05
アリアに連れられてやって来たユニは、ごく普通の幼い女の子だった。頬に痣があることや、DNA鑑定の結果一致したことももちろんだが、アリアが直々に連れて来たことによって、ユニが正当な後継者であることはすぐに認められた。
仲睦まじい母娘の姿に目が馴染むのも早かったし、母に似てよく笑う気丈な娘はいとしくて仕方がない。
マフィアであることを理解しながらも、恐れることなく膝の上に乗るのだ。
γは当初、アリアに隠し子がいたことには複雑な思いがあった。
相手にされていないことは重々承知していたが、諦めたこともなかったし、いつかは思いが届けば良いと思っていた。子がいたからといって全てが終わったわけではないとも。
ユニはたしかにアリアの子であり、γはもちろん大事にするつもりだった。
よく笑うところ、勝手に一人でどこかへ行くところ、弱みを見せないところは本当にそっくりで、大事にしようと言う決意などなくとも、自然と体も心もユニへと動いていた。
ユニから目が離せない、離してはいけない。そう思うようになった。
袖を濡らしながら泣いてないと嘯くアリアよりも、ユニはたちが悪い。
なにせ、一度も辛そうな顔を見せたことがなかった。
アリアの命が近いうちに尽きると言われた時でさえ、口を結んで頷いた。一部の部下や、γも当初信じられなかったが、そんな理由ではないだろう。
ユニは誰よりも母アリアの言葉を信じていたのだから。
抗争中のファミリーによる襲撃から逃げることになった際、アリアたちを逃し守るために囮を買って出たγをユニは引き止めた。
「姫、聞き分けてくれ……オレはあんたたちを逃すために」
「聞き分けるべきはγのほうだ」
顔を覗き込むと見える、子供らしからぬ顔に目を見張る。γを送り出すつもりだったアリアは、ユニの様子に一瞬困った顔をした。
「ボスの言葉を、信じたくないとは言わせない」
アリアはたしかに今しがた、囮をする部下たちに会うのは最期になると別れを告げた。
だから小さな子供が側近にねだるわがままではないと、誰もが分かっている。それでも、本当に最期になると受け止めていた者は多くなかった。
ユニの強いまなざしに目が眩む。
γは言葉を失い、拳を作りうろたえた。
ユニはその手をとってもう一度、一緒に来てと懇願した。
それはまるで、子供がわがままを言うような、甘えた声だった。
囮役を辞退したγは、ユニと共にアリアの最期の時を見守った。
まさか本当に逝ってしまうのか、と心の底から驚いた。
逝かないでくれと願っても、アリアはふっと笑って目を瞑った。
ぼろぼろと涙をこぼし、言葉にならない声で呻く間も、ユニの嗚咽は聞こえてこない。
わかるのは、アリアの手を握ったまま、もう片方の手でγの頭を撫でるぬくもりだけだった。
こんな時さえ泣こうともせず、アリアを労い、γを慰めることに徹するユニに胸が痛かった。涙で歪む視界の中で見えたのは、ユニはゆっくりとアリアの首飾りを外して首にかけ、大きな帽子を抱きしめる姿。
「掟により、今この時からファミリーを継ぐ」
「姫……」
「ついてきてくれますか?」
「ああ……オレがあんたを命がけで守る」
アリアの言葉があってから、ユニはずっとこのことを考えていたのだろう。
母親の死や自分の悲しみなどよりも、ファミリーの存続と未来のために涙をのんだに違いない。
未来を思うばかりの言葉は眩しく、ユニの微笑みもまたそうだった。
あまりにも輝くそれはユニの小さな体など白く飛ばしてしまいそうだ。
γがユニの弱いところを包みたいと思えば思うほど、ユニは光り、遠ざかって行く。
ままならないものだと思い続けて、もう何年になるのだろう。
ユニが白蘭にとらわれ、傀儡のようになってから長い時がすぎた。
10年前からボンゴレファミリーの幹部たちがやってきて、ようやく目を覚ましたユニと交わした言葉は多くない。
もう、ユニの命が残り少ないことは言われずとも分かっていたが、アリアの時と同様に、信じたくなかった。
あの時はユニが引き止めてくれたが、自分のことになるとユニは何も言わない。
どうしてもγは、あの頃のようにユニに言ってほしかった。
心から、求めてほしかった。
「夜明けと共に始まる戦いですべてが終わります」
ユニは閉じていた目をゆっくりと開いて綱吉たちに告げた。
未来を見る力が弱まったユニにとって、ずっと見えていたことだそうだ。今までずっと白蘭に囚われていたのも、綱吉たちにおしゃぶりを守って欲しいと懇願しついて行ったのも、このためだった。
「最後の戦い?」
「はい。白蘭も焦ってますから、この戦いに全てをかけてきます」
その予知は確かなものかとラル・ミルチに問われると小さく頷く。
「勝敗は……予知できないのかい?」
「最後までは見られませんでした。でも、だいじょうぶ」
つとめて明るく、ユニは笑う。
「この世界で白蘭を倒せば全パラレルワールドの白蘭は消えます。恐ろしい未来の待つことのない、平和な過去へ帰れますから」
「最大のピンチは最大のチャンスでもあるわけだな」
「この戦いに勝てば、ついにみんなで平和な過去に帰れる……!!」
「勝てばだがな」
前向きな言葉で拳を握った綱吉を、ラル・ミルチが現実に引き戻す。まだ戦いは終わっておらず、勝つと決まったわけではない。ユニの言葉でふしぎと前向きになっていたが、綱吉は途端にうろたえ始めた。
入江と共に作戦を考える様子を見ていても、まるで威厳がない。
γはさっきまでの様子はなんだったんだと首をかしげる。10年前のボンゴレファミリーは、まるで学芸会のようだ。
「よくもまあ、このガキ集団で生き残ってきたもんだ……」
「いいじゃないか、明るくて」
ユニは楽しそうな顔でその光景を見ていた。
それは何も混じり気のない、心の底からそう思っている笑顔だったが、なぜだかγは一抹の不安を覚えた。
引っ掛かりがあるはずなのに、何も思い浮かばない。
無理して笑う時でさえ、嘘のない人だった。
けれど本当のことは言ってくれない人だった。
「アルコバレーノを復活させるのは大空のユニの力をもってしても簡単なことじゃねえ」
赤ん坊の静かな声が、γの朦朧とした意識の中に滲む。
γは記憶を辿って、決戦の最中に負傷して気を失っていたことを理解した。
「おしゃぶりから全身全霊をかけた命の炎を燃やす必要があるだろう」
仮死状態となっていたアルコバレーノを復活させようとするユニの目論見を、リボーンはすでに察知していた。
「おじさま、知ってたんですか?」
「あたりめーだ。おまえは最初から、自分の身を守ってくれとは言わなかったしな」
「あ……!!」
誰かがリボーンのいうとおり、ユニの過去の発言を思い出して声を上げる。
確かにおしゃぶりを守って欲しいとユニは言った。
そして、……戦いは最後まで見られないとも。
γはゆっくりと目を開ける。
マーレリングとボンゴレリングの炎に共鳴し、戦いの渦中に引き寄せられたユニはひどく遠い。
「ひめ、」
小さくうめく声を聞き取れる距離ではないはずなのに、ユニはこっちを見て小さく笑った。やはりそこに、嘘はない。γが身を案ずるほど、ユニは幸せそうに笑う。
炎は火力を増して、白蘭の攻撃を弾いた。
だれも、邪魔することはできない。
「本気なんだね、ユニ……いや、。本気でおしゃぶりに命を捧げて死ぬ気なんだね!!」
「!?」
白蘭から紡がれた名前に誰かが驚きの声を上げる。
「そこまでしてアルコバレーノを復活させる必要はない!!」
「彼らの復活は沢田さんたちが過去に帰るために必要なことで、多くの人々を救うことです」
目を瞑っていたユニはうっすらと目を開けて、肩をすくめた。
「これが俺にできる唯一の魔法、……ユニになった俺のさだめ」
なんのことだかわかる者はいなかった。
炎は弱まることをしらず、光は強くなる。
なんとか大きな炎の結界に穴を開けてユニの前にγがたどり着いても、仕方のないやつだというふうに笑った。
「あんたはお母さんの教えを守りすぎなんだ」
「あはは……」
「オレの炎も使ってくんねーか」
要らないと首を振られることも、半ばわかっていた。
小さな体をぐっと抱き寄せて、炎を与えるように灯す。
「ばか、俺のことばっかり心配して」
「それはあんたが自分を大事にしねーからだ」
炎が強まった瞬間、γは自分の炎を与えられないことに気づく。
頼むから受け入れてくれと強い眼差しを向けても、やっぱり幸せそうに笑うだけだ。
「ありがと、……気持ちだけもらっておく」
どんなに寄り添おうとしても、いつも決まってこう言われる。
帽子やマント、おしゃぶりが、γの腕の中に残った。
空虚なそれを掻き抱いても、中身はどこにも見つけられない。
next.
γの視点で。場面がガンガン飛ぶのをお許しください。
原作では「私にできる唯一の賭け」のところをさくらちゃんらしく「魔法」にしてみました。
Sep 2017