V sign.


05

テツくんはあれから一軍になったらしく、大輝はますます楽しそうにしていた。
すっかり一緒には帰らなくなったけど、俺たちは家も近いし、バスケの試合中継を録画するのは俺なので、夜はよくうちのリビングで試合観戦する。灰崎くんがしょっちゅうサボるとか、キャプテンはこえーとか、この間の緑間くんは魔女っ娘ステッキを持っていたとか、そう言う話題もテレビをみながらぽつぽつ出て来る。
ちなみに緑間くんのそれは俺も見かけて笑った覚えがある。二人で思い出し笑いしてシュート場面を見逃して早戻しをかけた。


ある日の放課後、委員会が終わった俺のもとにお母さんから連絡が入った。なんでも、大輝んちのおばさんと二人で出かけてたんだけど、トラブルがあって帰るのが夕飯に間に合いそうにないんだとか。トラブルっつっても、お母さんたちに直接被害があるわけじゃなくて、遅延らしい。お父さんたちにも外で食べてくるように言ったから、俺たちもそうしろって言ってる。
お母さんに了解って返事をしてから少し時間をつぶして、部活終了時間にあわせて体育館に顔を出した。
出入口の傍に居た灰崎くんが俺を見て「よお、モモちゃん」とガラの悪い顔して笑う。
「おっすおっすー、大輝いる?」
「あっち」
「呼んでくんねーのかよ」
「お前結構ガラわりぃよな」
「これ以上可愛くなったら有罪だろうが」
そしてお前に言われたくねーよって話です。
ブハッと灰崎くんが笑ったのを尻目に、わりと大きな声で大輝を呼んだ。
ドスドス歩いて来る大輝の横に水色の髪の毛が見えて、ようやくこの体育館内にテツくんも居たことを理解した。正直居ないと思ってたよ俺は。妖精さんなのかな?テツくんは。
「おう、なんだ?」
「今日お母さんもおばさんも帰るの遅いから晩ご飯外で食べてって。一緒に帰ろ」
「あーわかった。テツとの自主練の後でいいよな」
「おっけー。テツくんも良かったら一緒にどう?」
「いいんですか?」
「うんうん、イイヨー」
ちょっと吃驚した顔のテツくんににこにこ笑う。
「なんだよモモちゃんオレへの対応と随分ちげぇな」
「人徳かな〜」
「あ"ぁ"!?」
「ふぇ〜怒ったらやだよぅ」
灰崎くんの、肩を組んできた腕を持ち上げながら笑うと凄まれたので、大輝を引っ張ってきて後ろに隠れた。
「ダイキ、後ろに隠したクソアマを出せ」
「クソアマじゃないので出ていけないわ〜」
「完っ全におちょくってんな!?」
ヒョコっと顔を出したらアイアンクローをかけられた。
「うぎぃいぃいぃ」
「は、灰崎くん!女性に乱暴は」
テツくんが止めに入ってくれるけど指の力は弱まらない。くっ、さすがバスケ部!
「いーんだよコイツ女じゃねーから」
「こわれちゃうよぉ〜」
「灰崎良い加減にしとけ、も煽んな」
灰崎くんは隣のクラスで体育が合同になるから、俺が男子の体育に出てる事も知ってる。ヤツはよくサボってるけど。
『何故か男子の体育に出てる女子』だと皆は認識してるところ、灰崎くんは半年ぐらいしたころに「お前男?」って聞いて来たので普通に肯定した。赤司くんに次ぐ挑戦者二号、ぱんぱかぱーんって笑った後一緒にラーメン行った。ラーメン行きながら性別反抗期になった所以を愚痴ったら、面白そうだからバラさないでおくっていう方向になって、灰崎くんは俺の事を率先してモモちゃんって呼ぶ。楽しんでやがる。まあいいかなって俺も思ってるけど。
「何をやってるんだ……」
大輝の言葉をきっかけにアイアンクローが外れたと思ったら赤司くんから声がかかった。
緑間くんも近くに居て、心底呆れたような眼差しを向けて来る。
「邪魔してごめんなさーい……」
尻すぼみ気味に謝ると、赤司くんは苦笑する。
「いや、もう部活は終了してるから邪魔ではないよ。ただし、問題は起こさないでくれ」
「それは灰崎くんの握力と相談だ!」
あははっと笑い飛ばしてる間に灰崎くんは赤司くんから逃げた。姿が無いぞ、あの野郎!
すたこらさっさと帰って行ったようです。
「それで、桃井はどうしてここに?」
「ん?大輝とテツくんに晩ご飯行こうってお誘い」
「へえ」
「寄り道は関心しないな」
そこに、緑間くんが小姑的に会話に入って来た。
おまえ、こないだ一緒にコンビニに寄り道しただろうが……。
「今日はうちのお母さんも大輝のお母さんもご飯が作れないから、外で食べて来てって言われてんの」
突っ込みたいのを抑えて、ちゃんとした理由があるので答えておく。まあ、寄り道には違いないな。
緑間くんは一応納得したようで、それ以上文句は言ってこなかったけど、そういえばと前置きして再度口を開いた。
「桃井は料理はしないのか?」
「「やめとけ、死ぬぞ」」
大輝と俺は緑間くんの方を真顔で見た。
「苦手なのかい」
俺たちの真顔と揃いっぷりに緑間くんは引き気味で、かわりに問いかけたのは赤司くんだった。
テツくんは影薄いのもあるけど口数も少なくて、話題に乗っかってくれてる気がしない。
「苦手なんてもんじゃない……」
「できないんだよ」
大輝は悲しそうにふるふると首を振り、俺は神妙な顔つきで赤司くんに答えた。
「……どういうことでしょう」
そしてテツくんはぽつりと零した。あ、ちゃんと聞いてたんだね。

「あれはもう、腕に魔物が棲みついてるとしか思えない……キッチンに立つと封印されし魔物が疼くんだ……くそ!病気か!」

まだ中二じゃないのに!厨房に入ると駄目なの!厨二になっちゃうの!!だれうま!
「……口だけならちゃんと料理できんだけどな」
大輝、それフォローになってない……。
緑間くんたちは意味が分からず首を傾げる。
「いや、あのね、料理の手順も説明できるし常識もあるんだけどさ、いざ作ろうとすると身体が勝手に動いて、ダークマターを作り出すんだ」
「は?」
皆……赤司くんまで声をあげてぽかんとしてる。
「キッチンに立つは、じゃねえんだ……」
大輝は顔を覆って戦慄いていた。悲劇を目の当たりにした人の反応がこれである。
おいおいと身を寄せあって嘆く俺たちに、とにかく俺が料理できないと言う事は分かったからと各々自主練に戻らされた。
つまり俺はぼっちなわけで、どこで待っていようかなと体育館を出て行こうとしたら、赤司くんが中で待っている許可をくれたのでありがたく上がらせてもらった。
「キャプテンは?挨拶したほうがいいんかな」
「オレから言っておくけど……気になるなら一緒に行こうか」
「悪いねえ」
「いや、お父さんのつとめなんだろう」
赤司くんの軽口に、「ん"っふ」と変な笑い声が出た。
「いやあれは冗談で、せめてお兄ちゃんくらいに」
「見た目はお姉ちゃんだけど」
「赤司くんの口から出たお姉ちゃんがここまで神々しいとは思わなかった……もっかい」
「もう言わない……———キャプテン」
「あ?」
赤司くんを追いかけながらにこにこ笑ってたら、Tシャツで汗を拭いてる先輩の所に連れて行かれたので口を閉じた。
「自主練の間、青峰の友人を見学させてもいいですか」
「あー、別に構わねーけど?……おまえ、桃井だったか?」
「桃井です。虹村先輩ですよね、大輝がいつもお世話になってます。挨拶が遅れてすみません」
一時期大輝を迎えに来てたからすれ違うことはあったんだけど、今まで会釈しかしなかったから、この挨拶だ。
全員にわざわざ声をかけるのもやり過ぎの様な気がするし。
「いやいいけど。しっかりしてんな」
「大輝のお姉ちゃんですから」
笑顔で宣う俺を見て、赤司くんがそっと肩をすくめた。



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中学校生活を楽しんでいるこの頃の赤司くん尊い。
あの特殊な情報収集能力をつけなかったので、アイデンティティであるメシマズパワーはつけておきました。ただし自覚有りです。
このあと緑間くんも料理できないことを知って、桃井さんはちょっと緑間くんに親近感を覚えたけどすぐに、緑間くんのそれは人事を尽くしていないだけなのだよってギリィすると思います。
June 2015

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