Unison


02

目覚めてからしばらくは、怒涛の記憶ラッシュに襲われた。それは、小さな俺として生きてきた記憶ではなく、これから継ぐものの記憶も混じり、普通とは違う。
アルコバレーノのこと、マーレリングのこと、トゥリニセッテのこと、マフィアのこと。
呪いに、世界の礎、それの守護……目覚めた時から重たいもの背負いすぎじゃないかと愕然としたものだ。
災いをもたらす疑惑のあるカードを集めなきゃいけないってときも、そのカードを全部自分のものにしたときも、世界で一番強い魔力持ってるよって時も、こんなにずっしりしてなかった気がする。
なんだろう、友達や家族、それから守護者に恵まれていたから、かな。
今の守護者はお母さんの部下で、きっといずれ自分が継ぐことになるんだろうけど、その時にどういう気持ちになるのかはまだわからない。
一緒に過ごす中で、お母さんがファミリーのことを大事にしているのも、ファミリーもまたお母さんを大事にしてるのも見ているわけだから、不安はない。俺のことも大事にしてくれてるしなあ。
ただし、ファミリーや呪いを継ぐことは、お母さんの死を意味する。
アルコバレーノの呪いは、本来赤ん坊の姿になっておしゃぶりを護ることになるはずなんだけど、呪いを受けたおばあちゃんは当時お腹の中にお母さんがいたからか、赤ん坊になることはなかった。
その代わりに命は短く、子供へおしゃぶりを引き継ぐことになり今に至る。
つまりお母さんも、俺も、短命だ。


少し前、お母さんがγと話しているのを聞いてしまった。
最近のお母さんはちょっとくよくよしがちだと、俺も思ってた。γもそのことに気がついてお母さんを励ます言葉をかけていた。
「死んだ母さんも同じだったわ」
見える、とお母さんは言ってた。何をとは言わなかったけど。
でも多分、見えるのだ、何かが。それを俺はなんとなく察してしまった。それで余計に辛いのだろう。
「見える……?」
「でも母さんにはこう教えられたわ……。何を見てしまっても、周りを幸せにしたかったら……」

───笑いなさいって。
お母さんの声が脳裏に響く。
遠くでは鐘の音がした。

棺の中に眠るお母さんの胸の上に、花をおいて離れる。
一番におかせてもらえたけど、後にはたくさんの人が待っているのだ。俺の一番近くにいたγは、あっさりと離れて行こうとする俺を引き止める。小さな声で、姫と。
軽く手で制して、γにも花を手向けるよう促す。とん、と腕を押し返すと、ままならない顔をしているのが目に入る。頬には涙が溢れ伝っていた。
「なんで、……」
「前を見て」
「!」
他の部下達はお母さんを偲び、棺を囲う。γは花を持つ手をびくりと震わせた。
「お別れしてきて。振り向かなくて良いから」
この屋敷に来てから数年、γはいつでも俺のそばにいてくれた。
お母さんをとても慕っていたのは知っている。だからこそ、今は俺のことではなくてお母さんの方をきちんと見るべきだ。
いいから、ともう一度体を押し返して、みんなの後ろにまわる。
一番遠いところで、悲しみにくれる背中を、ぼんやりと視界におさめた。
黒服の集団は、別れを惜しみ棺に集う。
その中にγも混ざってたのに、ふとした拍子に振り向いた。
バカだなあ、そんなすぐ、俺を探すようにきょろきょろしちゃって。
γは俺を見つけて、はっとする。
今は振り向かないでほしかったな。



目覚めた時の比ではないほどに、お母さんが亡くなった日から多くのものを見るようになった。
いよいよ、"継いだ"んだろう。
本当なら予知能力だってコントロールできるはずなんだけど、甘んじて受け入れた。拒否しようとは思わなかった。
だってこれはきっと、俺のさだめで、見なければならないものだから。
クロウさんは自分の死期まで見えたというけど、どんな気持ちだったんだろう。
見なくて良いなら見ないでおこって、能天気に構えていたあの頃を思い出す。

「最近うなされているな、姫」
「そう?」
γに言われてきょとんとした。良い夢を見てないのは確かだけど、うなされている自覚はなかった。
そもそもなんで夜中呻いてるの知ってるん……。
「抗争も落ち着いていない中ボスを継いだんだ。不安に思うかもしれねーが、オレがあんたを守るから」
「うん」
なだめるように背中をとんとん叩かれて、小さく笑う。
ところがγはそれをみて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……オレはいつも笑顔であろうとする先代も、姫も、尊敬する」
「?ありがとう?」
「だが、無理してるんじゃねーかって心配なんだ」
心配させてるようじゃ俺もまだまだだなあ。
でもγはたぶん、ずっとそうなんだろう。俺が子供だからとか、頼りないとかだけじゃなくて。それがγの性分であり俺に向ける信頼だと思っている。
そう思うと、γの不安顔がいとしく見えてしまう。
弱音を吐いたり……きっと、泣いてほしいのかもしれないけど、俺はますます笑顔になれた。
「その気持ち、ちゃんと貰っておく」
ぎゅーっと抱きつくと、γも俺の体を抱きしめ返した。

それからわずか三ヶ月後、俺は抗争中であるジェッソファミリーのボスと会合することを決めた。
部下はみんな、ボスの白蘭を危険視しているので俺が会うことに反対した。代々護り続けているマーレリングを奪われるのが目に見えただろう。正直、それは俺にも見えてる。
予知を甘んじて受け入れたのはこのためだ。
「君が……ユニちゃん」
白蘭は俺を一瞬だけ見て黙ったけど、すぐににこっと笑った。
会うのも見るのも初めてだっていうけど、白蘭は特殊な能力を持っていて、パラレルワールドで起こった知識を得ることができる。だからどこか、俺の存在を知ってるような態度をしてた。

二人きりで話をしたいというので、俺はボスとして受け入れた。
誰もが反対するが、俺は無敵の呪文を唱える。
手を引くと、γはすぐに俺に目線を合わせるために跪いた。ぎゅっと抱きついて、耳元で囁く。
「しばらくお別れだ、ファミリーを頼む」
白蘭が立ってドアを開けたまま待っていたので、小走りに近寄った。

「ユニちゃんが男の子なんて、初めてだな」
「そう」
最初はジェッソファミリーのおそらく白蘭の側近であろうだれかが部屋にいて、お茶を出してくれたがすぐに白蘭の指示がでて、部屋は本当に二人きりだった。
柔らかい椅子にこしかけて、背もたれに寄りかかると、大きな帽子がずれる。ええい、とっちゃえ。
膝の上においてから、手をのせる。
「ああ、ユニは偽名なんだっけ」
長い足を組んだ白蘭は俺を見透かすような瞳で微笑んだ。
男の子である俺が初めてなら、きっとユニ以外の名前であったことはないだろう。なのに、どうしてそんなことを言うのか。
───当初お母さんと一緒に俺を迎えに来たのは、幻騎士だ。
DNA鑑定の手続きも幻騎士に任せた。性別も名前も、あの人とお母さんしか知らない。
……やっぱり、そうだったんだなあ。
心の中で残念に思いながらも笑う。

「……本当のユニは女の子なんだな」
肯定の返事をしながら、白蘭は足を組み替えた。
俺はふうと息をついて背もたれに体を預ける。
「まるで別人みたいな口ぶりだね。───君もユニだ」
白蘭にとっては、性別がどうだろうと、本当は誰なのであろうと、ユニの力を持っていれば良いんだろう。
それは悲しくもあり楽でもあった。
おもむろに立ち上がり、俺の目の前までやってくる白蘭を見上げる。
っていうんだ、俺は」
「───自分から教えてくれるとは思わなかったな」
白蘭は初めて、驚いた顔を見せた。でもまたすぐに笑う。
「知ってるだろうけど、なんとなく名乗っておこうかと思って」
「へえ、ありがと」
手が伸びて来た。頭を撫でられて、ゆっくり目を伏せる。
「じゃあね、クン」
またね、白蘭。
心の中でそう返して、意識を手放した。

タイミングを合わせて魂を遠くへ逃す。
海へ行こう。広く、深く、綺麗な海へ。



next.

進みが早いぞ(いつものことです。)
さくらちゃんだとなんとなく一回も名前呼ばないで終わってたんだけど、そろそろ限界だし出します。
カタカナにしようかと思ったんですが……しれっと日本名使ってます。お好みで名前変換をご設定ください。
女のフリとかユニと名乗ることになった理由は……ほぼないです。そう呼ばれてる未来が見えたんとちゃうかな。
Sep 2017

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