07
(レオナルド視点)僕からピザを奪う先輩、家族への仕送りを奪うゴロツキ、平穏な生活と弟の光を奪った上位存在。世の中は理不尽なことだらけで、いつも僕の心をすり減らし、潰そうとした。
強い憤りと、どうしようもない絶望感に打ちのめされそうだ。
僕が反論と怒りを口にすると、Dr.ガミモヅはそばを通りかかった異形の頭を切り落とした。だというのに、奴の持つ義眼は、周囲に未だ息をして談笑しているように見せかける技術を持っている。
僕は目の使い方を熟知してないし、長く使い続ければ肉が焼けるような熱を感じることもあって、この光景を目の当たりにして敵わないと思ってしまった。
僕以外に見えない危険を、誰かに報せる術も持たず、ただ見えるだけの状態で立ち尽くすしかないんだろうか。
Dr.ガミモヅに促されて弟の待つところへ戻れば、変わらぬ笑顔で迎えられた。
弟は、妹は、きっと僕を頼りにしてやってきたのに。
兄として絶対に何かしてやりたいと思うのに。
僕はそっと手を握って、なんとかするよと伝えてみせた。でもまだ、なにも考えは浮かんでいない。
「───なんか、慌ただしそうだね」
「え?」
目が見えなくなってから耳の感覚が敏感になったらしいけど、多分それ以上にある感覚が研ぎ澄まされているらしいは首をかしげた。
途端、僕の電話がバイブによって震え、血界の眷属の出現を報せた。
偶然かもしれないけどあまりのタイミングに相変わらずだなと思う。
ライブラにとっては血界の眷属の対処が最優先事項だ。密封には僕の義眼は欠かせないものとなり、婚約者との顔合わせや弟の護衛どころの話ではない。悲しいけど優先順位は弟の安全ではなく、僕の目であって、僕自身が弟から離れてライブラに合流することで護衛は果たされると考えられていた。
本当は離れたくなかったけど、仕方がない。それにもしかしたら、離れたことで事態が変わるかもしれないと期待した。
は相変わらず動揺した様子も見せずに笑って、僕を送り出す。
僕はいつも、こうやって心を救われて来たし、自分の頼りなさを実感していた。
慌ただしく現場入りをして、戦いが始まる。僕の役目は近づき過ぎず離れすぎないところで、血界の眷属の諱名を読むこと。そしてその諱名をクラウスさんに伝えて密封するのに使ってもらうこと。
僕に付いて来たDr.ガミモヅに、ライブラであることはまだしも諱名を読み取れることを知らせて良いのか迷った。
でも諱名がないと密封はほぼ不可能で、戦闘は途方もなく続く。仲間が、市民が、警察官が、次々と怪我をして行くのをどうして耐えられよう。
苦しくて、辛くて、希望の見えない状況で、それでも僕が光にならなければならなかった。
諱名を書き込む勢いに任せて、助けを求める意思をクラウスさんに送る。
気づいてくれると、いつか助けてくれると信じた。
「君、僕に取り憑かれ給え」
血界の眷属の諱名を読めると知ったDr.ガミモヅはとうとう目的を口に出した。
「そんな事、俺が了承するとでも……?」
「了承?寝ぼけてるのかね。君に選択肢なんか無いよ」
なにも言わずに立ち去り、の元へ戻るように指示をされた僕は濃い霧の街を歩く。
クラウスさんからは一度電話がかかって来たけど、まだなにも気づいてはいないようだった。監視され、弟を人質に取られている僕に喋れることはない。
声もかけずにその場を離れたことを謝ってから、電話を切る。そのスマートフォンを捨てろと言われて、ためらいながらもそうするしかなかった。スティーブンさんが僕の身の安全を守るために、GPSを入れてくれているがそれはもう使えなくなる。もうクラウスさんに何の信号も送れない。
橋の上からどんどん小さくなって、僕の希望は消えていった。
立ち止まらない以外にできることってなんだろう。
戦う?みんなには無理って言われた。
仲間を呼べ?今この状態ではできなくなった。
ソニックのおかげで義眼の力が僕の方が上だということはわかったけど、だからって人質に取られている弟のところへ行かない選択肢はなかった。
「まったく、君がもたもたしているから、弟さんが自分から僕に接触してきたぞ」
ゴロツキにわざと絡まれてちょっとだけ逃げてみる、という時間稼ぎをしたところ、Dr.ガミモヅから信じがたい発言がこぼれた。
「え……」
「勘がいいというのは聞いてたが、気配に気づいていたとはね」
「お、おい、になにをする気だ!」
「僕はまだなにもしていないさ。まあ反抗するなら死なない程度に痛めつけて、乗っ取っておいた方がいいかもしれないが──────な、なんだ、この炎は!?」
Dr.ガミモヅは急に余裕が消えた。
炎と言われた途端に最悪の事態が頭をよぎる。
まさか火をつけてDr.ガミモヅを炙ろうだとか、いっそ自分を消そうだとか……!
「は───は!?!?」
「くそ、どうなってる……!レオナルド、弟が燃え尽きる前に早く───……!」
何が起こっているのか見えるわけがなくても、Dr.ガミモヅにむかって呼び掛けた。全く無意味なことだとわかっていてもそれしか言葉が出てこなかった。
Dr.ガミモヅも何が起こっているのかわからないのか、焦ったようで僕をホテルに来いと急がせる。
燃え尽きる前に、という言葉に僕はぞっとする。
しかし言い切る前に、僕についてきていた目の一部みたいなやつはオレンジ色の炎によって燃やされた。
なぜ、ホテルから離れたところにいる奴まで燃えた?───普通の炎ではない。
本来ならクラウスさんのところへ戻って手を借りるのが最善だし、消防をホテルに向かわせることだってできるのに、僕はホテルに向かって一人で駆け出してた。
馬鹿な時間稼ぎをしていなければ、クラウスさんにもっといい方法で救助を頼めていたら、ザップさんにあの時危険を知らせられたら、がHLに来ることにもっと危険性を感じていたら。
あの笑顔を見て、僕は、なぜ安堵ばかりしてしまったのだろう。
ホテルにたどり着いて、エレベーターなんて待ってる暇もなく階段を駆け上がった。のいる部屋へたどり着いた僕はドアを開けた。
視界に広がったのは一面の炎。中に、の姿が見えたのはきっと僕の目がいいからだろう。
───……!
躊躇いもなく炎の中に足を踏み入れた。
熱い、灼けるようだ。悲鳴をあげながらも僕はの元へ、炎の強い、熱の強いところへ駆け出した。
怖くなかった。がいたから。炎は熱いけど、美しい色をしていたから。
炎の中でトビーを抱えたが顔を上げた。そうだ、この炎はの目の色に似てるんだ。
ミシェーラは、彼女の好きな湖の澄んだ青い瞳。僕もそれに似た色だけど、弟だけは夕暮れの湖の色をしている。
「レオ?なんで入ってきた…!」
「バカ!おまえ何やってんだよ!」
を抱きしめると熱は消えていた。炎はいまだに部屋中にあるのに、僕の靴や服は焼けているし、手足も顔もじくじくと痛むけど、炎の中に身を投じた割には軽症だ。
「……な、なんだ、これ?」
とトビーが無傷なことも、廊下には一切火が出ていなかったことも、ホテルで騒ぎになっていなかったことも、おかしいと気づく。
そしてDr.ガミモヅも気づく。
「そうか、この炎はお前の仕業だな!?」
燃えながら、苦痛に耐えながら、まだ原形をとどめて喋れるようで、炎に包まれながらも鎌のような手足を振り回す。
「危ない!!」
「レオ!!」
僕がを庇い抱きしめるのと、火力が上がって奴の悲鳴が大きくなるのはほぼ同時だった。
「もうちょっと、もうちょっとだから……!」
「このクソ兄弟ィ!!!」
「っ!!、!!、逃げ……っ!」
150年物、と自慢していた目が炎によって焼けただれて落ちたのを機に、奴はなりふり構わず攻撃してくるようになった。
容赦なく襲ってくる刃物を目で見てなんとかよけるけど完全によけるほど僕の体は反射神経がよくないし、を庇っているので動けない。反対にも僕の胸や腹に腕を回して僕の体を守ろうとしていた。
「───レオを、傷つけるな!!」
「!?」
僕を後ろから抱いていた手が、顔や首に触れて、血に気付く。
炎は急に火力を増して、突風のように奴に向かっていった。
next.
目は見えないけど炎を出した範囲はなんとなくものがわかるとかいう感じで。
July. 2019