僕にはめぇが居てくれたらいい。めぇには僕が居たらいい。
互いに互いが居れば、もう何だって要らない。金も名誉も親も恋人も世界も要らないの。
僕たちの絆を壊すものは、許せない。
それがたとえ運命だったとしても、僕はそんなの受け入れるものか。
正直、僕は驚いていた。僕のこの力を見て青ざめなかった人は博士やめぇくらいなのに、たった一人の少年だけが平然とした顔で僕らを見ていた。
知らないおじさんが僕らを見下ろしていたから気まぐれに手を振ってみたけれどその人はびくっと驚き苦々しい顔をしているからああまたかって思っていたら、
少年だけがにこっと笑って手を振り替えした。(へんなひと……)
僕の力が分かっていないのか、それともあの人がそれほどまでに強いのか、どちらにせよあの人は変な人なのだろう。
「おやすみ、めぇ」
めぇを寝かせたら、蜜歌がタオルを貸してくれた。初めて聞いたときから綺麗な声だと思っていた。
疲れた身体を癒してくれそうな、渇いた心を潤してくれそうな、美しい唄。煩わしい喧騒とは全然違うから、僕は蜜歌は好きだ。もちろんめぇが一番だけど。
「蜜歌、そいつから離れろ!!」
ばん、と大きな音を立てて部屋に入ってきたのは、五月蝿い声の真音。蜜歌とは大違いで、全然好きになれない。黙ればいいのに。
「お邪魔しまーす」
真音の後ろから、ひょっこりと顔を出したのは、さっき僕に微笑みかけた少年。思いもよらぬ来客に皆目を丸めて驚いた。
この建物に呼ばれていたってことはエイジなのだろうけど、だからといってこんなところに来るだろうか。
「いやちょっと聞きたいことがあってだな」
皆の視線をくすぐったそうに受け止めたじろぐ姿は何処からどう見ても少し頼り無さそうな少年。
僕たちを恐れていないのは、馬鹿だからなのかなあ。
その時、ふっと電気が消えた。
銃声の音と、騒がしい足音、見たことない人たちが現れ始めた。
気がついたら、少年は捕まっていた。首に銃を突きつけられている。全く足手まといな人、と思って見つめているとにこっと笑われる。この状況をわかっていな
いのだろうか。
僕はもう関わっていられないやと思ってため息を吐いていた。
それから、しばらくくだらないやり取りが続いた。
彼の名前は
というらしい。
僕も名前だけなら知っていた。一年間だけという契約で雇われる裏社会の人間。一年間はきっちり裏切らずに仕事をするものだから重宝されていた。実力も折り
紙つきだと聞いている。
そんな人間が、あの頼り無さそうにへらへら笑って見せた彼だったとは。
彼なら、ここにいるものたちを今契約していうWSの敵とみなして排除することはたやすかったはずなのに、何故しなかったのだろう。ましてや、何故ヘリコプ
ターにまで乗り込もうとしているのだろう。
「ずいぶん、あっさり着いてくるんですね、
さん」
ヘリポートでぼんやりと上を見ている
さんに声をかけると、きょとんとした顔で僕を見下ろした。やっぱりどこからどう見ても一般人にしかみえない。
「俺はいつも任務よりも優先させているものがあるんだ」
「……お金や待遇……ですか?」
「ううん、命さ」
「は……?」
腰に手を当てて遠くを見て、おおヘリコプター来たよ、なんて笑って見せる
さんに僕は拍子抜けした。
「命って、……どういうことです?」
「人質がいるときは滅多に動かないよ、流れに身を任せるんだ」
「人質って僕らのことですか?」
「さあ?どっちだろう」
バラバラバラバラと大きな音と、バンバンとなる銃声、そして強風の中で凛と佇む
さんはようやく少し大人っぽく見えてきた。
「君たちは今からWSではなくヴォルガーの一員になる」
ヘリコプターの大きな音の中でようやく聞き取った声は酷く冷めていたように思う。
「俺は一年契約だから、WSのままだ……君らはヘリコプターに乗った瞬間、俺の殲滅対象になるけれど」
「っ」
「ヘリコプターの中で特殊な子供たち何人も相手にしてたら俺の命が危ない」
「……、そう、そうですか……」
見逃す、と言っているのでしょう。
この人は、緩いんだかきついんだか分からない人。きっと一生この人のことなんて理解できない。
めぇの次の次の次くらいに少し知るのもいいかなって思ったけど、別にいっか。分からない人と付き合うには骨が折れるもの。
とん、とヘリコプターに乗った瞬間、彼の目つきが変わった気がした。
暗い色をした眸は更に影って、ゆったりと緩められていた目元はきっとつりあがる。これが、この人の本当の貌なのだろうか。
僕の真後ろに立っている彼の存在感が、ビリビリと伝わってくる。この人、そういえば何故拘束器具をされていないんだろう。確かに反論せずに着いてきたけど
決して頷いた訳ではない上に、一年契約中は絶対に裏切らないっていう一流の仕事人なのに。今更気がついた僕もだけれど、未だに気づかないヴォルガーには正
直失望している。
「めぇ、」
「あ」
めぇが手を伸ばして、僕らの手が触れ合いそうになった瞬間、ヘリコプターは浮き上がった。そして、僕はめぇの手を握れなかった。誰かわからないけど、エイ
ジの一人がめぇを捕まえた。
「めぇが捕まった!」
「ありゃ、エイジだ」
「おろして!早く!」
キッとヘリコプターの操縦士を睨むけれど、他の皆は降ろす気がないようでだんだんめぇとの距離が離れていった。
「かわいそうだがヘリを戻すのもどこかに降ろすのも無理だ、足がつく」
「まあそうだねえ、でも俺はそんなの関係ないから、ここでお暇しますね」
「「「「「!?!?」」」」」
ガッシリと押さえ込まれた状態の僕は
さんがのほほんとドアの傍に立っているのを見上げた。
光っていて、はためいていて、なんて綺麗なんだろう。
「期間内の裏切りはご法度だからねえ」
彼は大人の世界は大変なんだよ、と笑って前髪を掻き分けた。
「ば、ばかな!?こんな高さからどうやって……!」
「なるようになるさ」
「ま、待って、僕も連れてって……!!!」
ヴォルガーの一人が銃を構えて
さんに叫んだ。僕も連れて行って欲しかった。この人なら無事に着地できるってそんな気がしたから。
「だめ、彩花はもうWSではないから頼みは聞けない」
君の命の保障までできないしね、とウインクしたときヴォルガーの一人が銃を撃つ。近い距離に居るって言うのに一発もあたらなかった。
「自分の力で自分でとり戻しにおいで、彩花」
ふわりと、
さんが青空に消えた。
一瞬で、雲の中に落ちていくように。
空に溶けこむように。
まるで、海を泳いでいるように空をたゆたっていた。
2012-02-24