V sign.


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監督が倒れて新体制になったのは聞いてたけど、大輝がいつのまにか部活にほとんど参加しなくなっていた。
今度はその話を紫原くんから聞いた。
放課後お菓子を食べながら、俺に駅前のケーキ屋さんの話をしてきたからだ。ここ行きたいんだけど知ってる?って。
「あれ、部活は?」
「皆、試合に出て勝つなら練習しないで良いコトになったよ〜」
「へー」
紫原くんのスナック菓子に手を突っ込んだら「うわ!」と非難する声を上げられて、袋の上から手を掴まれ阻止された。出せないじゃん。
「ちょっとちょうだいよ」
「やだし」
「俺の持って来たのもあげるって」
「しょうがないな〜」
渋々袋ごと掴まれてた手を解放されたけど、手の周りに油がいっぱいついた。
「そのケーキ屋さんなら俺知ってる。よくお母さんが買って来る。美味しいよ」
「マジ?やった〜」
「一緒に帰る?通り道だし」
紫原くんはそのケーキ屋さんのある方にはあんまり行かないみたいだから、家がそっちの方である俺に聞いて来た。そしてちょうど俺の知ってる店だった。
「あれ、二人とも帰るんスね……」
帰る準備をして並んでいたところで、部活に行くらしい黄瀬が通りかかって、しょげた顔で声を掛けて来た。
「黄瀬部活?がんばれー」
「がんばって〜」
「紫原っちは同じ部じゃん!」
ぴっと指をさす黄瀬。
「え〜だって、今日は行きたくねーし」
「ケーキの気分だし?」
「そう〜」
俺と紫原くんはへらーっと笑った。黄瀬はぐぬぬってしてたけど、「もういいっス!ばーかばーか」って小学生みたいに悪態ついて部活に言った。
「あらら、黄瀬ちん拗ねちゃった」
「拗ねたねえ」
「でも、黄瀬ちんもそのうちこうなると思うな〜」
「ふーん。そしたら一回くらい遊んでやるか」

そして俺は、流れで紫原くんとイートインしていくことになった。
バスケ部の様子っていうより、部員の様子をちらっと聞くと、どうも赤司くんも発症し始めてるらしい。
しかもなんか、二重人格っぽいやつ。俺すごい上辺〜な付き合いしかしてないから知らなかった。そもそも赤司様って呼ばれてることもよくわかんないからな。それっぽいのは見たけど、もっと冷たいみたいだし。
とにかく、患者さんには関わらないでおこうと思ってる。
「桃ちんって、もっと説教くさいんだと思ってた」
「え〜」
急に話題が俺に変わった。
「峰ちんとか黄瀬ちんのこと、結構叱るじゃん」
「馬鹿は叱る」
「え、オレ馬鹿じゃねーし」
そういえば紫原くんも叱ったことあったな。いや、お菓子こぼしたから叱ったんだけどさ。
「部活行けって言われるかと思った?」
「うん」
「バスケ部関係ないからね俺」
「そういえばそうだった」
そんな風に思い出される程バスケ部に密着してたことはないんだけどなあ。
大輝と一緒になって寄り道したのも数える程だし。
「部活に入ったからには出るって言うのは常識だけどね」
「あらら、そうなる?」
「その常識を破ろうが守ろうが、俺のしったこっちゃない」
「まあね〜」
「バスケを基準には考えてないから」
「どういうこと?」
もぐもぐとほっぺを膨らました紫原くんは首を傾げた。
こうやってみてると可愛い。
「負けたら絶交とか、弱い奴とは付き合わないとか、そういうことはないってこと」
「桃ちんバスケやらないくせにそういう事言ったら捻り潰す〜」
「でしょ?だからとやかくは言わないよ。ただし学校サボったら嫌いになる」
「さすがに学校はサボんねーし」
そう言って、紫原くんは俺の最後の一口にフォークを突き刺して奪った。お前!灰崎くんじゃないんだから!もう!
腹が立ったので仕返しに紫原くんの残りのジュースを飲み干してやった。

次の日には黄瀬も部活をサボり始めて、モデルの仕事に精を出した。
「そーだ桃っち、見学こない?撮影終わったらご飯行こうよ」
「いいよー」
そうやって誘って来たのは部活をサボり始めてすぐのことだった。俺はどうせ暇だったから、黄瀬の誘いに乗った。人生つまんないって言ってる奴が誘って来たんだから、付き合ってやんないとな。でもなあ、中二にして人生つまんないってなんだよ。十四年しか生きてないから人生が長く感じるだけだわ。まあ、なんでも卒なくこなしちゃうからっていう理由もあるけどさ。

「なんか懐かしい」
「へ?」
スタジオに入るのは人生二度目だったけど、現場の雰囲気はどこも似てるような気がする。機材も人もどっちゃりしてた。
思えばモデルが俺の初女装だったんじゃないかなー。
俺がこぼした感想に黄瀬はきょとんと首を傾げてるので、子供の頃に一回モデルをやったことがあるって教えてあげた。
「マジ!?いつ?どの雑誌?見たいっス」
「小1んとき、ソルトっていう子供服の雑誌だったかな〜」
「あっ知ってる!可愛いっスよね。外国人モデルが多いけど、桃っち混ざったんだ?すげー!」
「特集組むんで人が足りなかったからだと思う」
「へー!今度見せてよ」
ちょっと興奮気味な黄瀬は、それから着替えに行ったので、俺は隅っこでスタッフさんと適当に会話してた。
「涼太くんの彼女?」
「いや、ただのクラスメイト」
「え〜そうなんだ。現場に人連れて来たことないから、特別なのかと思っちゃった」
「単にアイツの友達が少ないだけですよ」
「ちょっと!聞こえてるから!!」
撮影中の黄瀬が俺とスタッフさんの会話を耳聡くキャッチして突っ込みを入れた。おいモデル、顔崩れてるぞ。
「涼太くん集中ー」ってカメラマンさんに言われてるのを指差して笑った。スタッフさんに仲良いんだねって言われて初めて、そういえば黄瀬は普通に仲良い方だなって気づいた。
「よく考えたら、大輝の次に仲良い男友達って黄瀬な気がする」
「そうなんスか?意外。あ、でもオレ一番仲良い女友達は桃っちっスね」
撮影が終わった後のご飯でそう話すと、黄瀬はへらっと笑う。……俺は女友達じゃないけどな。
ていうか、意外ってなんだ。意外って。男はなあ、大半が俺を女だと思ってるからまともな友情は成立しないんだよ。
「紫原っちは?この間一緒にケーキ食べてたんでしょ」
「二人で寄り道したのはあのときが初めてかも」
「緑間っちとも会話続いてるし、黒子っちは青峰っちと一緒に居る事多いから絡むじゃないっスか」
「うーん、友達だと思ってない訳じゃないけど……大輝の友達って感じ?」
「あ、だからくん付けてるんだ」
「そう」
「前から思ってたんスよね。オレだけ呼び捨てだなーって」
「黄瀬はバスケ部入る前にクラスメイトとして会ったからなあ」
大抵のクラスメイトの男は苗字呼び捨てにしてるから、黄瀬もそのなかの一人。紫原くんは初対面が大輝の友達だったからそのまま継続しちゃったんだよねえ。
「ねーちゃんもオレの友達のことそうやって呼んでたから、そんな感じっスよね」



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皆の呼び方はよそよそしいって言うより、青峰がそう言っていたから主人公は真似しておまけに敬称つけていただけでした。バスケ部一軍で青峰なしに関わったのは黄瀬が初めてです。そして黄瀬はなんだかんだ二番目にきのおけない友人になっている、と、いいなあと。
June 2015

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