Universe.


14

(レオナルド視点)
残るカードは二枚か、と事務所で話をしていたところで突如視界が暗闇に閉ざされた。
かろうじて声が聞きとれたのはケルベロスの低くなった声だけ。
ちなみに、つい先日ちっこいぬいぐるみから、大きくてしなやかなライオンみたいな形に変化して、見慣れない姿になったけど、今はその姿も見えない。

ケルベロスは、魔力のない人間はすぐにこの闇にのまれて意識を失うと言った。そして僕が起きていられるのは魔力があるからだと。
それは目のせいだというのに、この闇は物理的にも空間的にも闇が支配している。たとえどんなものでも見る神の御業と讃えられた目を持ってしても、あらゆるものを『無』にする。
それほどに、この闇が強大だという事がわかって、ゾッとする。
「───震えているな。こわいのか」
「!!」
ふいに、耳元で声がした。
高くて柔らかい、だけど冷たい声だった。
「おまえ……月、か?」
「久しいな、ケルベロス」
物音も姿もないので僕にはわからないけど、ケルベロスとの会話からしてもう一人の守護者であり、カードの持ち主を最終的に決める者だ。
「まだカードは全てあつまっとらんのに、なぜおまえが姿を現したんや?ダークかて力が強うなる!」
「わからない、本に呼ばれた。だが、これが……?」
「最後のカードがレオに試練を与えたんなら、暫定的にレオが主っちゅうことになるかもしれん───レオはどう思う」
会って早々言い合う二人に完全に空気になっていた僕だけど、突然名前を上げられてびくりと震える。
「えっ、ぼ、僕は無理だって……貴重なカードなんだろ!?集められたのだってみんなと一緒にやったことだし!」
しどろもどろに言い訳をすると、ため息がかえってきた。おそらくそれは、月と言う人の。
「ケルベロス、選定者としての目が曇ったのか?たしかに魔力はあるようだがこれはこの者の魔力ではない───どこで手に入れたものだ」
「え!?たぶん、それはこの目が埋め込まれた時に……!」
「神々の義眼の術式が放つ魔力やない、そんくらいわかる。…………レオにあるんはもっとあったかい魔法や」
そう言われて初めて自分の身体を意識する。
僕には『目』以外に特別なものはなくて、それこそ魔法や魔力なんてありはしない。
だけど不意に、思ってしまった。
「ま、……魔法───なら、かけてもらったことがある……」
途方もない暗闇の中で、自分の身体だけが目に見える。
それは僕自身が闇にのまれていない証拠で。
僕を護る、立ち上がらせてくれる、大切な魔法だ。

が僕に光をくれたんだ……」

突然僕の身体からオレンジ色の光が放たれた。いつか見た、の炎の色、そして懐かしいの瞳の色だ。
広がる光が次第に女性の形となって、僕から出てきた。
「え、え……!?」
「わたしはライト。あなたの心にずっといたの」
そう名乗った女の人、ライトは輝かしい笑顔を浮かべて強く発光した。

「よかった、あなたが魔法に気づいてくれて───あとはダークだけ」
「え……?」

光が広がり事務所の中を照らし出す。
すると、ケルベロスや、月らしき人の姿───それから、ライブラのメンバーも目を凝らすようにして僕たちを見ていた。

ライトという美女の姿にはしゃぐ約一名はさておき、ケルベロスは月がもう一人の守護者であること、そして最後の二枚のうち対となるライトが姿を現したことを周囲に話した。
「ライトは、ダークと一緒に封印せなあかん」
「そうだ。まだ、終わってない」
ケルベロスと月がふいにバルコニーの方へ視線をやり、僕らは釣られて外を見て驚愕した。


皆でバルコニーに出て外を見る。そこは夜になったというわけではなく、闇に世界が閉ざされたまま。外にある建物はおろか地上も見えなくて、僕たちのいる事務所とバルコニーの一画だけが切り取られたようにこの闇の中に浮かんでいた。
空があるはずのそこには星や月のひとつも無くて途方もなく暗い───いや、白い一粒の何かが目に入った。
「あれ、星じゃない?」
「どこだよ」
チェインさんも同じく気が付いたらしく指さして、ザップさんが同じ方向を見る。
「あ、ひとつだけ光ってる……───え、人?」
ツェッドさんが気づいたような声を上げたため、ざわめく周囲の声が突如止まった。
ぽつりと光る星は、闇の中を歩いてくる人だったのだ。
まるで道があるかのように平然と、よどみなく歩くその姿は優雅にこちらにやってくる。
身体は青白い布にすっぽりと包まれていてフォルムはわからないけど、歩くたびに柔らかく揺らめいていた。
顔はフードでよく見えなくて、バルコニーの手すりのところに足をかけたとき、───つまずいて倒れ込んできたのを受け止めたとき、露わになった。
「ほえ"っ!」
「うわ、っと、……ええぇぇ!??」
「うう、何かにつまずいたあ、レオ〜〜」
まるでただ家の中で転んだかのように、僕の腕の中で身を捩る───僕の弟。


「「どうしてここにいるんだ!!」」


僕と声が重なったのは、不思議なことに月だった。
え、と互いの顔を見合うと先に月が目を逸らす。
「そういえば兄弟だったな……」
独り言ちる様子からして、月は僕とのことを知っているらしい。
そして訳が分からないでいる僕より先に、月がの手を引っ張って立たせる。え……なんだよそれ、兄ちゃん寂しい。
「……わたしは普段人の姿をとって生活している───その時の雇い主がだ。最後のカード、ダークが世界を闇に変えた時も自我を保っていたから、動くなと言い含めたはずだが」
「周囲が真っ暗って言われてもなあ。元々、これがこれなもんで」
「だからってここまで歩いてこられるモンじゃねえだろ……」
そこで意外にもまともな突っ込みを入れたのはザップさんである。
確かににとってはいつだって暗闇だろうけど、途方もない距離を歩いてきたはずだ。
「今この世界は闇が支配している。だから距離なんて関係ないよ」
にこり、と目を瞑ったまま微笑むのはいつもの弟の顔で、僕の目には何もおかしなことはないはずなのに、どうしてだか少しだけ『知らない人』に見えた。
「あー、。君は、何か知っているな?……いったい君は何者なんだ?」
「知ってるといえば知っている、そして・ウォッチ以外の何者ではない」
スティーブンさんは先ほどから、に近づかない。だが、遠すぎない距離で僕らを見ている。
敵対というよりは、ただ警戒しているだけだろう。でも、その雰囲気がどうしても落ち着かなくて、をその背に隠すようにスティーブンさんの前に立つ。
「ま、待ってください!は多分魔力ってやつがあるんです!!占いとかも得意で……だからカードのことも知ってたんだろ?」
「魔力───そうや、強い魔力の気配がする」
ライブラの皆は僕らを囲うように事務所を背にしていて、僕らは彼らと対峙している。
そこへケルベロスがスティーブンさんとクラウスさんの間から歩み出てきた。
はゆっくりと身体を屈め、ケルベロスはその首元へと近づいていく。互いの匂いや温度を確かめ合うみたいな距離感だ。
「太陽の匂いがする」
「あんたは、ホットケーキの匂いや……」
「ふふ、食べ損ねてきたのに、よくわかったね」
そのやり取りがあまりにも自然で、それでいて、不思議。
月はなおも、のそばから離れようとはしないし、ケルベロスだってすっかりの足元に位置を定めた。

「カードの最後の一枚は俺が持っている───"ダーク"」

ふいに、片方の腕を掲げたの袖がひらりと翻った。
そして袖の中からいっとう濃い闇が出てきて、次第にそれはライトみたいに女の人の姿をとった。
「ああ……やっとわたしを呼んでくれたのね」
うっとりと微笑む美しい女性は、にすり寄った。
「ライトと離れ離れにしてしまって悪かった」
「いいの。あなたが信じて託した相手なら」
親し気な二人の会話から僕は、ライトも元はが持っていたことに気づいた。
そしてきっと、何かの折に、ライトを僕に託した。
それは脳裏に何度も描いた、あの時のような気がするけど、僕は何も聞かないことにする。
「───これでカードが集まったわけだけど、カードの主になる者は選ぶのかな?ケルベロス」
「っ、……いいや、選ばれへん」
「最後の審判は?月」
「!……わたしは帰ると言ったはずだ、お前の元へ」
守護者は名を呼ばれると、びくりと身体を跳ねさせた。
月の言葉はちょっと聞き捨てならないけど、はその時ばかりはいつもの雰囲気で小さく笑った。
僕やミシェーラに、仕方ないなあって言う時みたいにやさしい。

「二人の答えはよくわかりました。───これよりカードを創った木之本に代わって・ウォッチがカードへその行く末を問う」

途端、はがらりと空気を変えて、凛とした声を出した。

ギルベルトさんの手から本が浮かび、の元へ飛んでいく。そして、カードが勝手に飛び出して、のまわりを廻った。
本の中にいる間は残された魔力によって封じられ、かろうじてカードを捕獲した人物のいう事を聞く程度のはずなのに。
それに、未だカードに戻っていないダークとライト、そしてケルベロスと月が、の足元に跪いて頭を垂れる。

……いったい、何がどうなってるんだよっ!?」
「それが、俺の役目だから」

異様な光景に僕が絞り出すようにして声を上げたのに対して、は平然とした声でそう言った



next.

最後はダークとライトが良いと思ってやりました。そしてレオが主人公に光の魔法をもらったって気づく話が書きたかった。
目のやりとりはあくまできっかけで、もっと根本的に気持ちをもらったという意味でもあるし、それは主人公からだけじゃなく色々な人の気持ちを背負って立つレオには光を持つ素質があったわけでウンヌン。
Sep. 2023

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