Unison


03

目を瞑った先は真っ暗だった。
体から遠くに離れて行くような感覚がして、うまく行ったことにほっとする。
白蘭の声が遠くにした。
俺は部屋の前で見送られていた。
待っていたγの元へ歩いて行き、ジッリョネロファミリーとジェッソファミリーが合併することを告げる。母体はジェッソファミリーで、俺は実質ナンバー2という立ち位置になるとも。
γは俺の目を見て、この体に俺がいないことを知り激昂した。
白蘭に攻撃をしかけようとしたけど、俺の体は白蘭を守ろうと立ちはだかる。傷つく俺を見て、γは攻撃をやめた。
悔しげに匣兵器を俺に預けたあとうなだれ、何か言いたそうにした。
俺がさっき、しばらくお別れだといった意味をわかってくれるとありがたい。
ちゃんと戻ってくるから心配しないでほしい。
だからそれまで、ファミリーを頼むといったのだ。


水の中を泳ぐ音がして、俺は浮上していく。
暗闇は濃紺、それから碧へと変わる。顔をあげると、ちゃぷりと水が跳ねた。
俺は目論見通り、海原にぷかりと浮いている。よし、上手に逃げられた。
白い砂浜へ上がれば不思議と、もう体は濡れていない。
座って目をつむればちゃんと現実のことがわかった。

二つのファミリーは合併し、ミルフィオーレファミリーとなった。ジェッソはホワイトスペル、ジッリョネロはブラックスペルとしてそれぞれ別れ、部隊を作る。
数々のマフィアが殲滅され、ジッリョネロと同等の古い歴史を誇るボンゴレ狩りまで行われた時は、あらかじめ知ってたとしても胸が痛んだ。
関係者といえど、一般人にほど近い人たちまで殺された。
ほとんど白蘭の都合の良い人形になったといえど、俺のわずかな感情は残されていて、たまにご機嫌をとられたが無意味なやりとりだった。
白蘭のことは予知で見た未来と、遠い意識の中でしか知らないけど、子供のようなやつだと思った。
どうやら、さまざまなパラレルワールドで世界を手に入れようとしているらしい。それは人類滅亡の危機とも言える。
これは入江さんが未来で言ってたことだ。
白蘭を止めるために10年前の世界からボンゴレファミリーの幼い幹部たちがやってくる。これも入江さんが未来で言ってた。
どんなパラレルワールドにおいても、白蘭は世界を滅ぼした。たったひとつ、滅せない可能性のある未来が今の道筋。
ボンゴレファミリーのボスが、10年前の自分に希望を託す未来は明るいらしい。
俺はそれを信じて待つことにした。
だから白蘭がどんなに非道なことをしても、部下たちがどんな目を向けて来ても、ときが来るまでは自分の魂を守るしかない。
それが、アルコバレーノのためでもあったから。

そんな俺の海にある日流れ星が落ちた。ぱっと光ったのでそこへいってみると、俺の海や砂浜ではない。陸地が続き、地面には人が仰向けに寝転がっていた。
目や口は薄く開き、意識はほとんどないようだけど死んでもいない。怪我もしてない。
「……白蘭?」
耳が聞こえていないのかってくらい、無反応だ。でも、俺に促されると身じろぎをしたり、動いたりする。
「どうしたんだ?現実での白蘭は……何もおかしくないけど」
今も現実ではせっせと滅・ボンゴレ計画を実施中である。
おーい、と声をかけながら顔の前で手をぶんぶんした。無反応だった。

物言わぬ白い人形となった白蘭のとなりで様子をみることにした。たまにつっついてみたけど何も起こらない。
「もしかして、ここってパラレルワールド?」
しばらくの間くだらない話をしてみたが全く反応しなかったので、ずっと思ってたことを聞いてみる。
まあこれにも無反応なんだけど。
ええい埒があかねえ。かといってどうすることもできないし、何もすることがない。
暇つぶしに海や砂浜へ連れ回してみることにした。なんだか別の世界に来てしまったようで、お世辞にも綺麗な場所とは言えなかったけど。
結局白蘭は一言も口をきかないし、手をつないでやらないと動き出さないし、俺が頭をくしゃくしゃに撫でくりまわしても直しゃしない。
俺が逃げて来たように白蘭も逃げて来たのかもなあと、だんだん思うようになった。ありとあらゆるパラレルワールド全てで世界を滅ぼして来た男がいったいどうしたって話だけど。
いや、だからこそ尚更……これが成れの果ての姿なのかも。
これはパラレルワールドの白蘭というよりも、全てを終わらせた白蘭なんだ。

世界征服の夢を叶えた人の姿って初めて見た。悲しいな。
どうやったら希望を持てるのかわからないうちに俺のときがきてしまう。
白蘭は俺に手を繋がれたままぽてぽて砂浜を歩いてる。……うーん、少しはマシになったような気がしなくもないけど、やっぱりおいてくのは不安だなあ。かといって俺はずっとここにい続けることもできないし、現実にもどらないと。
白蘭の手をはなす。どこを見ているのかわからない視線に呼びかけた。
「白蘭、俺はもう現実に戻るよ」
「……」
ぴくりともしない。
「世界にふたりは寂しかったな」
手を伸ばして長い前髪をどかした。ぼうっとした顔は味気ない。
見慣れて来ると眠たい子供みたいに見えるんだけど。
「じゃあね」
一歩離れると、俺の体が魂を呼んでいることに気づいた。
世界の淵で、ゆらりと体が傾く。
「、」
このまま落ちれば目を覚ませるだろうと思った瞬間に、誰かが俺の手を掴んだ。あ、と口を開いた白蘭しかそこにはいない。
白蘭の表情が動いた。唇が、多分俺の名前を呼んだ。待ってと言うように、意思を持った。
「───ひとりはもっと寂しいんだろな」


現実では白蘭が、10年前からきたボンゴレファミリーと、そこに寝返った……というか元から白蘭を倒そうとしていた入江さんとチョイスというゲームをして勝利したところだった。ボンゴレチームは負けた場合ボンゴレリングをミルフィオーレに渡すことになるので、入江さんは再戦を要求する。が、突っぱねられた。
それを阻止できるのはミルフィオーレのナンバー2である俺しかいない。
とうとう時が来たので、体は俺の魂を呼び戻した。
「はじめまして、ボンゴレのみなさん」
あえて嬉しいなあ、やっとだ。
リボーンおじさまにも、うんと小さい頃に何度かお会いしたことがある程度なので、すごく懐かしい。白蘭の手によってアルコバレーノたちは力を失い仮死状態となり、おしゃぶりの中で眠っているから。

ボンゴレファミリー10代目ボスである沢田さんをはじめとするみなさんは、俺のことをよく知らないので突然の登場に驚くのも仕方がない。が、入江さんが事情を説明してくれる。
俺が白蘭の手によって魂を壊されていたことを。
「人聞きの悪いこと言うなよ正チャン、ユニちゃんが怖がりだから精神安定剤をあげてただけだよ」
「いいや、あなたはブラックスペルの前身であるジッリョネロファミリーのボスだったユニとの会談で、無理やり劇薬を投与して彼女を操り人形にしたんだ。そうだろ?ユニさん」
「そ、そんな……」
沢田さんがひどいことを、と言いたげな顔でドン引きしている。
まあでも、俺は半ばそうなることを知っていたし……。
「魂を遠くに避難させていたから大丈夫です。それに、白蘭みたいに違う世界にもいけるみたい」
もっとも、あれがパラレルワールドだった確証はない。
それでも虚無感に打ちひしがれた白蘭のいる世界に行ったのは、確かだったのだろうけど。
「とにかく、ミルフィオーレファミリーのブラックスペルのボスとして、ボンゴレとの再戦に賛成です」
俺の逃避行はどうだっていいので、話を戻した。なんのために戻って来たと思ってるんだ。
ところが白蘭はどうあってもチョイスの再戦を受け入れてはくれない。あくまで俺はナンバー2なので全ての最終決定権は白蘭にあると。
「……じゃあ、ミルフィオーレファミリーを脱会します」
白蘭から離れて、沢田さんの隣に立った。
そう、方向性の違いにより決裂。……バンドによくあるやつだ。
「なので、沢田さん。……この、仲間のおしゃぶりを守っていただきたい」
白蘭がアルコバレーノたちから奪ったおしゃぶりは、魂の抜け殻な俺がこっそり、抜け目なく持ち出して来たのだ。てへ。
勝手に持ち出しちゃだめでしょって白蘭がにっこり笑って窘めてるけど、もともとお前のじゃねーから。
「これは白蘭が持っていても、トゥリニセッテとは言えない」
手のひらにあるおしゃぶりに炎を灯すと、強い光が発せられた。



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虚無った白蘭のいる世界に飛ぶのはこのタイミングかな……と思いまして。
Sep 2017

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