「ねえ、私と勝負しましょうよ」
夢の中で綺麗な顔をしたセーラー服の少女が笑った。見覚えのある顔は、実際にみたことはないけれど妖たちの記憶の中で幾度となく目にしてきた。だからすぐ
に、彼女が俺の祖母であるレイコさんだと分かった。
「私が勝ったら子分になりなさい」
くすくすと無邪気な笑みをこぼしたレイコさん。
これは、誰の記憶だろう。誰かが見ている様子ではなくまるでカメラが映しているかのように見える場面。
「んんー・・俺が勝ったら?」
「私を好きにしてもいいわ」
多分妖に勝負を挑んでいる時なんだ。
相手の妖はどんなやつだろう。
「好きにって・・・女の子が易々とそんな台詞を」
顔を片手で覆ってはあ、とため息を吐く妖は、まるで俺たちと同じ少年のようだった。
シャツとスラックスの学生服姿に下駄を履いて、草原に座ってる。
「ま、いっか、暇だし」
暇と言う割には面倒くさそうにのっそりと立ち上がる少年。
眸にまでかかっている長い前髪を風がふわりと持ち上げ初めて見えたその容貌。
眸は二つ、鼻や眉や唇が通常通り顔に配置され、整っていた。綺麗だったから人間に見えなかったけど、十分人間らしい形をしていた。
レイコさんは、そう、よかったわ、とにっこり笑って拳を作って殴りかかった。なんとも野生的な祖母だ。俺もついそういう戦い方をしてしまうけど。
妖をその腕でなぎ倒してきたレイコさんだから、きっとまた勝って名前を手に入れてしまうのだろう、とどこか安心しながら見守った。
だから、ぱし、と掌が拳をつつみこんで抑えたときにはびっくりした。もしかして、レイコさんが死んだ原因なのではないか、とゾクりと背筋が凍る。妖に負け
るということは、喰われるということだから。
「俺の勝ち」
腕を片手で掴んだまま、もう片方の手をレイコさんの首にそっと当てた。
やばい、と肝を冷やすけど俺にはどうもできない。
「そうね、あなたの勝ち」
レイコさんはそんな時でも不適に笑って見せた。
「何をしてもらおうかな」
すると少年はぱっとレイコさんから手を離した。
レイコさんもさすがに驚ききょとんとしている。何故離したのだろう、その隙に逃げてしまうこともできるのに。それほどまでに強い妖なのか。
「七辻屋のお饅頭で手を打とう」
レイコさんも俺も耳を疑った。きょとんとしているレイコさんの手を引いて彼は走った。
「そうときまれば早く行こ、俺食べたみたいのがあったんだ」
「え、ちょっと、あなた」
珍しい、レイコさんがたじたじになっている。ほんと、あのレイコさんを振り回すなんてすごい。
お店に一緒に入って行き、彼は店のおばちゃんに注文をした。
妖の中には力が強くて人に姿を見せられるものも居るから、彼が強い妖なのだと思わされる。それでも彼が浮かべる笑顔は邪悪でもなくて、ただただ温かくて無
邪気。
「はい、お嬢さん」
笹の葉にくるまれた饅頭を取り出すと、残った分をレイコさんにあげる。
「私お金払ってないわよ?」
「いいのいいの、一緒に食べてくれれば」
レイコさんは彼の様子に思わずふっと笑う。いただくわ、と饅頭を取ると彼がにっこり笑うので胸が温かくなる。
饅頭を食べ終えると、彼はじゃあそろそろ帰るねと立ち去った。
それから、レイコさんはまた彼に勝負をふっかけた。曰く、勝つまでやるらしい。
何度も勝負を吹っかけてはかわされて、と繰り返し、いつもお饅頭を食べてから帰る。まるで友達みたいな2人を俺は見ていて楽しかった。でもある日勝負を
吹っかけたレイコさんが池に落ちそうになったところで、庇って彼が落ちた。
浅い池だったからおぼれることもなく、笑いながら池から這い上がってきて彼は笑った。
「負けちゃった、レイコに」
でも、君が濡れなくて良かったよ。と。まるで友を想うような言葉にほっこり胸があたたまる。
「ええ、あなたの名前、教えてくれるわよね」
濡れた髪の毛を掻きあげて、ふっと笑った彼は何かを口にした。
俺には名前が聞き取れなかった。
「俺を呼べるのは、この一年だけだよ、レイコ」
彼の小さな笑顔で俺の意識は途切れた。
「夏目、夏目」
「ん〜・・なんだよニャンコ先生・・」
「友人帳が光っておるぞ」
「え!」
朝、夢だったのかと思う暇もなくドタバタと起き上がった。
友人帳がパラパラ開いて、1枚の紙がぴんと立つ。その紙はほかの紙とは違って、七辻屋の包装紙の裏紙だった。しわがついていて、薄桃色で、古ぼけた紙。
今までこのページを見かけた覚えがなかった。暫くすると友人帳はへたりと力を失った。
「あれ?この文字……」
妖の文字は、落書きみたいな絵みたいな文字。不思議と名前は読めるけれどぱっと見分からないものなのに。
だけどこのページにはきっちりと名前が書いてあった。
「
、……
?」
2011-04-05