02
モデルをした雑誌を貰ったのは二ヶ月くらい経ってからで、幸か不幸か、ワンカットだけ大きめに使われた。大輝のお母さんも雑誌を買ってきてくれたらしく、朝学校に行く前に声を掛けられた。「くん凄く可愛かったよー!うちにも娘がいればなあ〜」
「娘じゃないし!」
「早く行こーぜ、」
結局撮影が終わっても俺が男の子だという訂正もされなかったし、両親も、大輝のお母さんも、俺が女装してモデルをやったことに何の突っ込みも無い。大輝だけはギャハハって笑ってたけど、むしろそれが嬉しくてほっとした。
朝も、大輝が興味なさそうに急かすから、大輝のお母さんに碌に反論できないまま学校に行ってしまった。
———それからだ。お母さん二人がこぞって俺に女の子の服を用意するようになったのは。
やっぱり俺は女装する運命なんじゃね?と遠い目をしていたのは最初だけで、慣れてからはもう当然のごとく受け入れつつあった。大輝だってもう俺の女装をみて笑うどころかいつもの事みたいな顔して耳ほじって「おー」しか言わなくなった。日曜日のお父さんみたいにてきとう。
学校であからさまにスカートなんて履かないし、大輝と一緒にザリガニ釣りいくし、自分の事も俺って言ってるし、男子トイレ入ってるし、髪の毛が少し長いこと以外は特に問題もなかった。
中学の入学式一週間前に制服も届いて、一回写真撮りたいねーなんて話してたら、お母さんが制服の箱の中からとんでもない物を取り出した。……スカートである。
「おい」
「これ着てお母さんと写真撮ろうね?」
「おい」
「あ、大ちゃんとも撮ってね!」
さすがにそろそろ髪の毛切ろうとか、女装は終わりだなーなんて思ってたけど。両親揃って俺がスカート履くことに異論がなくて、俺のゆるっゆるな決意はぷっつんした。やってやる!やってやろうじゃん!
スラックスとネクタイもあったけど、俺は入学式にもリボンとスカートで出席してやった。学校かお母さんがマジで止めに入って来るまでやってやろう。チキンレースじゃ!
大輝はさすがに女子制服で迎えに来た時一瞬びっくりしてたけど、ここ数年で俺の性別が分からなくなったようで、「ん?おお、あー」みたいに一人で完結させていた。お前馬鹿じゃねーの。
お互いの両親も何もいわねえ。似合うって笑顔で言う前に止めろ。
一方、入学式はというと、すぐに性別を確認されるわけでもなく、俺があまりに普通の女子で、堂々としていた所為で何のお咎めも無し。クラスも男女混合の出席番号順で座っていたし、担任の持っている名簿にはいちいち性別は書いてなかったのか、それとも名簿の方が間違いだと思って後で確認する為にその場で何も言わなかったのか、最初のホームルームは恙無く終了した。
ちなみに、下の名前は男の名前なんだけど、世の中色々あるから、俺が自己紹介の時にわざわざ「モモって呼んでくださいネ!(きゃるん)」って言えば、女の子なのにそう言う名前つけられちゃった感が出た。
まあ、さすがに呼び出しはあったんだけど、入学して一週間が経った週明けのことだった。朝のホームルームが終った後、昼休みに職員室に来なさいって言われた。やっとかー。
住所とか名前とかの確認書類を提出したのが金曜日だったもんなー。ちゃんと性別男のまま出したもんなー。
「あまりにも違和感がないんで、わからなかったんだが」
「アリガトウゴザイマス」
担任の鈴木先生と、学年主任の畠中先生に連れられて指導室で面談をする。
「桃井はその……女の子になりたいのか?」
「———どうなんでしょう、なんかよくわからなくて」
「?」
鈴木先生は首を傾げる。
「昔からこっちの格好を強要されてて」
先生は二人そろって少しはっとする。
あ、別に虐待とかじゃないです。
「制服も、スカートまで買われてたんで、もうやってやろうかなーみたいな。目が覚めるまで、貫いてみようかと」
目を覚まさせてくれることを期待しつつダラダラ喋っていたら、先生はちょっと目頭を抑えていた。あーどうしようみたいな?疲れちゃった?俺も俺もー。
「……わかった、特例として認められるように理事長に許可をとってこよう」
「え?」
「桃井は成績も素行も良いから、悪いようにはされないよ」
「え、ちが……」
「大丈夫。だけど桃井も、親御さんとちゃんと話し合いなさい」
先生が話すのは理事長じゃなくてうちの親!!!
なに?東京は寛大なの?理解あるの?たしかに髪色自由だし、スカート短いし、ピアスしてるヤツも居るし、なんか……こう、二次元っぽい学校だけども。ここ、ちゅうがっこうだぜ?
「もう行きなさい」
暖かい眼差しと声色で、畠中先生に促されて「ふぇい」と返事にならない返事をして指導室から出て行った。
教室に戻ったら大輝が俺の席に座ってパン食べてるし、クラスメイトは俺が呼び出されていたことなんて知らないまま各々昼休みを満喫している。……平和だなあ。
「どこ行ってたんだよ」
「あー、先生に呼ばれてて」
「ふーん」
ふーんって、それだけか。
大輝も可哀相にこれが当たり前になっちゃったから、俺が女装してることが変だという認識はないのかもしれない。
誰も居ない隣の席から椅子だけ借りて、自分のご飯を食べながら、大輝と他愛ない話をして昼休みが終わった。
俺のもにょもにょした女子中学生生活は、まだ始まったばかりである。
next.
トントン拍子ですね。今回はさほど深刻じゃないっていうか……前回もだけど彼の女装はほぼ自棄と暴走だと思ってください。
June 2015