01
白い砂浜を歩く夢を見た。青い海は波を打ち、青い空は白い雲が遠くに浮かんで、太陽が輝いている。
小さな白い月、潮風の匂い、木々を揺らす音。
足元を見下ろすと、思いの外小さな足があった。俺の足のはずで……ええと、一応記憶の中では18歳になったつもりだったけどなあ。
なんとなく現実とは思えない。予知夢はたまに見るけど、これもそうなのかな。まあ、目を覚ましてみればわかるか。
目を覚ましたらベッドにいて、天井や部屋に未視感があった。ここを知っているのに、なんだか初めて見たような気分。
腕を伸ばし、おでこに手の甲を落とそうとして止まる。
なにこのちったいおてて……。
もそもそ起きると、夢で見た通りの、これまたちったいあんよがあって、ほええ……とわななく。
そのとき部屋の外に誰かがやってきて、軽く声をかけた後に入って来た。
「ああ、起きてたの。昨日はひどい熱があったんですって?すぐに来られなくてごめんね」
「あ、お……」
お母さん、と言いかけて、口をつぐむ。
俺にお母さんはいないはずだ。
木之本撫子さんは3歳の時に亡くなって……いや、俺今3歳くらいに戻ってるけど……でも、この人は撫子さんではない。
そもそも未視感があるのがおかしい。ここを知っているはずがないんだから、初めて見た部屋だなって思ったことが正しい。俺は夢を見る前まで木之本家の次男として18年間生きて来た。
死んだ記憶はないのに、生まれ変わってしまったらしい。
ゆっくりと覚醒していく俺の記憶。
両手で顔のまわりをおさえた。こめかみと耳たぶに指先がぶつかり、ざわりと音がする。
「まだ具合悪い?」
そういって、お母さんは俺のおでこに手をあてた。女の人の手ってとっても気持ちいいよなあ。
思わず癒されて、ふにゃりと目を瞑って自分の手を下ろした。
熱を測っていた手はやがて、俺のふかふかのほっぺをつつみ、親指がゆっくり動いてそこを撫でる。
この人は俺のお母さんで、俺はこの人の息子。
普段は一緒に住んでいない、……なんというか、いわゆる隠し子というやつだ。
お父さんの存在は知らん。
「熱ないよ」
「そうみたい。でも気分は?」
「んーへいき?」
口を尖らせて唸る。いまいちなんだよなあ、気分は。
お母さんは俺の様子に安心できないでいる。昨日俺の容態が悪かった時にそばにいられなかったことを悔やんだ。
一方で俺は熱を出して寝込んでいた記憶もちょっと、曖昧だ。なにせ今色々と混じり合ってて……。記憶か予知かわからない知識がたくさん。
「しょうがないよ、マフィアのボスってたいへんだもんね」
「……、」
あかん、お母さん絶句した。
ちょっと俺ぇ、よく考えたらわかることじゃん。
隠して育ててるってことは、俺がお母さんの職業を知らない可能性あるってさあ。
いや、俺は知ってるけどファミリーの部下の方に知られてないだけ、という線もあったけどね。
親子揃ってはわわっと顔を見合わせたが、お母さんはやがてふっと笑う。
「目覚めたのね……力に」
なんて?
さっきまで撫でられていた頬をもう一度撫でられる。そういえばそこには、お母さんとお揃いの印がついてたっけ。
この家系は代々巫女で、予知能力があった。俺の力はお母さんからの遺伝というのもあるんだろうなあ。
「おどろかなくても大丈夫」
表情を動かさずに、ぱちりぱちりと瞬きをしていた俺に、お母さんは安心させるように肩を撫でた。
記憶と予知に困惑はあった。でも初めてじゃないのでお母さんの心配は杞憂なんだけど、抱きしめる体に腕を回した。
ファミリーと、お母さんと一緒に暮らすまでに3年かかった。問題があったわけじゃないし、俺はただ待っていただけなんだけど。
どうして一緒に住めないのか聞いたことがある。もう少し独り占めしたいだけ、と言われて首をかしげた。
一緒に住んでた方がいっぱい会えるのになあ。
……と思ってたんだけど、紹介されて多くのファミリーと一緒に過ごすことになると、確かにお母さんの言った通りだということがわかった。
まずお母さんも俺も、部下が必ず護衛につく。
いやあ、よくお忍びで俺に会いに来られたよなあお母さん。まあ、お母さんには一人で行動する手段があるんだろうけどな。
俺なんてまだ小さくて小さくてかわいいもんだから、蝶よ花よ姫ひめヒメヒメと……。
「姫!」
あー!またみつかった。
草むらに体を突っ込んでた俺を見つけて呼びかけた、部下のγが大股で近づいてくる足音がする。
「やっと見つけた。今度はどこへ行こうとしていたんだ」
「小腹がすいたので、ベーカリーにおやつを買いにいこーかと」
「ならオレも一緒に行く」
むずっと掴まれたあと、抱き上げられる。おそらく俺を見上げている視線から逃れるように、顔をそらしてぴゅーと口笛をふいた。
足をパタパタさせると降りるの合図なのに、今日は下ろしてくれない。うーん、信用されてない。
この2ヶ月で、脱走回数が20回を超えたからかな……。今のところ成功確率は50パー。最初の方はほとんど捕まらなかったんだけど、だんだん捕まるようになってきた。
「で、どこのベーカリーに行くんだ?なんならカフェでもいいぜ」
「んー。あ、出かけるのやめた」
閃いたので今度こそ下ろしてもらえるように、肩をぺんぺん叩いた。
非常に訝しまれながら地に足をつけたが、手は繋がれている。出かけるのやめたって言ったのに。
「おい、姫?」
「γにも手伝ってもらおうかな」
「?ああ」
キッチンで材料を揃えて、γと一緒におかし作りを始めた。まぜまぜするのは醍醐味だからな、俺のお仕事なのだ。
γはレシピを確認する担当。あと材料を持って来て計らせる担当、ついでにオーブンの余熱担当。
そう、これが、お姫様クッキングだ。
前は知世ちゃんと一緒におかし作りとかしてたなあ、懐かしい。
「あら、楽しそうなことしてる」
「ボス!」
「お母さん」
入り口からひょこっと顔を出したお母さんは、俺たち二人を見て笑った。
その隣には太猿もいて、エプロンをつけさせられたγをからかっている。
「なんでわざわざ作ることにしたんだ?」
「なんとなく、その方が楽しそうだったから」
「そうね、私も手伝おうかしら」
「えーお母さんはだめ、あとでできたの持ってくから!」
しっしっとすると、お母さんはくすくす笑いながら肩をすくめた。
「姫、もうすぐ余熱がおわっちまう!」
「なんだって!?容器の準備は!」
「ここに!」
バターは塗ってあるだろうな!
こうして、至れり尽くせりのおかし作りは進められる。
お母さんの笑い声が廊下の方から聞こえてきた。笑っていただけたようでなにより。
ケーキは20分後ほっこりと焼き上がり、仕事の休憩をするお母さんと共に食べた。
余ったやつはちゃんと、部下たちにも回したので問題なしだ。
γは俺に美味しいと言ってくれたけど、ほぼお前が作ったようなものである。
next.
最初はサクラでやろうかと思ってたんですが、CCさくらの方にしてみました。
予知能力の説得力や普段の考え方がこっちになじみやすそうだなって。
γとユニちゃんの大事なエピソードはやりません。あれは本家だけのものだし、主人公はユニちゃんとは違うのでああはなれないだろうから。そういうわけで早めに会わせてみました。
年齢はうっすら捏造し、ぼんやり濁しています。
Sep 2017