05
(レオナルド視点)ライブラに入ることができ忙殺される日々。神々の義眼についての情報はほぼ全くと言っていいほど僕に入ってくることはなく、故郷に残して来た盲目の弟と足の不自由な妹ともほとんど連絡を取れていない。
それでも時折夢に見るのは、アイツが僕と妹の間に現れようとした瞬間、弟が妹の前に出て来たところ。暗闇の中で僕と弟が選択を迫られたところ。
間髪入れずに拒否した弟と、最後のまなざし。
「たのむ、レオ」
泣きそうな声だったような気がする。
忘れたくない顔であり、僕の弱さであり、悪夢だ。
声をあげながら目を覚ました。汗と涙が自然と滲む。
どうやらそこは病院のベッドで、言っちゃなんだけど見慣れた風景でもあった。口が裂けても家族には言えないが、この街に来てから意識を失って病院で目を覚ますことは日常茶飯事だ。
「お、目ェ覚めた?」
「……あ、先生」
ブラッドベリ総合病院に入院していたみたいで、幼い風貌のルシアナ先生が目に入る。彼女は分裂するたびに幼くなっていくから、今は結構な人数で動き回ってるのだろう。
「何?頭突き失敗したんだって?ドジね〜」
さっぱりと言い切られたけど、僕が意識を失ったのは意気揚々と頭突きをしようとして失敗したとかいう格好悪い理由じゃない。クソすぎる先輩に攻撃の道具にされたからだ。
異界の技術というのは、ルシアナ先生もしかり、僕の目もしかり、常識外の力を持っている。
ミシェーラの足は、の目は、異界の技術でどうにか治せないものか。
ルシアナ先生を見ていて、危険性を知りながら、それでもやっぱり聞いてみた。
答えは案の定、オススメしない……というか、無理だそうだ。ミシェーラの足やの目はもし治ったとしても異界の技術なわけで、外に出た途端に異常を来す可能性はあるし、手術をするとしても膨大な金がかかる。それに賭けるほど、僕も無謀ではなかった。
だって僕は、二人には平和な人生を歩んで欲しかったから。
「……過去の神々の義眼保有者の周りには必ず失明者が居るという話は本当なんでしょうか?」
「あらよく調べたわねえ」
ルシアナ先生は僕の神々の義眼を見るために分裂していた同位体を吸収して、いくらか成長した姿で息をついた。
バグラ・ド・グラナ先生もいつのまにか病室に来て話を聞いていたようで、その通りだと話に入ってくる。
「君は……やはりその目を負担に思い治したいと考えるかね?」
「あたりまえじゃないですか!僕はともかく弟の目は何としても取り戻したいです」
そのためにHLに来たのだと断言する。
記者になるためでも、ブラッドブリードの殲滅の協力でも好奇心でもなく、弟のため、自分の弱さを悔いて来た。
ミシェーラを守るために盲目となることを選んだ弟を、今度は兄である僕が助けたい。
「……そうかその通りだ。聞くまでもなかったな。───ならば、心しておいて欲しい」
バグラ・ド・グラナ先生を見つめる。
言われたのは、にずっと前に言われたことと似ていた。
神々の義眼について治療という概念はほぼなく、数多の本を読み尽くした先生でさえ記述件数がゼロだという。
考えるに、神々の義眼を得ることは神性存在との契約であり、従来の目を取り戻すということは契約の一方的な破棄にあたり、代償は相応のものと推測される。
そういう覚悟と、慎重な行動が必要だというのだ。
病院からの帰り道、涙が溢れて来た。だって、今の僕には光が見えない。
やたらと高性能なこの目はありとあらゆる光を取り込み僕に情報を叩きつけるくせして、僕の弟の光を全て奪ったくせして、僕と弟の道を切り開く筋は一縷も垣間見せてくれない。
どっちに進んだらいいのか皆目見当がつかない。
HLの眩いオーラの光に目を凝らすか、故郷のあたたかい光が降り注ぐリビングで弟妹がくつろぐソファでまどろむか。前者でなければと思う中、心は後者の光を求めていた。
重い足取りでネットカフェに立ち寄り、スカイポにログインをすると間も無くコール音がなり、ミシェーラが顔を出した。久々のログインだったので少し叱られた。
次いで告げられるのは、結婚宣言。僕はあんぐりと口を開けて、言葉にならない叫び声を上げる。
僕の反応や、早すぎるのではという戸惑いに対し、立て続けにミシェーラの罵倒が飛んだところで、モニタの端っこに手が差し込まれ、が現れる。
「ということで、来月HLに行くから」
「へ?」
ミシェーラにぐっと顔を寄せたはにっこり笑った。
「結婚するならお兄ちゃんにも会ってもらわないと!私の婚約に疑問があるみたいだし?尚更会うべきよ。本当は私と彼で行こうと思ったんだけどね」
「HLは危険な街だから、車椅子じゃあちょっと心もとないでしょ」
「お兄ちゃんはいつも危険な場所じゃないって言ってるじゃない?」
「そんなの言葉のアヤに決まってる。俺は目が見えないけどトビーが一緒なわけだから、逃げる時だって手を引いてくれる程度でいいんだし」
「そういって聞かないの!どっちに来て欲しい!?お兄ちゃん」
僕が口を挟む隙もなく、二人が言い合いを重ねる。
ただでさえ危険な街に足の不自由な妹を来させるなんて大反対だけど、だからって目の見えない弟が代わりにくるなんて。
頼むからどっちも来るな!!!と叫んだってもう遅い。妹と弟の行動力は時にものすごい勢いを持っている。すでにチケットを取った上に日にちまで指定され、勝手に通信を切られた。
妹の結婚、婚約者との顔合わせ、弟が会いに来る事、単純に考えれば喜ばしいことなのかもしれないけど、治安最悪のHL、弟は盲目である事、僕がライブラの一員である事、そして大した力がないことも相まって手放しで歓迎するには至らない。
「そうか……!!それは……、……、……」
「対処に困るな」
上司二人も、僕と同じというかきっとそれ以上に色々と思いを巡らせていた。
ライブラに関係している事は家族や弟に言っているのかとスティーブンさんに聞かれて、言っていないと答えたはいいものの、一抹の不安を覚える。───知ってたらどうしよう。
「どうした?もしかして仄めかしたことあったのか?」
「いえ、あの、そもそも僕がHLに発つ前に色々と知識を与えたくれたのは弟の方なんです。ライブラの存在も……」
「そうか。でもまあ、それくらいなら問題ないだろう。牙狩り自体は外にも多くいるし」
HLのちょっとしたゴロツキだってライブラを知ってるし、構成員の中には名前が知られてる人だっている。
正直がどれほど情報を知ってたとしても僕は驚かない。当時与えられた情報は少なかったけど、それは僕に関連する為に口をつぐんだ可能性もある。
「でも、おかしいんです、HLに来るって言い出すなんて」
「まあ正気の沙汰じゃないよな」
「スティーブン……」
少しおどけたようなスティーブンさんにクラウスさんが困ったように視線を向ける。スティーブンさんは悪い、と謝った。
「何か心配ごとがあるなら教えておいて欲しいね」
「以前弟は、僕の身に危険が迫っている夢を見たら……HLに来ると言ってたんです」
「……可愛い弟さんじゃないか」
二人してきょとんとしてから微笑む。
弟の見る夢が当たるというのは、僕たち家族くらいしかわからないことだけどとにかく繰り返し何かあるのかもしれないと伝えた。
「そう必死にならなくても大丈夫、君と弟さんの眼の件は関連してると考えるのが普通だろう。弟さんに何かあった場合君の眼にもどんな影響があるかわからない。我々が護衛に当たる十分な理由だ」
僕の考えてたのとはちょっと捉え方が違うだろうけど、護衛に当たるという言葉に安堵してお礼を言った。
当日、待ち合わせのホテルのロビーまで一緒にきてくれたのは、僕らの護衛を任された───子守かよと悪態を付いている───ザップさんと、僕の弟がどんなのか見たいという───緊急招集があれば駆けつけなければならない───K・Kさん。
二人は僕と距離をとって物陰に潜む。待ち合わせまではあと少しあるけれど、ライブラの精鋭たちが僕と弟見たさにやって来るのがわかった。ありがたいけど、暇なんだろうかライブラ。
「……!!!」
しばらくして、ホテルのドアマンが動いたのがわかって立ち上がる。
が僕の声を聞くなり笑って、駆け出した。
「レオ!」
「わ、ちょっ……!」
「あははは」
無防備に走ったは少し躓きかけたけど、僕が駆け出していたこともあり、抱きつくようにして支えられた。
「ありがと、トータス・ナイト」
もともとハグするつもりだったので、背中に腕を回してきつく抱きしめると、僕の肩口で笑った声のままふざけた。
「その呼び方やめろよ〜」
「可愛い姫じゃなくて悪いね、いい子で留守番してるように言って来たから」
「何言ってんだよ」
体を離したところで、僕の顔を両手が優しく包む。
そして僕はその両手を外から覆った。
は普段面と向かってトータス・ナイトだなんて呼ぶことはないし、その口ぶりからするに、ミシェーラは家で無事だということだ。そしてはおそらく、後ろにいる異形に気がついている。
ミシェーラの婚約者だと紹介されたトビー・マクラクラン氏は好青年風に見えたけど、その実態は何かに捕われているみたいだった。
next.
兄二人にとってミシェーラは妹でありプリンセスっていうのは大前提の概念なんだけど、主人公とミシェーラはちょこちょこバトルしてたらいいなって。年子なので。レオはも〜喧嘩すんなよ〜ってなるけどいつの間にか弟妹が結託して長兄いじって終わる。
でもなんだかんだ、ミシェーラは主人公に弱くて、レオはミシェーラに弱くて、主人公はレオに弱い。
July. 2019