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(レオナルド視点)ケルベロスはカードを集めるにあたって頭の中に呪文が浮かんでこない、鍵が出せない、という。
よくわからないけど、誰も主候補とはならないんだと思う。
ところが、おかしな事件はこのHLで次々と起こった。
カードの気配だけはわかるらしくて、ケルベロスの言う通り喧騒の中へ行けば普段目にする騒ぎとはまた違った現象が起きていた。
例えば異形とか犯罪者が暴れてる……とかではなくて、木がうねり天高くそびえ立っていたり、噴水の水が暴れまわっていたりという超常現象。
育ち続ける木は、空を目指して際限なく伸びていく。女性の寂しそうな横顔を垣間見た気がして、それをケルベロスに伝えるとウッドだと教えられる。
クラウスさんがその木にふれて、慰めるように撫でた。そして真摯に、どうか本に戻って欲しいと言葉をかければ伸びゆく木は次第に縮まり、一枚のカードとなって開いた本の中に戻っていった。
噴水で暴れていたのはその名の通り、ウォーティーのカード。少し攻撃的な性格らしくて、暴れていたところに居合わせたスティーブンさんが凍らせて動きを封じた。
言葉が届くのかどうかわからなかったけど、僕は本を開いておずおずと近寄った。
氷はパキパキと崩れてゆき、気の強そうな顔つきの魚の尾をつけた女の子の氷像はカードとなって本の中へ入っていった。
あとは───チェインさんが花まみれになって女の人に両手を取られてくるくるまわったり、K・Kさんが逃げまわる黒い影を弾丸で縫い止めたり、大きな鳥みたいなのをツェッドさんが捕まえたり、操られて剣を振るう一般人の相手をザップさんがなんとか命を奪わずに止めたり───時には大事になりそうではあったけど、なんとか犠牲者は出さずにカードを集めた。
「普通なら、カードは捕まえた者のモンになる。名前を書いて封じるんや。……でもこの本はカードを抑える力を残しとる。封印の鍵がなくてもええようにな」
少しずつ集まってきたカードが再び動き回らないのは、ケルベロス曰くそういう理由らしい。
この日はサンダーとジャンプが大暴れして、ザップさんとツェッドさんと僕で大奮闘しながら捕まえたので事務所のソファで疲労により死んでいた。
テーブルの上においた本を囲い、ギルベルトさんが用意してくれたコーヒーと軽食でなんとか気力を取り戻す。
ケルベロスは小さな体躯に見合わず食いしん坊で、自分の顔より大きく切り分けたパウンドケーキをぺろりと食べきった。あのちんまい体のどこに入ってるんだろう……。
「この本自体がきちんと抑止力を持ってるんですね」
「じゃあなんでこの中にいなかったんだよ」
「新たな持ち主を待つために散らばっている、といっていたじゃありませんか。そもそも最初から封印されていなかったんでしょう」
「そーだっけ?」
「結局これ、誰のってことになるんスかね」
「───誰にもならないだろうな。……とはいえ、集めなければならない。集めたら厳重に封印して、ついでに研究できれば良いんだが」
へろへろの3人でケルベロスを見ていると、スティーブンさんがソファの後ろから手をついて僕らを見下ろした。正確には、テーブルに置いてあるカードとケルベロスを、か。
スティーブンさんの言う方針はわかるけど……なんかそれ、達成感がない。カードをコンプリートするって、もっとこう、さあ。
「なんのために集めてんだかわかんねー……」
「災いをもたらすと言われるカードだからね、その災いが起こらないようにするためだ」
口をへの字に結んだスティーブンさんも、あまりやりがいと言うものは感じないんだろう。
ザップさんは大抵やる気ないけど。
「その災いというのは、何なんでしょうか?」
ツェッドさんの言葉に、視線がケルベロスに再び集まる。僕のパウンドケーキに大口開けて齧り付こうとしているところだったので慌てて奪い取った。
「あー!なんや食わんと思ったのにー!!!……ぉほん、災いっちゅーのはなあ」
この後続けられた言葉にみんなは絶句した。
「一番好きな人の記憶が消えるんや」
それは、拍子抜けしつつも、じわじわと恐怖心の煽られる答えだ。
カードたちは、カードを封印した持ち主を一番好きになる。そのカードの正式な主になれないということは、カードがとても悲しむ。───だから、カードとカードに関わった人全てから、一番好きな人の記憶が消えるという。
ただしそれはクロウ・リードのルールで、今現在作り変えられたカードであることや、持ち主の選定もしてない段階でどこまでそれが適用されるのかもわからないということだった。
「せやから、カード全部集めて、月が現れたらわかることもあるかもしれへん」
「その月ってのはなんだ?どこいんだよ」
「月はもう一人の守護者や。『最後の審判』ゆうて、カードの持ち主になるにはあいつに認められないとあかん。自分では魔力を摂取できひんから、きっと魔力の強い人のそばにおるはずなんやけど───」
この中で魔力らしきものが確認されたのは僕くらいで、それ以外はケルベロス曰く魔力とは違うってことだ。
多分僕にあるとされる魔力はきっと神々の眼球が原因だと思うので、結局僕らの近くにはいないってことだろう。
とはいえ、魔術を使うやばいやつはHLにもわんさかいるので、そのどこかしらかで息を潜めているのではないかと言われている。
「もしかして今ケルベロスさんが前の主のことを思い出せないのは、その災いが起こったということでは?」
「その線が強いな」
ツェッドさんとスティーブンさんの思い当たったことに、僕たちは一瞬納得しかけた。
「ちゃう。仮にそうやったらカード作り替えられたりもせえへん。それに、クロウは───そうや……!」
でもその推理をケルベロスがすぐに否定した。
「クロウは死ぬ前にわいらの記憶を少しだけ消した。それと同じようにまた……今度はわいらの記憶から主の全てを消したんや」
「全部……ですか?そこまでしなければならないことがあったと?」
「思いだした……きっと生まれ変わるからや」
「生まれ変わりぃ?純愛ドラマじゃあるめーし……」
「そもそも前の選定の時、クロウ・リードは一度生まれ変わって、わいらの前に姿を現しとる」
「は……?」
ケルベロスは、記憶を思い起こそうと顔を歪めた。
「きっと───わいらに、探されないためなんやな。前の主を、大好きやった……。せやから今度主が生まれ変わっても探すことができんように、記憶を消されたんや」
そんなことを、思い出せないまま、思い知るというのはどれだけ胸が痛いんだろう。
いや、傷つくこともできないでいるんだ。
そして彼らは、このまま誰も一番大好きな人を作らずに、本の中で眠るしかないということが誰の耳にも明らかだった。
next.
カード集めの経緯はざっくりやで……!
Sep. 2023