08
俺に見えたのはレオがボロボロになりながらミシェーラを庇う未来だった。車椅子でたったひとり奴を連れてHLに行くなんて冗談じゃない。
俺だって大した戦力に離れないだろうけど、ミシェーラを危険な目に合わせたりレオがボロボロになるよりもマシな未来に進めるんじゃないかと思った。
結局レオは俺を守るために炎でいっぱいになった部屋に駆け込んできて、暴れるDr.ガミモヅから俺を守ろうとしたため傷がいっぱいできてしまったけど。
死ぬ気の炎、もしくはケロちゃんの加護の魔法かな。どちらせよ俺は炎を出して奴から身を守ろうとした。
そして奴の持つお手製の義眼を壊すことに成功した。まあそれが激昂させる要因にもなったんだけど……。
レオの苦痛の声と血の感触に俺だって黙ってられるわけもなく、気を練り上げた。それからほどなくして、いくつもの気配がこの部屋へやってきた。レオの名を呼ぶたくさんの声がして、俺はようやく力が抜けた。
一面の炎を見た面々はそれに驚いて部屋の入り口で止まったが、その炎がふっと消え去ったことで、すぐに攻撃態勢に入り、あっというまにDr.ガミモヅは飛んで行ったみたいだ。
窓ガラスが割れる音がしたもん。ファー。ナイスショット!いや、見えないのに目を遠くにやってる場合じゃない。
俺は腕に抱きしめたままのレオと、膝に倒れていまだ意識の戻らないトビーのことを周囲に頼まなければならなかった。
助けが来たことにほっとして泣いて蹲ってるレオの腕をとる。
「だれか、レオを……!きっと酷いけがを……!」
人の気配は幸いたくさんあるし、ばたばたと駆け寄ってくる足音にすがるように声をかけた。
「レオ!大丈夫か!!」
誰かがレオの様子を見てくれてる。ついでに俺とトビーの様子もだ。
俺たちは火傷の心配もされていて、すぐに病院に運ばれた。
レオは俺の見た未来より軽傷のようで、医師のルシアナ先生いわく、いつものほうがもっとケガしてる、だそうだ。
「わ、わー!先生!!!」
「やっぱりなー」
レオは誤魔化そうと声を上げてるけど、どうせ生傷の絶えない生活を送ってると思ってた。
「火傷はどうです?部屋に突っ込んで来たときの……」
駆け寄ってくるときに熱がってたから心配だったんだけど、幸い爛れたりはしてなくて、冷やして様子を見るだけで良いらしい。
「それより前に部屋にいたはずのあなたとマクラクラン氏にまったく火傷がないのが驚きなのよね」
レオの傷の具合を見ていたらしい先生は次に俺の顎を優しくとって上を向かせた。
「駆け付けた人たちも、部屋のドアを開けた途端に熱風を浴びて入室を躊躇したって言うのよ。炎は部屋中に広がっていて、真ん中にあなたたちが見えたって」
ほうほう。確かに俺は奴を燃やすにあたって、部屋を意識したのでそうだろう。じゃないと奴との距離感もわからないし、ほかの部屋を燃やして騒ぎを大きくしたくなかった。とにかく時間稼ぎと、できれば奴を燃やすことが目的だ。だってきっとレオやレオの仲間たちが来てくれると知っていたから。
「でも終わってみたら部屋には焦げ跡一つない……幻覚だったのかしら?そんな芸当ができるのは神々の義眼をもつあなた、それと相応のものを持っていたDr.ガミモヅ……それとも、弟さんも何か力を持ってる?」
一瞬声の距離感が変わってレオに向けられるが、最後は俺に戻ってきた。
そっと手を離され、あいまいな顔をして笑う。たぶんレオは俺がなんかしたことはわかってるだろう。
「俺も……よくわかってないんす…」
レオは困ったような声でそれだけ言った。
ルシアナ先生はあっけからんと、まあそういうこともあるよねって席を立つ。
曰く彼女はたくさんの患者を抱えていてて多忙なようだ。
Dr.ガミモヅを一撃でぶっ飛ばしてくれたのがガタイの良い上司で、クラウスさん。その後彼と執事のギルベルトさんがレオを介抱した。
トビーを担いでくれたのがスティーブンさん。顔に傷のある良い男だそうだ。その時手を貸せってよばれてたのがザップさんで銀髪の若い男らしいけど女にだらしないクソな先輩らしい。
俺の様子を見るために寄ってきて声をかけてくれた女性のチェインさんは非常に気配が薄くってそばにいるのに変な感じがした。
チェインさんとともにK・Kさんという女性も俺の体の具合を見てくれてて、ほっぺを両手で包まれて火傷は!?痛いところはない!?と聞く感じがお母さんみたいだった。レオ曰く二児の母である。
そして俺を心配して手を差し出してくれたのは、人と感触や形の違う体を持ったツェッドさん。立てますか、と服の上から腕をとってくれたので、素手でそこに触れたときにおや?と首を傾げたら恐縮させてしまった。直後俺に手を貸すのを辞退しようとしていたが、せっかくなので掴らせてもらった。
以上が主だったレオの仲間、ライブラの方々だろう。
助け出された翌日、火傷を懸念されて入院したはいいがほぼ無傷である俺は病室から出て人気のない待合所のようなところにたどり着き、勝手に窓を開けて外の空気を吸っていた。たいして良い空気とは言えないが。
「ごきげんよう、一人でここまで来たのかね?」
「クラウスさん」
人の気配や物音がして、声をかけられたことでその音のする方を向く。
声や振る舞いからしてクラウスさんだろう。
「どうだね容態は?」
「ぼくはほとんど無傷です。レオもルシアナ先生が言うには大したことがないと。今は傷の消毒に行ってますよ」
「そうか。しかし二人ともよく耐えてくれた。本来ならこの程度では済まなかっただろう」
「はい」
俺はもっと傷だらけになる未来が見えていたし、クラウスさんやレオはDr.ガミモヅを見てそうなると予想していた。
「兄のおかげです」
俺が手を伸ばすと触れてくれたと思ったら、大きな手は俺の手を両手で包み込んだ。
「彼が一瞬でも折れていたら一縷の望みすら繋がらなかったろう」
「ぼくは兄が折れないと、トータス・ナイトだと知っていたから頼りにした。レオはきっとどうにかしてくれる、きっとあなたがたを連れて来てくれると信じてここまできました」
トータス・ナイト……とクラウスさんが小さく反芻するように呟いた。
「妹のミシェーラがね、小さいころ、亀の構造───後ろに下がることが出来ないっていうのを知って、兄をそう例えたんです」
足がすくんで動けなかったり、途方に暮れて立ち尽くしても絶対に逃げない。うずくまってじっと耐えていつかまた歩き出す。
ミシェーラがレオのことをそう評した。俺もたしかにそうだと納得した。
ゴーストだらけのお城で、トータスナイトが戦う絵を思い浮かべる。ゴースト達は姿を消して戦いに来た人たちを翻弄するので、レオだって戦う方法がわからずに困惑していた。
その時ミシェーラは俺を魔法使いにして、手伝ってと無茶振りをしたんだっけな。
「照らして───」
「?」
朝が来るのなんて待ってられないから、魔法で光を。
幼い女の子の可愛いお願いだった。
思わずこぼした俺の言葉と笑みにクラウスさんが首をかしげる。
「あなたがたが来てくれたとき、光が見えました」
ずっと握りっぱなしだった手を緩めると、両手で包んでいた温度も離れて行く。
「だからレオは絶対、だいじょうぶだね」
ふへっと笑っていたところに、部屋で絶対待ってろよ一人でどっかいくなよと厳命したにも関わらずもぬけの殻になったベッドを見たレオが俺の名前を叫びながら走りこんで来た。おう、元気そうだな。
next.
Dr.ガミモヅ的には自殺とか苦し紛れの攻撃に見えたし、レオもちょっとその線かと想像したけど主人公的には身を守るためと、あわよくばあいつ燃やそうと思ってました。
自分が死んだら次はミシェーラの目が見えなくなる可能性があったので死ぬ気はなかった。
July. 2019