08
(綱吉視点)ずっとなりたくなかった、なるもんかと思っていたマフィアのボスになった。経緯は省略するとしよう。
家庭教師でありフリーのヒットマンであるリボーンは、赤ちゃんだったのが10歳になって、手足が長く伸びさらに暴力的になって、相変わらずオレのそばにいる。といっても、ボンゴレに所属しているというよりは元生徒と先生のよしみ、といったところだろうか。
どういうわけか厄介ごとを持ってきたり、唐突にスパルタ教育が始まったりして、時折オレは信じられないほどヨレヨレになって放り出される。
今日もそういう運の悪さがあって、───それが平和な証拠だと薄々感づいているんだけど、やっぱり認めたくない───おぼつかない足取りで、歩いていた。
無意識に壁に手をついた瞬間、ふっと何かの気配が変わった気がした。見上げれば、そこは門の鉄格子で、力をかけたつもりもないのにゆっくりと開いてしまった。
閉めなきゃ、と思ったはずなのにオレは足を踏み入れていた。
石畳の道を歩き、ドアの前に立つ。ドアノッカーがすぐそばにあるにもかかわらず、視界にそれをいれながらも、オレが手をかけたのはドアノブだった。
たやすく、ドアはあいた。ロックがかかってなかった。
中に入ったことで、温度も匂いも音も何もかも、オレのことを今まで包んでいたものが全て変わった。
「お客さん……?」
少しひらけた玄関は、目の前に階段があった。
上の部屋から出てきたのだろう、少年が立っていて、手すりにつかまりながらゆっくりとした足取りで降りてくる。
足元を一切見ない、けれど、下にオレがいるだろうから少しうつむき気味で。……その瞳は、瞑られたままだった。
彼───はここを店だといった。その時オレは人の家に急に入ってきてしまったわけではないことにどっと安心していた。
とはいえ店だとしても、用もないのに入り込んでお茶をもらってしまったんだけど。
目が見えない様子の少年はオレよりも頭が一つ分くらい小さくて、幼げな顔をしていた。まだ二十歳も超えてないくらいだろうか。
手を差し出すと瞑ったままの目でにっこり微笑んだので、なんだかその雰囲気に飲まれてしまったんだ。
応接室には簡易的なキッチンがあって、お湯を沸かしたり、茶葉を選んだりだとかを、すぐそばで見ることができた。というのも、立場上口にするものを気にしていたからだけではなく、目の見えない少年にお茶を準備させるのがすごくいたたまれなかったから。
「て、手伝うよっ!」
「いいの?ありがとうございます」
はあっさりとオレに応じた。
「お好きな銘柄はありますか?ダージリン、アッサム、アールグレイ……コーヒーもありますよ」
オレは適当に自分の飲める茶葉を選んでいう。すると少年は透明な茶葉の入った瓶を左から順番に指で触れてラベルをそろりと撫でて確かめた。そのラベルには文字がない───否、凹凸で示す字しかない。
選び出した茶葉の瓶を開けて、すっと匂いをかいだ彼は合ってると笑いながら、ティースプーンを差し込んで茶葉を掬う。うち壁で分量をすりきり、そうっと取り出したら、反対の手でティーポットを探して引き寄せる。
指先の感覚を頼りにお茶の準備をする様子を眺めていたら、お湯が沸騰し始めたのでさすがにそこはオレが率先してやらせてもらった。
きっと日々自分で慎重に動くことで慣れているのだろうけど。
「クッキーがね、戸棚にあるんですよ」
ティーポットの蓋を閉めたところで、は隣で両手を挙げた。ちょうど戸棚の蓋に手のかかるくらいの高さだけど、棚の中に手を差し入れる余裕はなさそうだ。
「あ、これかな」
「これです」
キッチンペーパーとレースの布に包まれたものを先につかみ出して開くと、はすうっと匂いをかいでふっと笑った。仔犬みたいにかわいい。
お茶の準備をととのえて、クッキーも持ってようやく席に着く。
「何から何まで、お客さんにお手伝いさせてすみません」
「いや、急にきてしまったのに、もてなしをありがとう……それに、なんだか楽しかったよ」
オレは素直にそう答えた。
一緒にお茶の準備をしただけ……。普段なら面倒だなと思うし人にやってもらうことが多いのに、わくわくしたと同時に胸がほっとしたんだ。の心の温かさと豊かさが身にしみた、というか。疲れた心と体を紅茶が癒してくれる。
ふと思い立ち、にいつもこういうことを一人でしているのかと聞くと、なんてことないように頷かれた。けれど元は家族と暮らしていたそうで、自分で望んでこの暮らしをしているといった。
そうじゃなければ、たくさんの茶葉を、あんな風に鼻歌交じりに取り出さないか。またオレはほっとした。
お茶を飲んで談笑しているうちに、ここには初めて、偶然、意図もなくやってきてしまった人の家───兼、店───であることを思い出した。
一緒にお茶の準備をして穏やかに話し込んでいたから、すっかり忘れてた。
「そういえば、お店だっていってたよね、ここは何のお店?」
せめて何か買い物くらいしていったり、お茶代を出させてもらおうと思った。
「占いのお店です。お客さんの悩み事を聞いたり、知りたいことがあれば答えます」
の答えに、オレは思い当たった。
凄腕の占い師が近頃有名になっていた。その人は確かいつも""と名乗る。けれどその正体も不明で、占ってもらうのも難しいと聞く。占いは噂によるとほぼ100%当たる。探し物でも、心配事でも、憂いでも、に話せば良い───そう言われていた。
は、オレの聞きかじった評価や情報に、くすぐったそうに笑った。
「ここは、そういう人しか見つけられないんです」
一瞬、どういう仕組みなのだろうと考えていたけど、はさらに言葉を続けた。
「───でもあなたの悩みは、ぼくには答えられません……沢田、綱吉さん」
え、と口を開いていたオレは、言い当てられた名前に息を飲んだ。
「な、んで……オレの名前を?」
目蓋の奥を見て、問いただしたいくらいにはオレも焦った。
そのくらい、ここにきたのは本当に偶然だったし、わずかな時間しか経っていない。当然名前に関することは一切口にだしてない。
「知っていたから、としか。……沢田さんの悩みは、自分で解決ができること。あなたが、大丈夫って思ったら、きっと絶対大丈夫」
「はあ……」
はけろっとした様子だ。
占いって人の名前がわかるもんなの!?と大声で言いたかったけど、年齢的にそこまで素直に口に出せなかった。
なるほど、これは有名にもなるわけだ。……だから、その身柄を、ありとあらゆるものが手に入れようと狙っていた。うちではあまり未来の選択を卜部に頼りきることはないし、無理に手に入れようとは思っていなかったけれど、その他の人間がそうではないことくらい、さすがにわかる。
「……悩み事が増えました?」
「うん」
目の前にいる子供のことを、色んなマフィアが狙ってて自分のファミリー専属の占い師にしようとしてると、知ってしまったからだ。正直マフィアだけじゃない、政界や財閥みたいな大きくて深いものから、巷に転がってるような程度の低い奴らまで───そのくらい、占い師の噂は囁かれていた。
「あの、う、うちに来ない!?君のこと……守るから!」
「───、っ、ふ……」
ぱちり、と目を見開いた。彼の眼窩は星のない、どこまでも広がる宇宙のようだった。
けれどその窓はきゅうとすぼめられ、大きな笑い声がオレを打ちのめす。
あはははっと大きな口を開けて笑った。オレは自分の言ったことも恥ずかしかったけれど、さっきまでちょこんと座って大人しくしていた不思議な少年が、年相応に笑っていることに驚いたし、嬉しかった。
「ご、ごめん急に……その、でも、君のことは色んなやつらが狙ってるんだ……!」
「ん、ん、知ってますよ」
笑い声を抑えようとしているらしく、声を震わせた。
「でもそんな人ここには来られませんから」
「何その自信!?」
オレはさすがに突っ込みの声をあげた。
いくら強い占いの力をもっていたとして、刺客や誘拐が100%来ないとは言い切れない。ましてや盲目の子供一人だ。
予知能力を持つアリアさんだって、たまに一人で動くとはいえ護衛はいるし、能力をもってしても狙いを全てかわすことはできない。マフィアのボスという立場もあるのだろうけど、きちんと危険性を理解しリスクを減らすためだった。
「オレのこと信用ならないかもしれないけど───」
「いえ、そういうわけじゃないんです」
「……うん。でも、心配なんだ。……昔、一人で決めて、一人で……消えた人がいた」
「そうですか」
はティーカップをソーサーに置いた。
「その人にぼくが似ていますか?」
「いや───、ただ、もうあんな風に人がいなくなるなんて嫌なんだ」
オレはを思い出しながら、をみつめた。実のところもう誰も、の容姿を思い出せなくなっていた。
会えばわかると思っているけれど、それも自信がない。
この世にいるかどうかも確信が持てないままで、ずっと過ごして来た。諦めたわけじゃないけど、不安はある。
「今日会ったばかりの占い師でもですか」
「そうだよ。たまたま家を見つけて入ってしまって、お茶を一杯飲んだだけ……だけどオレ、君と仲良くなりたいと思った」
と過ごしたのはわずかな時間だけど、だってそうだ。
いつのまにかが消えてしまったり、誰かに囚われてしまっていたら、オレはすごく苦しい。
「───運命かな」
「うん……めい……?」
「占い師としての"俺"が住むこの家に、占い師を必要としない強い命運を持った沢田さんが来てくれたこと」
は立ち上がり、テーブルに片足をなぞらせて歩く。
オレも思わず立ち上がり、彼に手を伸ばした。
そして同じようなタイミングで手が伸びて来た。
彼は見えないし、オレが合わせた訳でもないのに、とても自然に手と手がふれあい繋がれる。
「俺と友達になりませんか?占い師としてじゃなく」
「なろう!……友達に」
───今度こそ。と、なぜだか、オレは思った。
next.
レオくんの故郷もツナの勤務先も白蘭の居場所もまったく想像つかね〜〜〜〜よし、謎時空に主人公の家があるということで。ほりっくかて。いやホリックのお店は一応決まった場所にあったか……。
この話はいろんなクランプの世界観を引用しています()
これから先、主人公がどの国に住んでるのかは本当に気にしない方向でいこうと思います、ご協力願いします。マフィアたちはころころ居場所変えてそうだから考えなくていいよね^^
日本とHLではないことは固定。
Nov. 2020