Universe.


01

(アリア視点)
私の体には様々な記憶と知識が存在していた。
先祖から受け継がれてきた力のこと、母の運命のこと、そして私の運命のこと───。
齢を追うごとに徐々に折り合いがつくようになった。
短命であることも、先を視ることも、時には嫌気がさすこともあったけれど、愛する母から譲り受けたものすべてを、私も愛することにした。
そして私も誰かを愛し、子を産み、辛く悲しいけれどそれでもどこか愛しい運命を授けることになるのだろう。

転機は前触れもなくやってくる。
ある日、地震が起きたと同時に、記憶とも知識とも物語とも言えるものを得た。
それは私が死んだ後に、息子のが巡った運命の出来事だった。

私はこの時、子を産んでいなかった。それなのに息子への愛は手に取るようにわかって、湧き出る泉みたいに溢れ出てとめどない。
子供と暮らす夢のような日々を、夢だと片付けることもできない。
目覚めたばかりで混乱しながら、屋敷の中を見て回った。

一番日当たりが良い部屋にはベッドと勉強机と本棚があって、衣装ケースやいくつかのおもちゃが並んでいた───なんてことはなく、シンプルな客室として使われていて、息子はおろか客人もいない。
しんとした、どこか寒気さえ覚える部屋に入り、窓の外に出て庭を見下ろしても、木陰に作ったブランコや一緒に育てていた苺の苗だってなかった。
私の可愛い息子は夢の中───いいえ、パラレルワールドにしかいない。
それでも絶望している暇などなかった。すぐに、遠くない未来でアルコバレーノの呪いを解く代理戦争が始まるのがわかった。


私が力を借りようと思い立った相手は、白蘭だった。
現在の白蘭は私と面会をした時、の不在にショックを受けながらも腑に落ちたような顔をしていた。
しばらくは呆然として、けれど、どこかでわかっていたみたいな諦めの表情。
「───クンではなく、ユニちゃんがいるのかもな、と思っていたけどまさか誰もいないとはね」
「どういうこと?」
ではないユニという言葉に違和感を感じた。
「どのパラレルワールドでも、ユニちゃんは女の子だったのさ」
「女、の子……」
が女の子の格好をし始めたのは私がきっかけだったけれど、それでもユニと名乗り女の子に見えるような格好をし続けていたのは自身。
「もしかして、も」
「うん、そのことは知っていたよ。それでも彼は、君の息子で、アルコバレーノの後継者で間違いなかった」
「ええ」
白蘭の言葉には間髪入れずに頷いた。
「でもそうなると、君の後継が誰もいないということになる」
アルコバレーノはトゥリニセッテに欠かせない存在であり、私の命が短く終わってしまえば誰も引き継ぐことはできない。そうすれば世界の均衡は保たれなくなるはずだ。
「───アリア、君のためにあの子は身を引いたのかな」
他のアルコバレーノ達が赤ん坊の姿で時を止められているのと同様、母が短命であったことも、私がそうなるであろうことも、アルコバレーノの呪いだ。
「やってくれるよね、くんってば」
白蘭は、ぎこちなく微笑んだ。
もう彼は、ゲーム感覚でパラレルワールドを行き来しては、世界を混乱に陥れ、暴虐の限りを尽くした、浮世離れした男ではない。
地上で空を見上げて、宇宙のはるか彼方にある、目に見えない星を探すただの人だった。


とにかく虹の代理戦争で私たちが勝利をしてアルコバレーノの呪いが解けば、憂いが一つなくなると思った。
私たちは来たる代理戦争に向けて準備をした。
白蘭は未来でのことで多くの監視がつけられていたが、それを躱してかつての仲間を集め、力をつけてくるといって一度別れた。
私は、ありとあらゆる手を使ってを探した。
産んでいない以上この世にいる証拠はないのだけど、私の辿ってきた道のどこかに、縁があるかもしれない。もしかしたらまた産むことができるかもしれないと思ったから。



ボンゴレ次期ボスの沢田さんは、白蘭が持ちかけた同盟の誘いを受け、私たちに会いにきてくれた。
おじさまとも、久しぶりにゆっくりお茶ができる。
屋敷の中にはブルーベルや野猿など小さな子供達がいて賑やかだけど、沢田さん達が来たことでもっと明るくなった気がした。
「ユニの、お母さん?」
「ええ、はじめましてね」
「ユニがいないってのは、ほんとだったのか」
「……」
沢田さんはぎこちなく私を見上げ、山本さんは寂しそうに肩をすくめた。獄寺さんはそっけなく視線を外し、周囲を見回しあの子がいないのを確かめるみたいだった。
を知る人がたくさんいて嬉しい。ファミリーたちとは最近、虹の代理戦争のこと以外で話をできていないから特にそう感じる。
「あの子は私の知る限りでは最も予知に長けた子でした」
"ユニ"の存在がないということがあり得るのか、と疑問に思う彼らに、私は予想できる理由を答えた。
「見えるのはおそらく、未来だけではなく、宇宙」
「宇宙……?」
「そう。───宙、星……といいますか、あの子を廻る天体のことはすべて知る範囲にあったと言えるでしょう」
「……でも、なら、なんで!」
「私のアルコバレーノの呪いは短命であること。……あの子がいれば、この代理戦争を託すことになったはず。それをあの子は分かっていたからでしょう」
沢田さんはひくりと表情を震わせて口をつぐむ。
「マーレリングとボンゴレリング、アルコバレーノの3つでトゥリニセッテの均衡は保たれる───あの子はトゥリニセッテの命運を私に強く結びつけ、さらに自身につながる縁を断ち切ったのです」
おじさまは帽子のつばを深く下げ、うつむいた。
未知数の力とは恐ろしく残酷で儚い。
あの子がいなくても廻る世界が怖い。
私の幸せはどこへ行ったのだろう。みんなの涙はどれほど流れたのだろう。
あの子の笑顔は、この世界に必要な物だったのに。


虹の代理戦争は沢田さんの機転により、運命が変わった。
トゥリニセッテのために呪いを代替わりさせる必要はなくなり、未来の平穏が私には見えた。
チェッカーフェイスは当初そのやり方を断ったけれど、私が任せるべきだと進言すると受け入れ、トゥリニセッテの主導権を手放した。
彼は本来、この星の命を守るためだけに、最善を尽くしていたのだ。より良い方法で維持ができるのであればと、私たちの呪いを解くことを了承した。

おじさまたちは赤ん坊の姿からまた成長していくというハンディキャップはあるけれど、途方もない時間の束縛と使命からの解放が叶った。
私はおそらく人並みに生きることができるのだろう。
みんなの喜ぶ顔を遠目にしながら、未来に思いを馳せた。

最大の幸福だけはこの目では見つけられないけれど、未来もきっと、明るい気がする。



next.

見つからない主人公の話。
ずっとこのタイトル使いたかったのでここぞと。ここぞとばかりに。
Oct. 2020

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