07
(主人公視点)宇宙の水面に寝そべる夢を見た。
指で押せばとぷりと沈みこむような感触がした。へばりついたほっぺたは濡れた様子がないけど、耳を押し当て沈めてみたら海の中にいるみたいな音がした。
暗闇の中の無数の光は俺の上にも、水面の下にもあった。
それは星か、灯か。
ここは"どこでもない"場所だ。
しいていうなら世界の狭間。光は世界───または生命そのものを意味している。どこかが俺のいるべき場所であり、俺は今どこにもいないのだということがわかる。
ぱしんっと耳元で結晶が弾けたみたいな音がして、視界の端が煌めいた。
人知れず小さな星が燃え尽きるように、世界はたやすく消える。消えたそれはパラレルワールドと呼ばれるものだった。
手を伸ばして、光の滓を指でつまみなじませる。まだ熱を持ち、指の腹をほんのりと焼いたけれどすぐに光を失い、温度のない砂塵となって暗闇に溶けた。
起き上がって座れば、裸足の両足が目に入る。いたずらに指先を開いて、遠くに沈んでいる光を挟んでみる遊びをした。
ここは俺の統べる宇宙なので、たとえ触れなくとも、遠隔操作した光は反応して震えて膨張する。踵を軸に足を持ち上げ、指を目一杯開く。そうすれば、膨張した光は暴れていたのが嘘みたいに静かになって、元の大きさまで萎んだ。
どうしようかな……。
この、意味深でいて、何の意味も為さない夢に対してひとりごちた。
言いたいことはわかっている。きっと、世界を選べとか、目を覚ませとか、そういう意味じゃないかな。この場合眠っているのを起きろってことじゃなく。
先日俺は、"別の自分"の母と再会を果たした。
道端で知っている気配がしたんだもん。郷愁と、喜びと、驚きで、反射的に「母さん」と呼び止めて腕を掴んじゃったのだ。
思わず見えぬ眼を開くほどに動揺し、目が見えないくせに人違いをしない俺を見て妹がからかいの声をあげ、『母さん』は絶句した。
おそらく彼女に、俺の記憶はほとんど無い。一切を失ったわけじゃ無いけれど、俺の声も顔もしぐさもきっと思い出せないはずだ。それほどまでに俺の存在は消えた。でもかつて、トゥリニセッテの力を発揮するのに俺が必要不可欠であったから完全に消えることはなかった。
もう少ししたら、さっきの小さな星みたいにきっと、光を失い砂となるかもしれないけど。
いまだ指先に残っているような熱とざらつき。
人差し指と中指の腹を強く押し付けあってから、開いて唇をもんだ。
母さんやγとの再会は瞬く間に終わり、俺は声を聞くだけ、わずかに手を触れ合わせるだけしかできなかった。それがその時の全てだ。
そもそも会おうと思えばいくらでも行動ができた。それでも"俺"が命をかけて運命を断ち切った相手に会いに行く選択肢はなかった。
あんな風に会えたのは本当に奇跡だった。
HLで俺が炎を出せたことも、それを感知されたことも、そこから俺を辿ってきたことも、全部。
───本当のあなたの息子ではなくて、悪かったけど……。
迷った時も、困ったときも、なんとかしてきた自分を信じて宙に立つ。
絶対大丈夫の呪文を知っている。
かざした手の下には光があった。
そして俺は海に潜るみたいにそっと息を吸って目を瞑った。
目を覚ましても、目を開けない癖がついてきた今日この頃、俺はゆっくりと起き上がる。
朝の気配を感じるためにベッドのそばにある窓の桟に指をかける。とことこ二本指を走らせて、ガラスを押し出し空気を入れ替える。
鳥のさえずり、風の温度や匂いから、朝だろうかと判断しているところで、枕元の時計が優しい音を奏でた。
これが朝に気づけない俺の、最重要アイテムだ。
さて起きて、朝ごはんを食べて、人を迎える準備をしよう。
今まではもっとけたたましく、妹と母が朝の準備をしている音で目をさますことが多いんだけど、俺は今一人で暮らしている。
この暮らしを始めるにあたって、もーいろんなことがあった。まず家族全員からの大反対。HLにいる兄が説得のために帰国しようとするレベルの大反対。
妹のミシェーラがとうとう嫁に行ってしまい、家を出たのを機に俺も独り立ちを考えたのが始まりだった。
目が見えないので就ける職は限られていて、それでも家族や、特に兄のレオは俺の目に罪悪感を感じ働かなくても生きていけるよう援助する覚悟をしていた。とはいえ俺だってこの目になった罪悪感はあんだ。
特技を生かして、占い師として仕事を始めようと思った。ちょっと胡散臭さのある職業だけど、それは世間一般での印象のせいであって、難しくも重要な職業でもあった。
験担ぎや神頼みと同様、占いというのは重宝される場面がある。
特に古い会社のお偉いさんなんか、商談の前だったり節目節目であったりと、"不確か"であることを"確か"な強みにするべく、頼ってきたりするものだ。
───そうなると、実家でするには忍びない。
両親に手伝わせるのも、申し訳ない。
ならちょうどいい機会だから、家を出ようと思ったわけだ。
俺の独り立ちに協力してくれたのは妹の夫、義弟のトビーだ。
ミシェーラだって最初は大反対して、トビーにも止めてくれるようにと言ってきたらしいが、トビーはそこまで反対はしていなかったし、妹に対して聞き分けがいいだけの男では無かった。そして俺だって自分の決めたことは大概通してきた男だ。
それゆえ家族への説得には大勝利し、俺は実家から少し離れたところで細々、そして穏やかに一人暮らしを始めて、もうしばらくが経とうとしている。
どっかの誰かさんが言っていたけど、星の巡り合わせというのかな、俺の店には俺の力を必要とする人がちゃんと訪れる。
「え、あの、ここどこですか!?」
「いらっしゃいませー」
「誰!?」
まるで無意識に訪れるので、こういう反応が多い。
「ぼくは店主の、です」
「店!?てっきり人の家に入っちゃったのかと思ってビックリした……、よかった〜……」
慌ただしいけど、至極真っ当な部分に安堵する"客"は声色からして男。革靴の底特有の足音がする。
目を瞑った俺が、階段からとことこと降りてくるのを迎えにきてくれたらしい。
「あっ手を、どうぞ」
「ありがとうございます、優しい人」
声の位置、布が擦れた音、気配と風の動き、近ければわずかな温度も感じる。手をそうっとだすと、彼は迎えるようにして俺の手を取った。
俺も彼も素手である。骨格、肌の厚み、体温、指の腹の硬さ、爪の形からでもわかることはわかる。
「優しい手───何に迷ってここへ?」
「え、しいていうなら道ですけど!?」
「そう、帰りたい場所まではきちんと帰れますよ。お茶でもどうですか。応接室は左手のドアを開けたところです」
「へ、あ、はい」
流されやすいのか、逆に肝がすわっているのか、彼は俺をさらりとエスコートして応接室へ連れて行った。
今までのお客さんは、俺が壁伝いに応接室の扉に触れて開けるまで、この店の雰囲気に圧倒されていることが多かったから。
「君……えと、ここには一人で住んでるの?」
俺が明らかに年下に見えるらしい。お客さんはお茶を飲みつつためらいがちに尋ねてくる。
「はい、そうですよ。手伝いの人が色々としにきてくれますので完全に一人というわけじゃありませんが」
「そうなんだ、でも、誰とも一緒に暮らしていないのは……大変じゃない?寂しかったりとか」
「あはは、いや、別に。放って置かれているわけじゃないですから……むしろ家では過保護で───この暮らしも大反対されましたよ」
「そっか……」
店の客である自覚がないようで、彼は俺の心配をして、相談にのろうとまでしていた。それがくすぐったくて、思わず普段なら話さない自分のことを少しだけこぼした。
そして彼は、話しているうちにようやくここが店だということを思い出したらしく、何の店かと聞いてきた。
「占いのお店です。お客さんの悩み事を聞いたり、知りたいことがあれば答えます」
「……占い?もしかして、最近噂になってる""って君?」
「ご存知だったんですね、ありがとうございます」
「───すごく、有名だ。聞かなくても悩みや問題がわかるし、解決法を口にすればたちまちその通りになる……そして、容易くお会いできない人だと」
「容易く会えないのは、その方にぼくが必要ないから。ここは、そういう人しか見つけられないんです。───でもあなたの悩みは、ぼくには答えられません」
「え……?」
目を瞑ったまま、心の眼を開く。
戸惑うような気配に、少し笑う。
昔、こういう人に出会ったことがある。
その人には俺が助けを求めた。その人は自分でどうにかできる人で、だからこそ俺は全てその人に任せたんだった。
優しい手、と思ったのは、きっと彼がその人に似ていた───いや、その人だったからだろう。
「沢田、綱吉さん」
「───」
息を飲む音がした。
next.
主人公の不思議な夢描写するのが結構好きです。コスモな感じが好きです。
ちょっと時間軸が前後しながら書いていて申し訳ないです。前の白蘭視点書く予定になかったもので、実はこれまったく考えなしで書いていて……三種のクロスオーバーなのにね!!!!
つなよっくんは、大人になって落ち着いても、ツッコミはでかい声だと思う。
Nov. 2020