EndlessSeventeen


CapriciousCat 07

図書館の司書の助手という名目でこの学校に勤務をしているけど、俺は別に仕事をこなしてはいない。そりゃ本の整理などはしてるけど、仕事ってほどで もない。本当に手伝いって感じである。しかもそれでも誰も怒らない。司書本人でさえだ。もともと1人でこなしていたのだから、俺が居なくてもできるのが当 たり前なんだけど。

ということで俺は半ニート生活をしている。相変わらずこの国の料理は油っぽいので、日本人の胃袋には少々重たく、運動もあまりしない俺は太らないようにと ホグワーツ内の探検を始めた。絵画の人たちとはあらかた仲良くなったから迷子になることもないし、階段も俺に悪戯をしてこないので難なく使いこなせる。こ こに来てもう半年くらいになるけれど、俺にはお気に入りの場所があった。

そこは殆ど使われない空き教室で、窓からの木漏れ日が優しくふりそそぐ所だ。広い窓の桟にころんと寝転がっているとついうとうとしてしまう。
散歩でダイエットとか思っていたはずなのに、結局食べては寝ての繰り返しだ。なんか猫みたいな生活送ってるなあと思いつつ、目を閉じた。


ぐっすりと眠りこけて、日が傾きかけて少しだけ教室が冷えてきた頃、ほんの少しだけ意識が浮上して自分が今どうしているのかわかってくる。
そうだ、昼寝中だった。そう思ったけれどまだ眸を開く気はおきないし半分くらい眠っていたので、教室に誰か入ってきた音がしても気にはしなかった。
足音は段々と近づいてきて、とすんと頭の近くに人が座った。
今まで生徒たちに話しかけられたりしてそれなりに接してはいたけれど近くに座ってくる人なんて居なかったから、こんなことをするのは多分一人しかいない。
トム、じゃなくて、 だと思う。

温かくて形の良い指先が俺の髪を隙、頬をなでた。



ぽつんと落っこちてくる優しくて程よく低い声は、紛れも無く だった。

「ん」

返事のつもりで声をだすが、かすれてて上手くでない。ぴくりと の指が動きがぎこちなくなった。でもそれは一瞬のことだけで、指は再び滑らかに俺の米神をなでた。

「こんな所で眠っていたら風邪を引いてしまうよ」
「うーん……」
くすくす、と笑う声が降り注ぐ。
俺の顔を見下ろしているのか、真上から声が聞こえる。ふっと顔に影がかかったのが目を瞑っていても分かる。額に の唇が落とされ、ちゅっと音を立てて離れた。
「んー」
くすぐったいよ、と言う意味を込めて苦笑いを浮かべつつ、 の指を掴んだ。
その指は絡み取られてきゅっと握られる。温かい指先が、なんだか酷く安心して、一層起きる気がうせる。

は一向に起きようとしない俺の顔に沢山キスを落とす。
唇以外、顔全部に の唇が触れたのではないかと思うくらい沢山。あまりにもくすぐったくて、もう目が覚めてきた。うっすらと明けた眸いっぱいに の端整な顔が映った。
「あれ、残念……今から本当の目覚めのキスするところだったのに」
鼻と鼻がくっつきそうなくらい近くに居た は苦笑いをしながら顔を離した。

「おはよう、
「おはよう

むくりと起き上がって体を少し伸ばす。
ふと手に違和感があって、指先に赤いものが光っていることに気がつく。小指に柘榴石の指輪がはめこまれていた。

「ん?これは……?」
「ずっと渡せなかったプレゼント……」

受け取ってくれる?と首を傾げた にふっと笑みを零してお礼を言う。

「大事にする」
「うん」

きゅっと手を握り締めて指輪の感触を確かめた。
は不安げに揺らしていた睫毛をほっと伏せて、笑った。




***




授業を終えて図書館を訪れるとそこには の姿は見えなかった。
さんはいらっしゃらないんですか?」
「ああ、彼ならきっとどこか散歩でも行ってるんじゃないかしら」
司書に尋ねるとそう教えてくれた。
は猫みたいに気まぐれですぐにどこかへ散歩にでかけたりしてしまう。仕事をしているときもあるけど、散歩をしているときのほうが多い。 図書館にいないこともざらだった。
だから僕はこうして を探すのが日常茶飯事だった。

きまぐれな階段ときまぐれな はとても気が合うみたいで人気の少なくてあたたかそうな場所へ を誘う。 が眠っているときはたいてい誰にも見つからない。階段も の邪魔をしないようにしてしまうのだ。
だけど僕だけはいつも を見つけられる。
それがとても嬉しい。

「……いた」

空き教室の前を通りかかり、そっとドアを開けて中をみると窓の桟にごろんと寝転がった人影を見つけた。
オレンジ色の光に照らされて眠っているのは

真っ黒な髪がつやつやと光っていて綺麗だ。

そっと隣に座って髪を撫でると は身じろぎをした。


「ん」

髪の毛を耳にかけてそっと呼びかけると、 は閉じていた唇をほんの少しだけ開けてかすれた声を出した。普段聞いたことの無い声に一瞬驚いた。

「こんな所で眠っていたら風邪を引いてしまうよ」
「うーん……」

顔をつつ、と撫でて声をかけると は眉をぐにっとしかめた。起きるのが嫌な猫みたいだ。
僕は思わずくすくすと笑ってしまう。
ああ、いとおしいなあ。

本当はこのまま何時間でも眠らせてあげたいところだけど、日は暮れ始めて時期に部屋も冷えてくるし硬い窓の桟で眠っていたら体も痛くなるだろう。 はふかふかのベッドで寝るべきだ。
そんなにおきたくないのなら、と僕は に悪戯なキスを沢山零した。

頬に、額に、鼻に、瞼に、唇をちゅっちゅっと押し付ける。
ふふっとくすぐったそうに笑った は僕の手を捕まえて抗議をするけど僕はやめない。 が寝てるのがいけないんだ。
キスも楽しいけれど、僕は の眸が見たい。黒くて甘い眸に自分の顔がうつるのが、すき。
僕はここに居るんだと思えるから。
が僕を見ているんだと思えるから。

まだ半分寝ている の小指にそっと指輪を嵌める。それは僕が に上げられなかった、前の誕生日プレゼントだった。
細くて白い指にやっと嵌めることができた。きらりと輝く赤い色は僕。

「んー」

ようやく は目をうっすらと開ける。
ふざけて唇にキスするところだったのに、と笑って見せると もくすくすと笑いながら体を起こす。
おはようと笑った はふと指輪の存在に気がつき首を傾げた。

「ずっと渡せなかったプレゼント・・受け取ってくれる?」

少し不安だったから、僕は恐る恐る を見つめた。
はまじまじと指を見て、そして僕を見て笑った。

「大事にする」

細められた黒い眸に、僕の顔が映りこんだ。

「うん」

2011-10-15