神様のイタズラにはもう慣れて来ていた。毎年十七歳をプレゼントされることはもうお決まりで、普通に暮らすよりも楽しいのだろうと認識はしていた。働かなくてもお金は入ってくるし、漫画の世界をのうのうと過ごせるのだから。人と別れるのはなんだか切ないこともあったけど、またいつか会えると思えば良いし、新しい友達を作れば寂しいとは思わなかった。 危険な世界に行っても命の危険を感じた事なんてなかったし、どういう訳か勘違いが生じて都合のいい解釈を周りがしてくれて俺は大抵は良い位置に居た。
お陰でのほほんとした性格になって来ている気はする。
何度目かの十七歳をプレゼントされた時、おまけがついた。いつも体力とかをおまけしてくれていたけど、それだけじゃなくなったのだ。
『 、おはよ。あと、誕生日おめでとう』
『おはよう、ありがと…… 』
朝一番に十七歳を祝ってくれる可愛い子供が出来たというか、弟ができたというか。
トム・リドルだった少年に新しい名前を与えたからなのか、俺の旅に同行できるようになってしまった。何度も十七歳を過ごすのを俺は気楽に過ごしていたけど、それを他人に強いてしまったことが大変申し訳なかった。
でも は、喜んでいた。また明日、のキスが怖くないんだと笑ってくれた。
今住んでいる場所は長野県のちいさな村だった。村といっても、俺たちの住んでいる場所は少し集落から離れている上にまわりに木がうっそうと生え囲っているので近所に家はない。少し行った所にキャンプ場や川があると聞いたけれどそこに来るお客さんが時折道に迷って俺の家の呼び鈴を鳴らすくらいにしか、人は訪ねてこない。
の魔法は世界を変えても、使えた。ただし、杖が無いので使い辛いらしい。あまりに大きな技を使うと胸が痛むそうだけど、采配を間違う事は滅多になく、加減をしながら使っている。
この世界にきて暫くして、うちに届いたエアメールはトム・リドル宛で、内容を見て状況を少し理解した。イギリスの大学教授からの手紙には がサイキックとして、色々と実験に協力していたことが書いてある。
あまり詳しくないけれど、どうやら魔法というよりも念力ととらえられているようだ。インターネットで検索すればトム・リドルの名前は容易く出て来た。人物については不明とされているけれど、念力の程度などは分かった。評判を見るに、その筋ではけっこうな有名人だった。
にそれを伝えれば設定としは理解したようだけど、トム・リドルの名前が有名になっていることは腹立たしいと眉を顰めていた。
それから何度かアメリカやイギリス等に研究強力を要請されて一緒に行ってみた。俺のことは皆当たり前の様に保護者として扱ってくれるし、 はパスポートのトム・マールヴォロ・リドルと本名が記載されたページを人に見せるときだけ不機嫌になったくらいで、研究者や関係者にはそつなく応えていた。かたくなに嫌がったのは顔を出す事だけだ。先方もまだ子供だからという理由で実験に参加する人物はほんの二〜三人のみで密やかに行われ、 の身元は隠された。
『オリヴァー・デイヴィス博士よりも若いとは思わなかったよ』
『だれです、それは』
『おや、知らないのかい?』
『あくまで保護者なもので』
助手の人にぽろ、と出された名前はやっぱり知らない人の名前だった。俺はあまり詳しくないと返すと、色々説明してくれた。強力なサイキックであり、ESP研究者なのだそうだ。なんでも、まだ十五〜六歳の少年らしい。
『へえー、会ってみたいもんですね』
『いずれトムと博士と共同実験やるのが僕らの夢さ』
大実験になりそうだ、と助手さんと一緒に笑っていると、実験が終わったの は俺に飛びついて来た。早く帰りたいと言うので結果を気にせず俺たちは帰国した。後日レポートや論文のデータが送られ、 がチェックして了承するとそれが学会等で発表された。二〜三回実験には付き合ったけど、飛行機に沢山乗るのも疲れたし、ゆっくりする時間がないからつまらないと が誘いを撥ね除けたので、滅多に実験に協力しないようになってしまった。
それからは、二人で恙無く暮らしていた。時にはガーデニングに凝ってみたり、時には旅行してみたり。
今日は、最近はまっているお菓子作りの材料を買いに行こうと二人で出かけてた。
木々に囲まれた小道を暫く歩けば、ようやく車が走るような道路に出る。車通りも人通りもすくなく、ぽつんと前を歩く人物が一人いるだけだ。
背格好からして若い少年の様に見えるけれど顔立ちは見えないので何とも言えない。
カーブの道にさしあたればガードレールの向こうはダムの深い碧が太陽に反射してキラキラ光った。
ブォン、と車が通り過ぎて行った風を感じて、結構スピード出していたなと思った。あぶないな、と思った矢先、前を歩いていた人物が車に撥ねられた。思わずぎゅうっと の手を握りしめてびっくりする。
車から降りて来たのは女性で、狼狽している様子が分かる。
俺とリドルが駆け寄ると、女性は焦ったような顔で車に乗り込み発進した。
『とめて!』
俺が咄嗟に頼めば はすぐに呪文を唱えた。杖がないかわりに合図として、腕を車の方向へ伸ばし指を鳴らす。無言魔法も使えるようだけど声に出した方が精度は良いらしい。呪文は、車をぴたりと停止させた。俺はすぐに追いついて、運転席から女性を引っ張り出した。
『 、あの人を頼む』
『わかった』
すぐさま女性は に失神させられたので車に寄りかからせて、俺は救護を頼んだ。弾き飛ばされた人は少年だったらしく、 が容態を説明してくれるのを聞きながら救急車を要請した。
心肺停止状態のようで、 が胸に手をあてて心臓に刺激を与え続ける。心臓マッサージがわりのそれの合間に、俺は人工呼吸を繰り返した。
それから十分くらいですぐにサイレンが聞こえ救急隊に引き渡すまで心肺蘇生は続いた。
犯人は失神から目が覚めて警察に引き渡され、俺と は事情聴取の為に現場に残った。
車があきらかなスピード違反をしていて、しかも逃げようとしていたことを答えると、俺たちはあっさりと解放された。
数日後、自宅に警察から電話があり、轢かれた少年の容態を聞かされた。呼吸は戻り、外傷の手当も終わったが意識だけが戻らないらしい。そして、彼の身元が分からず困っているのだそうだ。運転免許証は持っておらず、財布には現金しか入っていないそうだった。携帯もないのかと尋ねると、それも無いようだ。
「治療費とかは大丈夫なんですかね」
{治療費は加害者が支払うことにはなっているから大丈夫だよ}
「そうですか」
身元捜査だけは続けてくれるように頼み、彼の入院している病院の名前を聞いた。
どうやら近くの病院で受け入れてもらえたらしいので、次の日にお見舞いに行った。
『彼に名前つけてあげようか』
『はなこでいいんじゃない』
花屋で見舞いの花を買って歩きながら に提案すると、興味なさそうに答えた。はなこは女の子の名前だと教えると、じゃあ男の子は何と聞かれるので咄嗟に口を開いた。
『太郎かな……』
『じゃあそれ』
『ええ?いい加減だなあ』
『 の苗字あげるんだからそれで充分でしょ』
『そう?』
不機嫌なのか、ご機嫌なのかちょっと分かりにくい は組んでいた腕に力を込めた。
ほどなくして、名前が空白になっていた病室には” 太郎”と書かれ、 や俺が犬の様にたろと呼びかけていたことから、看護婦さんたちにもたろくんと呼ばれるようになってしまった。
刑事さんがたろの身元を調べあげるよりも、たろが目を覚まして本当の名前を教えてくれるよりも先に、俺はまた誕生日を迎える事になってしまった。
『次会ったときには、目が覚めてるといいね』
そういって、誕生日の前の日、たろに最後のお見舞いをして二人で帰路についた。
2013-12-07