「
!さあ行くぞ!」
「え?何?晴さん?ちょっとー」
新しく来た場所は特殊な警察組織みたいなところだった。契約社員とかいう、おいおいそんなんで大丈夫なの的な立場の俺は、栄児の中の栄児とか言われてる凄
い人の直属の部下っていうかパートナーに抜擢されてしまって意味がわからない。だって、一年契約じゃないか。俺はこの世界で何やってる人だったわけ。と聞
きたくても自分から口に出したらおかしいから聞けない。
ついでにその俺のパートナーが晴さんこと白井晴十郎さん。俺の腕をガッと掴んでぐいぐい引っ張っている人。
確か今日は本部の集まりで、俺は別に行かなくてもいいものだと思っていたんだけど。
「今ENISHIという研究がされていてな……私の孫もいるのだが」
「へえ」
腕は離されたけどもう建物の中に入ってしまったので仕方なく晴さんの隣を歩いた。
晴さんはいつもテンション高くて多少強引だから、こういう真面目な顔されるとなんだか調子が狂う。いや、任務の時は別なんだけど。
「もう紫雨も長くはなくてな……孫の写真くらいもって行ってやりたいと思っている」
「そうですか……わかりました、付き合いますよ」
博士の難しい話は殆ど聞いてなかったけど、どうやら今日はトーナメントの決勝戦で、孫達が出るらしいことは分かった。双子だから似ているのかなと思ってい
たら、出てきた子供たちは全然似ていなかった。
「スピョー、スピーイヒヒヒ」
気の抜けた寝顔で眠り続ける小さな子供と、それを愛おしそうに見つめる大人みたいな子供。10秒カウントしてからそっと唇を寄せて片割れを起こす様子が俺
には天使みたいに見えた。
可愛いなあ、と思って微笑ましく見ていたけど晴さんは表情を固めたままだった。
孫と全然会話をしたことがないんだからそうなってしまうのかと勝手に想像して、俺はぼんやりと双子たちの試合を観戦した。
今まで色々な世界で色々な人々のハチャメチャな戦い方を見てきたからそれほど驚きもしなかったけど、苦い表情は浮かんだ。嫌だなあ、子供の頃から人を殺す
訓練をさせる世の中だなんて。生まれる前から運命付けられているあの可哀相な子供たちは、いつ心から笑えるのだろう。いや、心から笑っているからこそ、俺
は苦々しい気持ちで一杯だった。人を傷つけて心底嬉しそうに笑ってしまうこの世界が、どうも好きにはなれそうにないや。
彩花と、雨丸。恐ろしいほどに強くて、恐ろしいほどに愛らしい双子。
柔らかいくせにどこか翳りと冷たさを持ち合わせた子供じゃないみたいな笑みを小さく浮かべて、白くて綺麗な手をひらりと振った彩花に晴さんはびくりと震え
ていた。
「孫が手振ってるんだから振り替えしてあげなさいな、晴さん」
代わりに俺がふりふりと手を振り返すと、彩花は一瞬だけきょとんと目を丸めた。
そうしてると、子供みたいだなあと思って一層笑みを濃くした。
「せめて愛らしく笑っているこの子だけでも……」
晴さんと博士が話している内容は、一応聞いていた。
彩花は、そりゃ恐ろしい子供に育ってしまったけど、そうさせたのは俺達大人なのだ。それを見放していいのだろうか。きっとあの二人には俺達なんて必要ない
だろうけど、俺達は傍に居てあげなければならないはずだ。
二人まとめてぎゅっと抱擁してあげられるくらいにならないと、いけない。それが、生み出したものの責任ってやつだ。
晴さんはこのまま紫雨さんのところへ行くというので俺は建物の中の見学でもしようかと思ってふらふらと歩いていたら迷子になっていた。何処も代わり映えの
ない廊下ばかりで全然わからんちん。暗い廊下でぼやっと突っ立っていたら、腰にごつんと何かが当たる衝撃。
「いってぇ!」
「お?」
そして子供の悪態が聞こえてきた。
少し掠れた声で、生意気そうで気の強そうな男の子はそういえばさっき見た。彩花にグチャグチャにされちゃっていたから運ばれていったけど、もう治療が終
わったのだろうか。だとしたら凄い回復力だ。
「あれれ、もう怪我大丈夫なの?」
「は?なんだよお前」
「さっき戦ってるの見てたんだけど」
「フン、あのくらいどうってことねえよ……俺は肉体強化されてんだ」
「それは凄いけど、どうってことなくはないよ……痛かったろ」
「お前変わってる……俺達を子供扱い、ましてや人間扱いする奴なんてそうそういねえよ」
「そお?」
「っていうか何で一般の隊員がこんなところフラフラしてんだよもう夜だぜ」
迷子になったんだ。とは言わなかった。にこっと笑ったままへらへらし続けていたらはあとため息を吐かれる。あ、迷子だと思ったでしょ、違うからねと言い聞
かせるとうるせえなと怒られる。
「とりあえず俺たちの部屋にでも行けば通信できるだろうからつれてってやる」
手間かけさせんなよな大人の癖に。と睨みあげられて苦笑いしか浮かばない。確かに大人ですけど俺十七歳だからね、まだぱっと見少年の内に入っちゃうんだか
らね。
よし、彼らの部屋に案内してもらって地図なり通信機なりを借りて帰ろう。そうしよう。と思っていた俺は、なんだか後ろから銃を突きつけられていた。
「このガキ共が最優先捕獲対象か?」
「間違いない、今確認を」
このくらいの人数ならかわして逃げることはできるけど子供たち狙ってきてるならあまり動けないなあと思いながら苦笑いを浮かべていると、彩花がこっちを見
ていた。にっこり笑って見せると少し驚いてから呆れたように息を吐く。
あれ、エイジってこんなもんかよ、みたいな顔だったかもしれない。品格下げてしまったかな。
「わーガスマスクだあ!」
ぴょこんと子供たちが顔を覗き込んできた。俺のではなく銃を突きつけてくる相手の顔を。
そういえば変わったお面つけているなあと思って俺もまじまじと見てみると、俺のことを掴んでいた手をいきなりばっと開放して後ずさった。
「うああああああ!?何故お前がこんなところにいる!?」
「えー?」
離してくれたことには感謝だけどなんだか知らない人にまで驚かれてよくわからない。こっちの世界来たことあったっけなあと思いつつぼんやりと思考してみた
けどやっぱりだめだ。あんまり頓着しないようにしているから覚えてないや。
「
……
っ!」
「ん?なんで俺の名前知ってるの?」
「「!!!!!」」
憎憎しげに呟かれても俺は覚えてないんだからしょうがないじゃないか。きょとんと首を傾げて何故名前を知っているか尋ねたら、双子の群れの中からあっと声
が漏れた。そちらを向くと、なんかメカニックなことしてた子供たちが驚いた顔で俺を見上げていた。
「貴方本当に
なんですか?」
「あの一年契約の?」
「よく知ってるね、俺の契約期間が一年だって」
口々に大きな眸を丸めて質問してくるけどこの状況分かってるのかな。もう銃は突きつけられてはいないけど一応危険なんだよな、今。
「だって、
と言ったら此方の世界では結構な有名人物ですよ……」
「顔は公表されていないので分かりませんでしたよ」
「はあ……そう?」
ぽり、と頬をかいて説明を聞いた。
何でも俺は一年契約でどんな仕事でも請け負う人らしい。万屋とか名乗ってるみたいだけどたいてい組織に雇われて暗殺とか情報操作とかスパイとかしてるから
ただのフリーマフィアみたいだ。
ああそういう設定なんだなあと思いつつ説明を聞いていたけどどうやらそれだけでは終わらせてくれないらしい。侵入者たちは子供はおろか俺まで捕まえること
にしたらしい。
「僕は攫われてあげてもいいですよ」
彩花の一言に驚かなかったのは誰も居なかった。俺だって少し驚いた。そういう発想の転換があったとは。
確かにここに居るよりも優遇されると約束してくれるなら、着いていくだろう。
俺は一年契約ってちゃんとなっているから裏切りはご法度なんだけどなあ、と思ったけど子供たちと行動をともにすることにした。逃げようと思えば逃げられる
し、俺の場合はなるようにしかならない。
「ずいぶん、あっさり着いてくるんですね、
さん」
彩花がこっそりと話しかけてきたのは、ヘリコプターを待っているその時だった。
2012-02-24