04
(主人公視点)妹のミシェーラが結婚した。
式を挙げるのは兄のレオが帰ってきて、それで俺の目が見えるようになった時にするといわれたときはちょっともう泣きそうになったし、レオなんか多分その日の夜ベッドでびしょびしょに泣いてたと思う。
この目の行く先はわからないので、俺たちを気にせず結婚式を挙げて欲しいと思ったんだがミシェーラは頑固だし、トビーも大賛成だというし、双方の家族友人も理解してくれるもんでどうしようもなかった。
そんなときミシェーラの友達が、せめてウェディングドレスを着て記念撮影をしてみては、と提案してくれた。
ミシェーラは今結婚するのだし、今を残しておくのはとてもいいことだと思う。俺は目が治ったら今の花嫁姿を見られるし、レオに写真を送ってあげたらいいなって。
───という経緯から、ミシェーラとトビーは二人で写真撮影兼ハネムーンへと飛び立った。
現在、旅客機の中、俺は新婚さんの隣に座ってる。
ウェディングフォトには俺も一緒に写真にうつって欲しい、という妹の可愛いお願いなんだけど、それ必要?本当に俺必要か?
親も長男も写らないのに、なんで唐突に次男を一人登場させんだ。
二人の出会いはまあ俺もいたし、ちょっと予言したこともあるし、HLにいる兄への挨拶も妹ではなく俺が同行するなどしゃしゃった自覚はあるのだけども。こんなのハネムーンじゃないよう……。
「海の綺麗な海岸でね、教会がそばにあるの」
「ああ、晴れるといいな」
「絶対晴れるはずよ、だってこの人がいるもん」
ミシェーラが俺の腕を引きながら、旅行の楽しみをトビーに話している。俺はいつから晴れの守護者に……と思いつつも否定できなかった。
「まさかそれだけのために連れてきた……?」
「やあね、そんなわけないでしょ」
今だに納得のいってない俺にふてくされた声がする。
「HLにまでトビーと挨拶にいったのに、私とハネムーンへ行くのは不服なの?」
身内の紹介挨拶と新婚旅行を同列にしないでください。
とはいえ妹がこうまで言って、俺がもう飛行機に乗っている以上、文句を垂れてても仕方がない。
「まあいいや、たくさん写真撮ろうな……あとで俺が見返すときの楽しみにしたい」
「うん!」
ミシェーラは嬉しそうに弾んだ声で言って、それからしばらくしてすやすやと眠った。
トビーは小さな声で俺に、ミシェーラが俺と旅行をしたかったことは本当で、楽しみにしていたのだと教えてくれた。いや、だからってさあ、新婚旅行じゃなくたってさあ。
でも足の悪いミシェーラと、目の見えない俺じゃあ二人で旅行はさすがに反対されるし、結局トビーか両親の助けがいるんだろ。そう思えば今回の旅行はいいチャンスか……。新婚旅行はいつか二人でリベンジしてくれ。
世界遺産や美しい街並み、海の写真を見て気に入ったミシェーラが選んだ、旅行先はイタリアだった。俺が前に住んでいた国でもあり、周囲から聴こえてくる話し声だけで懐かしいとさえ思えた。
とはいえ観光地をめぐっているので、かつての暮らしとは違う喧騒だ。
「ううん、さすが観光名所、すごいわね」
「ほんとうだ」
ミシェーラとトビーもどうやら混雑や雰囲気に圧倒されつつある。
車椅子の女と盲目の男をつれたトビーは非常に気を使うだろう。
今回のことで学んだが、ミシェーラはトビーに頼って旅行していいと思うが、俺はせめてレオか親が手伝ってくれる時のみ同行した方が良いと思った。
トビーは決して疲れたような声を上げないし、俺とミシェーラだってそれぞれ危機回避はできるわけだが、やっぱりなんとなく気を使う。1日でどっと疲れたのはきっと、旅行にはしゃいだからというだけじゃない気がする。
翌日は海の見える教会で写真撮影を予定していた。
バスと電車に乗り継ぎ海の方まで行って、予約をしていた教会へ行けば、まずはミシェーラのドレスアップから始まるので男どもは1時間半くらい待機だ。トビーは介助もあるし、準備もあるので尚更そこにいなければならないが、俺はさっそく開放感でいっぱいになり外へ繰り出した。
敷地からでなけりゃ大丈夫だろう、まあ敷地の境目見えないけどな、と一人でほくそ笑む。
教会の名前は覚えてるし、さほど遠くへ行くつもりもない。それに、目が見えなくなってからは自分の歩いた道を記憶することに慣れたので、急な事故がない限りは大抵帰れる。
そうして探検に出てたどり着いたのは海岸で、おそらく人の気配は全くない。
波打ち際で、砂浜の感触を足で確かめて耳をすませる。
目が見えないんで楽しみは半減だが、まあ潮風にあたって素足で遊ぶくらいすれば残りの半分は楽しい。
暇つぶしに波に沿って砂浜を歩いた。
定期的に足首に海水が押し寄せるのを頼りに、柔らかくなる砂に埋まり、抜け出すのが楽しい。
それにしても、一向に人の声が聞こえない海岸だ。この辺は海水浴にも利用されてるって聞いていたんだけど。
まあ人がいないのならぶつかってしまう心配がなくて良いか。
しばらく思い思いに海と触れ合い遊んでいた。
ところが、欲張って海に入って行ったらちょっと大きな波が来て、膝まで濡れて体勢を崩しかける。
「わ!」
「おっと、大丈夫?」
手が空を切った時、掴まれてひっぱられる。
誰かがしっかり抱きとめてくれて、耳元で声がした。声と体型からして若い男の人だ。俺よりも背が高くて腕の力は強い。
「あ、ありがとうございます……人がいたんだ」
「うん、さっきからそこにいて君が歩いてたのを見てたけど……ああ、───目が?」
「見えないんです」
瞼を閉じたまま、抱きよせられて触れてる体を頼りに話しかけると、困惑したような声がした。
「へえ。この辺りに住んでる子?だからって危ないよ、一人で海にくるなんて」
「いえ旅行者です」
素直に英語圏の国からと告げるとより一層驚かれた。
そういえば俺、イタリア語で返事をしてたしな。
「妹がそこの教会で結婚式の写真を撮るんで……暇してたからフラフラと」
「そう。花嫁衣装を見てあげなくてもいいのかい?」
「あはは、いいのいいの、見えないし。それより海が見たくて」
「海も見えないんじゃない?」
やけにあっさり見ないの、と聞いてくる彼に俺もあっけからんと答えた。
「海も見えないけど───触れたかったから」
「ふうん」
「妹も準備ができる頃には戻るし……一緒に写真をとって……俺の目が治ったら見るつもりで」
身体をはなして、きちんと一人で立つようにしながらも、まだ足元に波が打ち寄せてくるからか彼は手を握ったままでいてくれる。
とはいえ、知らない人といつまでも手を繋いでいるのはいたたまれない。今日はこのことを反省して、さっさとミシェーラとトビーのところに帰って大人しくすべきだな、と思った。
「あの、助けてくれてありがとう」
「うん?いいよ、僕も助かったから」
「へ?」
「海を見てるとさ……あまりに大きすぎて、人の手の小ささを忘れちゃうんだよね」
「手の小ささ」
未だに俺の手を握っていることと、なんか関係があるのかな。とはいえ、そんなに小さくないと思うんだけどなあ、俺の手。
具体的に事情を聞くか迷ったが、あいにくゆっくり話をしている時間はなさそうだ。
「───俺そろそろ教会に戻らないとだ」
教会の鐘がもう何度か鳴っていて、おそらくミシェーラはそろそろドレスアップが終わるだろう。
お披露目の時に俺が不在とくればさすがに心配するし、怒られてしまう。
「……、っ……」
俺より少し大きくて、男らしく骨ばった手首に手を添えて、掴まれた自分の手を引き抜く。
小さな声が彼から漏れた。
かすかに、唇と吐息だけが紡ぐような音で、名前を呼ばれたような気がした。
でも波の音でよく聞き取れなくて、急いでいたこともあって、俺はその場から離れた。
next.
それ白蘭だよ……!!!!(大声)
この後妹には足元が濡れてることで海に入ったことが秒でバレた。
Oct. 2020