V sign.


08

黄瀬はバスケ部に入ったらしい。オレめっちゃ憧れてる人が居てぇ〜とかチャラチャラ喋ってるのを耳かきしながら聞き流してたんだけど、二週間もしたら一軍に上がったって聞いたときはちょっとびっくりした。
それでちんちくりんな教育係がついたとか、その人がすげー人だったとか、すぐに掌を返した話を俺はトッポを食べながら聞いた。
トッポってすげえよな、目の前のコイツに比べて最後まで中身たっぷりだもん。

ある日の放課後、委員会の仕事が終わって教室に戻って来たら隣の席でバイブ音がブーブーなってて凄くうるさい。教室には誰も居ないし、バイブ止まらないし、鉄にに当たってるから凄い反響してうるさい。本当うるさい。黄瀬うるさい。
仕方なく携帯を引っ張り出して、ブレザーのポケットに未だ鳴り続ける携帯をしまい、荷物をまとめた。

「あ、モモちゃんだ」
体育館の傍まできたら奇遇にも、黄瀬ファンの女の子が俺に声を掛けて来た。
名前は知らないけど、この間俺の席座って黄瀬とずっと喋ってた子だから知ってる。
「あれ、黄瀬んとこ?」
「えーうっそ、もう涼太君とは別れたよぉ。今は祥吾くん」
別れたも何も付き合ってねーだろ、とは口にしないでおく。それよりも俺は今、華麗なお鞍替えを目にして、女の子の恐ろしさに戦慄してる。
一軍の体育館に用があるのは俺もなので、一緒に顔を出しに行くと、女子が灰崎くんにきゃぴっと話しかけていた。そしてださ〜いとか言って二人でイチャイチャしながら出て行こうとした。こええええ。
一方黄瀬は、床にぺったんこのままぼけっとしてる。
「お、モモちゃんも俺とデートする?」
「堂々二股宣言とか灰崎くん本当クズ〜〜〜」
指差して笑っておいたけど、今灰崎くんは最高に機嫌がいいので俺にチョップをかけてくることはなかった。

灰崎くんがシャワーをあびにいったあと、未だ気まずい雰囲気だったけど、俺のブレザーに入っていた携帯がまた鳴り始めたので仕方なく黄瀬を呼んだ。
「おーい、きーせー」
なのにあいつときたら茫然ぺったんこのままこっちも向かない。かー!最近の若造は全くもう!
「お邪魔します」
「桃井さん、今は……」
なんか近くに居た先輩が気を使って止めるけど、別に彼女とられた事にショック受けてるわけじゃないだろうし、負けるのなんていつものことだろうが。
ローファーを脱いでどしどし歩み寄って、黄瀬の背中を軽く蹴っ飛ばす。
「こら黄瀬ぇ!お前の携帯さっきからうるさいんだよ!」
「え、」
「机の中入れっぱでメッチャ響いてるし、此処に来るまでも二回くらい鳴ってるし!これでアラームだったら張っ倒すから!」
「あ、ごめん……」
受け取って確認したけど黄瀬はぷちっと音を切った。
お前次同じような事やったら問答無用で俺が出て「涼太なら俺の隣で寝てるよ」って言ってやるからな!
おずおず立ち上がった黄瀬は隅っこに避けて立つから、俺は帰ろうかなと思ったんだけど、制服の裾をくんっと引っ張られて引き止められた。女子かお前。
「なに」
「オレ、負けちゃったっス」
「今までも負けてたんじゃないの」
「うっ」
「まー1on1は負けたけど、2on2だったら勝ちじゃん?」
どういうことか分からないのか、黄瀬はきょとんと首を傾げる。ナチュラルにあざとい。
「会いに来た女のレベルは俺のが上だろ」
さらっと髪の毛を流してドヤ顔をしてやった。黄瀬はそっスね、って笑ってる。
「そう言う所、尊敬しちゃうっス……桃っち」
「おいやめろ、俺までそういう呼び方すんな」
青峰っちとか紫原っちとか呼んでるのを聞いたから、その呼び方の所以はわかる。認めるとか尊敬してるとかそういうアレらしいけど、今の俺の台詞とドヤ顔のどこを尊敬しちゃったのか甚だ疑問。お前の思考回路ナゾすぎ。
尊敬(笑)しちゃうっス、桃っち(笑)ってことかな?蹴っ飛ばしてもいいかな?
「まあとにかく、オツカレ黄瀬っち!」
わっしゃわっしゃと頭を撫でて背中を向けると、「え、オレのこと尊敬してくれるんスか?」って馬鹿な事を黄瀬は言い出した。
「尊敬に値しない人はこうやって呼ぶことにしてるんス〜」
「ヒド!」
振り向かずに手をあげて、体育館から足早に出た。

次の日から黄瀬は勝手に俺の事を桃っちと呼ぶので俺は黄瀬っちって呼んでやった。案の定嫌がられた。じゃあお前もやめろ。尊敬してるから良いんス!じゃねーよ。



next.

主人公は黄瀬のこと嫌いじゃないけど、友達じゃなかったら嫌いになってるだろうなって思ってます。でも友達だから嫌いにはなりません。うん、そういう感じ。
June 2015

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