、もしくは運命のいたずらか、彼にあげようとしたクッキーとともに渡してしまったと。
「いやあ……すごぉい……」
俺はのんびりと、運命の出会いとやらを目の当たりにした。
これがこれなんで、見えてないんですけどね。



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はい、ここでlove so sweetのイントロ入ります。
エイブラムスさんとの偶然の出会いと、トビミシェの出会い捏造です。
July. 2019

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