EndlessSeventeen


Andante 03 (雨丸視点)

一番古い記憶は、おじいさまと一緒に過ごした記憶。
ずっと屋敷の中でばかり過ごしていたから知り合いの数は少ないけれど、一人妙に覚えている人が居る。

ぴらり、と写真を見つめて指でなぞる。

さん……」

そこには、幼いオレと、十七歳くらいの青年が笑みを浮かべて顔をくっつけて映っていた。




さんは、小さな頃少しだけ一緒に過ごしたことのある人。おじいさまの部下だったらしいのだけど、部下とは思えないほど気さくだった記憶 がある。ある日急に屋敷に遊びに来てくれなくなってしまっておじいさまに聞いたらどこか遠くへ行ってしまったのだといわれてオレは少しだけ泣いた。
おじいさまが忙しかった時になぜか さんがにこにこしながらオレの相手をしてくれたし、組み手の相手も勉強の相談もしてくれた。だから兄のように慕っていた。

もう何年も昔のことなのに、彼のことだけはしっかりと覚えている。






「雨丸ーこのダンボールもってっていいのかー?」
「あ、今行きますー……!」

オレは今、寮母さんからの一人暮らしの許可を得て隊員寮から引っ越す準備をしていた。少し離れた所から東先輩に声をかけられ、アルバムをぱさりとその場に 置いた。その後班長がアルバムを拾い上げぱらりと捲っているのを横目に東先輩と一緒にダンボールを運んだ。班長手伝えよー、とぼやく東先輩と一緒に苦笑い しながら班長を見たけどオレたちの言葉は届いておらず物思いにふけっているようだった。

「あの寮母さんどっかで見た気が……」

ぼそぼそと呟いてから、ぴたりと班長がぴたりと動きを止めた。思わずどうかしましたかと尋ねると、オレが先ほどまで懐かしげに撫でていた写真を指差して、 こいつ誰?と首を傾げた。

「えと、昔オレの面倒をよく見てくれた人で、祖父の部下でしたけど」

班長もしかして知ってるんですか、と尋ねるとどこかで見た気がする。こっちも重役会議とかで。と首を傾げられた。
こっちも、とはなんだか分からないけど。WSのおじいさまの部下だったからWSに居ても不思議ではないのかもしれない。でも大分昔にやめたと聞いたし、お そらく班長が重役会議で見た人とはだろう。

「あーでも、これ昔の写真だよな…………親戚とかなのかもしんねえな」

パサリとアルバムを置いて班長はその場を去った。
丁度写真くらいの歳の奴だったんだよなあとまだ納得してないような不思議がっているような面持ちでぶつぶつ言うのを聞いて、オレも不思議に思って首を傾げ た。





寮を出て一週間、すっかり家はおちついてアルバムもきっちり本棚の隅にしまいこんで さんのことをあまり思い出さなくなった頃。班長と朝からまったり出勤してくると部屋の前で先輩たちがこそこそ中を覗いていた。どうした のかと班長が声をかけた。
どうやらお客様が来ているらしい。こっそりドアの隙間から覗いた瞬間タコのジョセフィーヌが飛んできたことから、お客様の検討はついた。刑事課の四堂狼さ んだ。部下の遠矢さんと総司令官まで居てオレはぎょっとする。

「まあまあ王ちゃ、私達今日は大事なお邪魔したのよ。邪険にしないでお話聞いてよ」
「綾っぺ」

狼さんとガヤガヤ口喧嘩をしている班長に総司令官は足を組んで笑った。

「あれ?そいつは」
「ん?ああ、秘書よ……何回か会ったことあったでしょ?」
「どーも」

総司令官の傍に佇んでいた人にふと目が行きオレは固まる。班長がその人に気付いて総司令官に尋ねると簡単に紹介された。
WSの普通部の制服を来ているけれど、オレは違う隊服を着ているのを見たことが歩きがする。髪が伸びていて少し違和感もあるけど、やっぱりオレの知ってい る人に凄く似ている。

……さん?」
「!……あら、知ってるの?この子の名前公表してないのに」

小さな声でぽつりと呟くと さんそっくりのその人と総司令官がぴくりと動きを止めた。
班長は班長で気がついたように大きな声を出す。

「あ!こいつだよ雨丸、お前のアルバムに映ってる奴にそっくりなの」
「アルバム……雨丸……」

さんに似たその人はふむふむと顎を掴んでから考え込み、そしてぽんと手を突いてから口元に笑みを浮かべた。
笑い方も、そっくり。

「めぇ?」

小さい頃 さんはオレを時々めぇと呼んだ。雨丸のめ、と寝ているとき羊みたいだったよって笑いながらふざけて呼んだ。滅多にその呼び方で呼びかけ られることはなかったけど、オレをそう呼ぶのはこの人くらいだった。

「そ……その呼び方は……ッ」
「おっきくなったなあ、雨丸」
「やっぱり本人なのかよ……ってか歳とってなくね?」

随分若作りなんだなって呟くと総司令官はにっこり笑いながら「彼……永遠の十七歳だから」と零した。確かにぱっと見た限りでは十七歳の少年だ。無表情にな ると少し大人っぽく見えるけど、屈託なく笑って見せた顔はまだ子供そのものだ。

「ほーら、今は仕事のお話を優先っ」

司令官にぽんぽんと背中を叩かれた さんは親しそうにはいはいと苦笑いして書類を出し、総司令官に渡した。そして一瞬で表情は消えて、心なし冷たい表情で淡々と説明を始め た。

なんでも、ナイトクローラーズという窃盗団が日本に来るらしい。世界中を騒がせた窃盗集団で去年も日本でひと悶着起こしたらしい。はあ、とため息を吐く さんに総司令官はなんてことないようにぽつんと呟いた。

「あなたがナイトクローラーズに居たのっていつだったかしら」

「「「「えっ」」」」

狼さんと遠矢さんと班長とオレはほぼ同時に勢い良く目をむいた。


「あんまり覚えてないけど、……多分二〜三年くらい前じゃないかな……いつからあったっけあの組織」
「定かではないわ……有名になり始めたのは二年前くらいじゃないかしら」

「お、おおおおお、おまえっ……ナイトクローラーズの元団員なのか!?!?」

狼さんが動揺しながら口を開く。オレはあまりの驚きにぽかんとしていて、班長は探るように さんを睨み遠矢さんは警戒したように一歩はなれた。

「元団員っていうか契約社員って感じですよ」
「この子は一年契約で色々な仕事してるの。もともとWSの人間ではないわよ」

犯罪組織に居たり反対に警察組織にいたりマフィアにいたりただのバーの店員だったりするんだからっ、とため息混じりに口ぞえする総司令官に さんはあははと苦笑いした。

「情報は漏らさないし期間中はどうなっても裏切らないよ……仕事も手を抜いてない……だからWSにも何回か雇われている」

結構お墨付きみたいだよって他人事のように さんは言った。
のらりくらりと色々なところに行ってるさとおじいさまが苦笑いしていたのは本当だったようだ。



「さて、氷魚の件がんばってきてくださいね」

ぱん、と手を打って さんは笑った。
雨丸怪我しないようにな、と頭を撫でられオレはそれだけで少し安心してしまった。









仕事はなんとか終えた。幸か不幸か、オレは氷魚に気に入られてほっぺにチュウまで受けてしまったけれど……班長は不幸だと断言していた……実力が認められ たような気がして少し嬉しかったというのもある。でもやっぱりほっぺにチュウはいらなかった。


総司令官がにっこり笑いながら打ち上げを開いた時は さんも来ていた。

「カンパーイ」
「あーはいはいおつかれー」
「おつかれー」

仕事をしたオレたちはぐったりしながらちょん、とグラスを傾け少しばかり乾杯をする。 さんもなぜかぐったりしていてオレはちらりと彼の横顔を盗み見た。
遠くでは班長と狼さんがまた口喧嘩のようなものをしている。

「雨丸、サムのオリジナルカクテルだ、うまいぞ」

優菜先輩がそっとカクテルを差し出して声をかけてくれたのでオレは さんから視線を外してそちらを見る。優菜先輩は私服を着ていたので思わずかっこいいと感嘆の声を漏らすと さんも気付いて本当だ、と呟く。

「弟が贈ってくれてな……なかなかいい服なので着てみた」
「あれ、そのブランド…………」

さんがはたと目を見開いて優菜さんの服をまじまじと見つめ、口を開いた。

「秘書さん知っているのか?」

優菜さんを初めとする大多数の人は さんの名前を知らないから秘書さんと呼んでいる。

「昨日俺んちに匿名希望で届けられてたんですよ、同じブランドの服が……弟さんですか、奇遇です……」
「本当に奇遇だな」
「へー、すごいですね」

さんは さんで秘書という立場上敬語で優奈さんに遠慮がちに言葉を続け、最後のほうは少し杞憂そうな顔をしていた。優菜さんはその様子をあまり 気に留めず弟さんについて少し話してくれた。
なんでも、宝石商でアンティークドールを最近収集し始めている人なのだとか。ぴくりぴくりと班長や狼さんの動きがぎこちなくなってきて、オレも少し思い当 たる節ができてぴしりと固まる。 さんはあちゃーと掌を額に当てて苦笑いをしていた。





「なんで俺がWSに居ること知ってんだろう……あいつ……」

さんがぽつりと呟いた声は誰にも拾われることはなかった。

2012-04-03