13
(主人公視点)晩年のエリオルと、最後に会った時の夢を見た。
「君には少し、悪いことをしたなと思っているんだ」
「ああ、可愛い杖をつくったこと?」
「わたしが、こうして生まれ変わってもう一度ケルベロスと月の前に現れてしまったことだよ」
「えー……」
そっちかよ。いやそれ、謝ることじゃないだろ。
「君と私は違うから、同じようにする必要はない」
エリオルは目尻に深い皺を携えて笑う。
それから悲しげに眉をひそめて、気遣うように俺を見た。
「私がカードと守護者を遺していったのは、素敵な未来が見えたから。君が良いと、私が思った」
俺と、俺の死後のカードたちを心配して言ってることはわかった。
でも俺はもう来世のために記憶を消す算段をたてていた。
「俺もカードたちにはまた幸せになってほしいなって思うよ」
そう、とエリオルが含み笑いをして相槌をうつ。
嘘じゃないよ、本心だよ。
「でも、次にカードの持ち主たり得る人が現れるかも稀なことだ。生半可な魔力ではカードは従わない……君が現れたのはとても幸運なことだった」
「だから、俺も生まれ変わってきちんとカードのことを見届けるよ」
「ふふ、今度は選定も審判も君がやるのかな?」
「さあ?カードたちが誰を好きになるかは、本当にはわからない」
いたずらっぽい笑顔に、俺も笑って返す。
来世の楽しみの一つにとっておくんだ、というのは俺たちにしかわからない楽しみ方かもしれない。
最後にエリオルに、カードとケルベロス、そして月を俺にくれた礼と、今生の別れを告げた。
目を覚ましたら相変わらずの暗闇だけど、キッチンから音がしたり、甘く香ばしい匂いがしてきたりで、朝を知る。
最近では特に、アラームなんかよりもこういう目覚めの方が多くなった。
「あ、おきてた。おはよう」
「おはよう」
ノックに声を返せば、ドアが開き雪兎さんの声がする。昨晩泊まって行ったので、朝ご飯を作ってくれたんだろう。
「少し寝坊したかな」
「ううん、いつも通りだよ。僕が今朝、早く起きただけ」
「そっか」
「朝食、ホットケーキを作ったんだけど、部屋に運ぼうか?」
「やった。一緒に食べよう」
「うんっ」
雪兎さんの弾む声がして、嬉しそうだと分かる。
ベッドから足を下ろしていると、歩いてくる足音がして、人の気配が傍に立った。そして布が擦れる音や、僅かに漏れる声から、手を差し出される風の動きを感じた。
「随分慣れたよね、介助に」
「そう?なら、嬉しいな」
「───留学は、いつまでだったかな」
「ぇ……」
階段を下りていく途中でそう話しかければ、途端に雪兎さんの雰囲気が暗く萎む。
そんなにおかしなことを聞いたつもりはなかったが。
───だってもうすぐ、カードが本の中に全て集結される。
そうなった時、月は本のもとへ行かなければならないはずだ。
というかそもそも、カードが集まり始めた頃には引き寄せられていくと思っていた。それを振り切ってまで俺の傍にいるというのは正直驚いている。
「僕の留学は残り僅かだけど、こっちで就職するためにまた戻ってこようと思ってるんだ」
「へえ、そうなんだ」
急に饒舌になったのは、おそらくその意志に記憶の補完が入ったからだ。
再び、階段を下りていくように動きだした。俺はその手に引かれて最後、胸の中に抱きしめられる。
「ゆ、」
「だからくん、僕は───」
思わず背中に手を回して感情を読み取ろうとしたが、せつない声が十分その想いを語っていた。
ところがその声が急に止み、空気が一変する。
目に見えないまでも、俺は周囲の様子が変わったことを理解した。
「あ……」
探るように思考を巡らせば、俺には遠く離れた土地で起きている、兄そしてカードの出来事がわかった。カードが残り『二枚』となり、力を行使したのだ。
雪兎さんも一瞬力を失ったかのようによろめいたので抱きすくめたが、やがて俺の肩を掴んで自立するようになる。
ふいに長い髪が零れ落ちてきて、月へと姿を変えたのが分かった。
「───時が、」
「来たみたいだね」
月の言葉に続けて俺が言うと、その身体がわずかに跳ねる。
「おまえはいったい───いや、問うのはよそう」
月は俺に一度だけ頭をすりよせた。
その仕草は、なんだか昔の彼が、昔の俺にするときと、とてもよく似ている。
「役目があるんだろう、果たしておいで」
「ああ…………。念のためいうが、ここは家の中ではなく闇に包まれている。だからひとりであちこち動き回るな───すぐに帰ってくる」
雪兎さんを通してずっと俺の傍に居た月だから、きっと心配してくれているんだろう。
どちらにせよ俺の目には周囲は暗闇だから、なんら不都合もないわけだが、それを言ったら怒り出しそうなので手を振ってこたえた。
何か言いたげな息づかいを感じるが、ため息一つと共に月は去っていく。
───さて、と俺はその場で腕を組み、独り言ちた。
「懐かしい夢を見たのは、この前触れだったわけだな」
あれは正確に言うと俺の記憶ではなくて、かつて起きた出来事の情報を受け取ったようなもの。
なんだったら、エリオルが忠告か揶揄をしてきたようにすら感じて笑ってしまう。
古い友の、古い記憶に、胸がくすぐられるようだった。
一歩下がれば階段の段差があるだろうに、そこには何もない。
否、『闇』が『存在』している。
「俺も役目を果たす時が来た」
next.
長年のよき友になってるエリオルと主人公を書きたかった……。わるだくみ(?)してくれえ~。
ケロちゃんがケルベロスに呼び方が代わっているのは、『大人』になったからで、主人公の記憶だか自我もより前に近いものになっている感じ。
Sep. 2023