『
は、クリスマス休暇家に帰るの?』
は今まで動かしていた羽ペンをぴたりと止めて俺を見上げた。
ホットココアの入ったマグに口をつける直前の俺は飲むのをやめて、マグカップをテーブルに置きながら向かいに座り、帰らないよと答えた。今のところ家はこ
こしかないから。
授業と就寝以外の時間を殆ど俺の部屋で過ごすようになって早数ヶ月。
は今日もいつもどおり俺の部屋で課題を片付けていたのだった。ちなみに俺は筆記体を読むのが少し苦手なので何の課題をやっているのかは
不明だ。
『
は?帰るの?』
『僕にはホームと呼べる場所なんてないから、ここに居るよ』
『そう、……俺と一緒だね』
『うん』
これっぽっちも寂しそうな顔はしていなくて、俺はほっとした。
俺はこっそりと、
にもらった柘榴石の指輪の感触を確かめてからホットココアを飲んだ。
甘くてマイルドな味わいのそれをこくんと飲み下し、また席を立つ。
は課題に目を戻し俺はマグカップを洗いにキッチンのほうへ戻った。
クリスマスプレゼントとか、誕生日プレゼントとか、考えないと。
それから暫くして、クリスマス休暇に入った。
クリスマスの朝、部屋の戸を叩く音で目が覚めて、俺はベッドに寝転んだままどうぞと呟いた。俺の部屋に訪ねてくるのも、勢い良く走ってくるのも彼くらいし
かいない。
『おはよう、
』
『
!!』
俺が上半身だけ起きて頭を直していると
はぼふりとベッドに乗り上げて抱きついてくる。
良く見たら、いつも以上に興奮していて、挙句の果てに寝巻き姿だ。だれか先生に見つかったら驚かれるだろう。普段しっかりした
が寝巻きのまま走ってるだなんて。
『おはよう、
』
ぎゅうぎゅうと抱きしめて放してくれない
を落ち着かせようと背中や肩とぽんぽん叩き少しだけ体を離す。
『どうしたの、そんなに慌てて……何かあった?』
『ごめん……あのさ、……これ、
でしょう?』
きらりと両耳に黒く光る宝石。ああ、早速つけてくれたんだなと思って頷いてからお礼を言う。
『つけてくれたんだね、ありがとう』
『お礼をいいたいのは僕のほうなのに……っ』
俺の両手をぎゅっと握ってから自分の両頬に当てて天使みたいな笑顔で微笑んだ。
『
、ありがとう……大事にする。すごく』
『気に入ってくれた?』
『とっても……!これ、
の、眸の色だね』
『うん』
オニキスは黒い宝石で、正しい判断力を与え意思の力を強くさせてくれる。俺とした約束を守ってくれるように、そして自分を守れるようにという願いがあっ
た。
それに、
が以前くれた指輪の赤は、ときおり見せる
の眸の色だから丁度良いと思った。
『ピアス、痛くない?』
『うん、全然痛くない』
もともとピアスホールはなかったようだけど、開けてくれたみたいだ。
耳たぶにそっと触れると少しだけ熱を持っている。もともと肌が白いから赤みがよく見えてちょっとだけ心配になる。
『ほんと?』
『……んーと、やっぱりちょっと痛い、だからぎゅってして』
こてんと俺の肩に頭を擡げた
。柔らかい髪の毛に触れてそっと撫でると、
はクスクスと笑った。
『もうちょっと、もうちょっとだけ』
『うん、いつまでだっていいよ』
***
もとよりクリスマス休暇は帰らないつもりだった。孤児院は居たって楽しくもなんとも無い場所だから、ホグワーツに居て知識を高めたほうがよっぽど有意義
だった。
それに、今年は
がいた。それで残るには十分すぎる理由になる。
クリスマスの朝、僕の優等生っぷりに夢中な奴らがクリスマスツリーの下にガラクタを積み上げているんだろうと思ってあまり期待はしていなかったけど、ふと
見た先に小さな小さな小箱が落っこちていて拾い上げた。他のは競うように豪奢で美しく、大きなものばかりなのにそれは落ち着いた色合いと手に乗るくらいの
大きさで、しっくりくる。
カードが添えられていて開くとはっとする。
"
へ メリークリスマス"
僕を
と呼ぶ人は、
だけだ。
破かないように、だけど慌てて開けて中を見る。アクセサリーらしきものが入った箱が出てきて、僕はごくりと咽を鳴らした。
にもらえるのなら何だって嬉しいけれど、ひどく緊張した。
開けた途端、
の眸を思い出した。
何処までも真っ暗で一転の曇りも傷もない綺麗な黒。
「ピアス・・」
思わずぽつりと口を開いた。
僕にピアスホールはないけれど、確かにピアスにするのが一番身に着けやすい。そう思って喜んで穴を開けた。
ぽつりとピアスを刺す時に痛みと熱を伴うけれど、全然平気だった。
それで僕は大急ぎで寮を出た。
パジャマだということも忘れて、とにかく靴だけ履いてバタバタと走る。先生も生徒もいない学校だから、誰にも会うことはなく
の部屋までたどり着く。
トントンと戸を叩くと中から
のどうぞという声が小さく聞こえて戸を開けた。
ベッドから起き上がったばかりで髪の毛を直している
に、僕は一目散に走りより抱きついた。
きょとんとしながらも、僕を決して拒まない
の細い腰に手を回してぎゅうぎゅうと抱きしめる。
は小さく笑いながら僕の肩や背中をぽんぽんと叩いて宥めた。
「どうしたの、そんなに慌てて……何かあった?」
「ごめん……あのさ、……これ、
でしょう?」
ゆっくりと体を離すと、
が優しく問いかけてきた。
いきなり飛びついたことを謝ってから、耳を見せると
はありがとうとお礼を言った。お礼を言いたいのは僕のほうなのに、先を越されてしまった。
「
、ありがとう……大事にする。すごく」
「気に入ってくれた?」
「とっても……
の、眸の色だね」
「うん」
の両手で頬を包んで、上から手を撫でる。
の眸を見つめると、やっぱりピアスにそっくりだ。何処までも綺麗な、宝石のような黒。
見ていて安心する。それを、これからずっと見につけていられるんだ。
の分身のようで、とても嬉しい。
「ピアス、痛くない?」
「うん、全然痛くない」
僕の耳たぶにそっと触れて、
は首を傾げた。
多少の痛みはあったけど、
がくれたものだと思うと気持ちいのだとさえ思えてきた。それでも
は心配そうに僕を見つめる。だから少しだけ甘えてやっぱり痛いと言って見た。
ぎゅっとして、と言うと
はお願いしたとおりにぎゅっと抱きしめてくれた。
「もうちょっと、もうちょっとだけ」
もうちょっとだけ、貴方の傍にいたいです。
「うん、いつまでだっていいよ」
それならば、いつまででも、こうしていたいのです。
2011-12-28