Universe.


05

(γ視点)
姫が男だったことも本当の名前も知らなかったことも、どうだってよかった。
とにかくその人をオレは心から愛していて、命を捧げてついていきたいとまで思っていたのに、現実じゃあその存在は抹消されていた。
夢の中では故人となっていたボスが存命であることが唯一の救いだったが、それでも虚しさは絶大だった。

あれは、未来に起こる一つの可能性の夢で、目が覚めたと同時に、起こることのない未来となった。
母親であるボスこそ計り知れないショックを受けただろうに、彼女は人知れず泣いて、それでも前を向いている。
白蘭なんていつのまにか改心していた。それも「のおかげ」だというのだから気にくわない。
この世にいないことも、どこか腑に落ちた様子だった。

オレだって、あの人がいてこそ今のオレがある。でもその気持ちまるごと、あの人は最期にかっさらって行きやがった。
姫───がオレの気持ちを十二分に理解している自負がオレにはあった。白蘭やボス以上に、あの人の近くにいて、言葉を聞いて、眼差しを交わしたのはオレだった。だからこそ、はオレを連れていかなかったんだろう。
ボンゴレ10代目ボスの言葉で少し、しっくりきた自分がいる。奴もあの人も、ちょっと似た思考回路をしてたんだろう、周囲の思いが大きければ大きいほど、強くなれちまう。大空と言う奴はそういう生き物で、特に未来を予知し、短命の宿命に囚われていたからにはそういう面が強かった。

オレが迎えに行ったとき、───待ってた、と言った。だから絶対にオレが迎えに行くのを待ってるはずだ。
そんな思いから、なんとか自分の命を投げ出さないでいる。もうあれからどのくらい時が過ぎたのだろう。
白蘭は監視も解かれて自由にやっているし、ボスも短命ではなくなったことからすっきりした顔で現在でも我らがボスである。ちんちくりんでまるで頼りのない風態だったボンゴレ10代目やその守護者のガキ供は、いつのまにかすっかり大人びた顔をしていた。
「つい先日ボンゴレ科学班から知り得た情報よ」
ボスがオレに、HLで死ぬ気の炎に似たエネルギーが感知されたことを告げた。HLといえば元ニューヨーク、大崩落の末たった一夜で異界と混じり合い再構築された未曾有の霧の都市。ボンゴレやオレたちのような古豪の裏社会の人間にとっても、今までの常識や築いて来たものが通用しない危険な都市で、表向きな交流はもたないでいた。もちろん情報収集はしているが。
「このエネルギーが……大空の系統だったと……?」
「ええ。稀に死ぬ気の炎を燃やすことのできる人はたしかにいるわ。それでも───」
「これが、光明か……?」
「わからないわ」
「……」
あちらじゃおかしな大事故が信じられないほど頻繁に起こり、こっちの常識外の被害はたやすい。だが検知された場所で起きた事件の様相は大したことなく、しいていうならちょっと窓ガラスが割れ、部屋の内装が少々切り刻まれた程度だ。あとはその建物のホテルロビー階では異形が一体死体で見つかり───HL外から来た宿泊客2名が負傷。ホテルの麓では原因不明の交通事故もあったが、それは関係ないだろう。……多分。
「この"原因不明のところ"は大方、向こうの裏や異界の常識が絡んでるだろうが……果たしてあの人がそんなところいるかね」
「どうかしら。それでも情報があまりに少ないことが情報よ」
「ボンゴレやうちの諜報員でも詳細がわかってないんだろう?それだけの情報をもって、オレに相談というのは?」
「この宿泊客2名は、大きな被害もなくすでにHLを出て、今も普通に暮らしているわ」
「ああ……」
ボスがいう宿泊客とは、トビー・マクラクランと・ウォッチ。旅行理由は、HLで働いているの兄であるレオナルド・ウォッチへ、トビー・マクラクランを紹介するため。というのも、マクラクランはウォッチ兄弟の妹、ミシェーラ・ウォッチの婚約者であったため、と調べがついている。
ミシェーラ嬢は生まれつき足が不自由で車椅子で生活をしている。そんな中危険なHLへなど行かせられないといったところだろう。
だが兄であるは事故で視力を失ったとある。そんな状態のやつとHLへ行くくらいなら、テレビ電話でもいいと思うのだが。……まあいい。
「トビー・マクラクラン氏は意識を失うほどの被害をうけていた。そして・ウォッチに至っては軽症……マクラクラン氏がより事件に関与していたと見ているけれど、ウォッチ氏のほうがHLとの関わりは深い」
「そこで、オレたちで探りを入れてみようってわけか」
「そう。できれば目立ちたくないし……一般人を怖がらせたくない。ファミリーとしてではなく、私たちだけでそっと様子を見に行きましょう」
「───わかった」
ボスの意図を汲んで、深く問わず、そしてあまり期待せずに、情報にあった2名の住む街へ行くことにした。


「ぁ、───母さん?」
隣を歩いていたボスの腕が誰かに引かれて立ち止まる。
あちらも、すれ違いざまに咄嗟に掴んだようで、もはや人違いか言い間違いかも定かではない状況だった。
ボスに急に手を触れられたことにオレは少し焦り、反射的に年若い男を睨みつけた。
「え……?」
「あ、」
ボスもオレも、男がたまらず見開いた瞼の中の深淵に、男は反射的であろうと間違えたことに、驚き固まった。
唯一朗らかだったのは、男のそばにいた車椅子の女性だけだ。
「もう、どうしたの?母さんなら家で私たちの帰りを待ってるに決まってるじゃない。あなたたちも、すみません急に掴んでしまって」
「……ごめんなさい、───母だと思ったら思わず」
「え、いいえ、いいのよ」
「珍しいのね、人違いするなんて」
ボスは戸惑いながら答えた。そして連れの女性は少し面白そうに笑っている。
盲目であろう男は───・ウォッチだった。
そもそも盲目故に人を判断できないはずで、簡単には人に声をかけないだろう。だからそばにいた妹のミシェーラ・ウォッチは珍しいものをみたとばかりに笑っているのだ。
一方でオレたちは、少し見たいと思っていただけのターゲットの一人に、急に接触することになった状況に驚いた。
はボスの肘のあたりを掴んでいた手をゆるく開く。ボスはゆるりと離れて行こうとし、もまた手を離そうとした。その頃にはもうの目は柔らかく瞑られていて、穏やかだった。
なぜだか二人の手がもどかしげに見えた。手と手を繋ぎそうなくらいに、最後まで触れていて、一瞬手を繋ごうとためらったようにもみえた。
「───アリア?」
「っ、ああ」
ボスの様子までおかしいので、オレは尋ねた。
するとはっとして、互いの手は外れた。ボスは戸惑いを隠し、兄妹たちはもう一度謝ってからオレたちから離れていった。

「なにか見えたのか?ボスがあんな風に取り乱すなんて……」
「何も見えなかった……彼の瞳」
「そりゃ、オレも……見たさ」
憐憫さえ感じるほどに、未知を抱えた彼の眼窩。
間近で見て、そして見えすぎる力を持つ彼女だからこそ、戸惑ったのか。
「母さん、だって」
ふっと微笑んだボスの横顔は少し寂しそうだった。
かつて見た未来の通りだったら、おそらくあのくらいの年頃だろう……。オレたちはいつのまにか、の顔を思い出せなくなっているが───はあまりにも似ていた。写真で見た時とは違う衝撃がオレたちにはあった。
目を開けて朗らかに微笑んでいたら、きっともっと似ているのだろうと思うくらいには。



next.

それユニだよ……!!!!(大声)
本人は母と"間違えた"とはいってない。
思いの外長くなってます……、だって色々な視点が書きたくて……。まだ続く予定です。
とっ散らかす予定です。
Oct. 2020

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