と一緒に数えきれない程祝って来た十七歳の誕生日をまた今年も過ごした。
まだこの世界に来てから日が浅く、どこなのか大して分かっていなかったある日、イギリスのサイキック研究機関から一通の手紙が届いた。以前 がトム・リドルとして実験に協力した事のある機関と記憶していて、その世界にきたのだと理解する。
手紙は、南心霊協会がオリヴァー・デイヴィスとトム・リドルを連れ歩いてまわっている真偽を問う内容だった。
は一時期からあまり実験に協力的ではなくなった。何度か協力をしたことある機関からも断っていたから、彼らからしたら納得がいかないのだろう。
オリヴァー・デイヴィス博士の名前は大分前にちらっと聞いた事がある程度の記憶しか無いのでおそらく会った事はない。たしか、ESPとPKどちらも持った凄い人だ。
実際に協力をした覚えはないけれどそう言う設定だとしたら否定することもでないので調べる必要があった。
南心霊協会に問い合わせようかと思った矢先、もう一通の手紙に気がつく。
俺宛に、依頼が届いていた。どういうことだろうと首を傾げながら手紙を開くと、依頼内容は幽霊退治。ここでの俺のポジションを理解した瞬間だった。
俺宛にくるということは応えるべき仕事なので、依頼人に返事をする為に電話をした。
電話をかけて詳細を聞くと、沢山の霊能者を集めているようだ。その中に南心霊協会もトム・リドルとオリヴァー・デイヴィス博士を連れて来るらしいので、ますます行く気になった。
同じ県内だったので、 もイギリスやアメリカに行くときほど面倒くさがらなかった。
諏訪市の古い洋館に到着し、依頼者の代理人の大橋さんは丁寧に頭を下げた。
「 と、連れの です」
「海外の方でいらっしゃいますか」
「彼はイギリス人です。わけあって預かってるので連れてきました」
「かしこまりました」
俺も もまだ子供だというのに、大橋さんは表情を変えなかった。
どうにかしてくれるなら誰でも良いんだろうなと思いつつ、大きな屋敷に足を踏み入れる。
その瞬間、ぞくり、と悪寒が走った。
幽霊を見る事は出来たけど、この世界に入ってからちょっと顕著になっている気がする。今まではこういう調査に来た事が無かったから無害な物ばかりだったが、ここは悲しみと苦しみに溢れていた。ここには、幽霊ではなくて、怪物が居る。
『なんかいるよ、薄気味悪いのが』
大橋さんに案内されて廊下を歩きながら、 も囁いた。
広間に入ると、既に何人かの人たちが来ていた。後ほどご紹介に上がりますと言われて大橋さんは部屋を出て行ってしまったので俺たちは隅っこに座っていた。周りには年配の男女と若い男女がいたけれど、俺や 程子供は居なかった。何人かがうさんくさい物を見るような目でこちらをちらりと伺ってくるけれど気にしないことにした。
しばらくして、大所帯がわらわらと入ってくる。チャラそうなお兄さん、化粧の濃いめなお姉さん、俺と同じくらいの男女、大学生くらいの眼鏡をかけた青年、この中では一番年上と見える片目を隠した長身のお兄さん、外人の少年。
大橋さんの紹介が始まってようやく最後に入って来た人たちが渋谷サイキックリサーチの人々で、オリヴァー・デイヴィス博士は年配の男性だということが分かった。俺たちの紹介のときは、協会の名前にも若い子供たちにも少し首を傾げていたけれど渋谷サイキックリサーチも負けず劣らず変なメンバーなのでそこまでは目立たなそうだ。
以前聞いた話ではオリヴァー・デイヴィス博士は十代と噂されていたけれど、違うのだろうか。あれから何十年も経っているのかもしれないし、もしかしたら彼は偽物かもしれない。現に、南さんはトム・リドルの偽物を今現在目の前につれているのだから。
一度宿泊する部屋に行き、荷物を置いてから大広間へ戻ろうと部屋を出ると、女性三人が丁度目の前に居てばっちり目が合った。
「こんにちは」
「 さんですわよね、お噂はかねがね」
「こんにちは〜」
俺が挨拶をすると、和服の少女が上品に尋ね、活発そうな少女は俺と同じように笑顔で挨拶を返してくれた。お姉さんはじろじろと俺たちを見ている。 は、相変わらずあまり俺以外の人と喋ろうとしない為、俺の影に隠れて様子を伺う。
たしか、渋谷サイキックリサーチの方々ですよねと聞き返すと、原真砂子さんと谷山麻衣さんと松崎綾子さん、といっぺんに谷山さんが紹介してくれた。
食堂へ行くなら一緒に、と谷山さんが誘ってくれたので隣を歩いた。
「俺のうわさって??」
「どんなに強い霊でも祓ってしまわれるのだとか。お姿を外に出す事がないので、こんなお若い方だと思いませんでしたわ」
原さんは俺の事を知っているようなので少し聞いてみる事にした。谷山さんは凄〜いと隣で褒めてくれたのでいえいえと話を合わせてつつ、世間話を繰り広げた。
「二人ともいくつなんですか?」
「俺は十七、 は今年十歳」
「ええ、若!いや私たちも人の事いえないけど」
谷山さんが面白いくらいに盛大に反応してくれるので面白い。
「あんたたち兄弟?だとしたら、あんまり似てないわねえ」
「 はイギリスに居たときに引き取りました。義理の弟のようなもの、かな」
松崎さんが俺たちの顔を見て聞く。
「良い男になりそうね、アンタ」
にふんっと笑いかける松崎さんに谷山さんはすかさず、上から目線に失礼な事を……とツッコミを入れていた。 は完全に無視を決め込んでいるので松崎さんが俺を責めるようににらむ。
「ごめんなさい、人見知りで」
俺が謝ると は少し不機嫌になった。
彼は俺が日本語を喋るから日本語を覚えたけれど、日本語で話しかけられたり、話さなければならなかったりするのが嫌いなのだ。これ以上松崎さんも も不機嫌にならないように谷山さんに話を振って、広間まで足を進めた。
五人で部屋へ入ると、すでに俺たち以外の人々は皆居た。席に着くとお茶を勧められるので紅茶を頼んだ。
南さんは周りに人を集めて得意げに話しているので、俺はその内容をそっと盗み聞きした。
「まかせてください。なんら問題はありません。われわれにはデイビス博士の助言やトム・リドル氏のご協力がありますし、最悪の場合でもアメリカのアレックス・タウナス氏や――ご存じですね、有名な超能力者でいらっしゃる――ユリ・ゲラー氏の助言やご協力をいただけることになっております」
トム・リドルと名前が出た瞬間、 のカップの中の紅茶が揺れた。偽物か同姓同名のトムさんはデイヴィス博士より少し年上くらいの外国人の男性だった。
怒らないでね、と言う意味を込めて手を握ると、嬉しそうに微笑んだのでほっと安心する。
『あいつら、偽物だよ、つまらないね』
『そんなこといわない』
俺の膝の上に乗せてあげてぎゅうぎゅうと抱きしめるとふふふと笑って内緒話を始めた。
『でも退屈。早く帰ろうね』
『そだね』
次の日、調査という名目で色々ぶらぶらしてみる事にした。何人かには訝しげな視線を送られたけれど気にしない。
別に解決しようとは思っていないし。あんまりわからないし。
変な格好で廊下を占領している人よりは俺たちはよっぽどまともだ。
一人で荷物を運んでいる全身真っ黒な人が角から曲がって来て荷物にぶつかってしまった。バランスを崩させてしまったと思い咄嗟に支える。よく見てみると、大きいカメラと三脚だった。落としていたら大変な事になっていた。
「ごめんなさい」
「いえ」
「重たそうだけど、大丈夫?」
「うちの調査員が仕事をしてくれないもので」
「手伝おっか?」
「ご自分の調査を優先された方が良いのではないですか?」
なんか見覚えのある顔をしていた。昨日はあまりまじまじと見なかったけれど、 に負けないくらいの美少年だ。
つっけんどんな態度だけど正論なので何とも言えない。調査なんてしてないんですと言うのもおかしい。でも荷物が無いのも確かだ。
ふい、と避けて彼、たしか渋谷サイキックリサーチの鳴海さんは歩いていき一室に入って行った。
「おまえ、たしか とかいったな」
お散歩を再開しようとさっき鳴海さんが歩いて来た道に行けばまた人に出会った。坊主頭の年配のおじいさんだった。
「はあ」
「子供が二人で何をしに来たんだ?遊び場じゃないんだぞ」
高圧的な態度になんと答えようかぼんやり考えると隣の が機嫌悪くなって行くのが分かる。目の前の老人も俺が何も言わないので色々と文句をつけて来た。
「そうですね、物見遊山に来たようなものなのでそのうち帰ります」
そう言うとおじいさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして言葉に詰まる。
ぱくぱく口を開閉して何かを言おうとしているけれど、その間に がこん、と舌をならす。呪文をかけたようで、その場からおじいさんは足早に歩き去って行った。もしかして服従の呪文かなと思ったけど聞かないでおく事にした。
「調査に来たんではないんですか、こんなところで油を売っている暇があるようには思えないのですが」
「あ、おかえりなさい」
鳴海さんがさっきから大して移動していない俺たちに声をかけた。今度は手ぶらだ。カメラを設置してきたのかな。
「僕の顔に何か」
じいっと見つめると、ふと思い出す。怪訝そうな顔つきを見るのは初めてだけど、無表情に、そして目を瞑っていれば誰かに似ている。
「あ、たろ!!!」
「……」
たろにそっくりな事に気がついた。思わず名前を口にして、手で口元を覆う。
『わすれてた。たろ、どうしてるかね、 』
『知らない、もうどっか行ったんじゃない?』
「僕を犬とお間違いでしたら不愉快なので辞めていただけますか」
英語で に話しかけると、適当な答えが返ってくる。鳴海さんも英語がわかるのか、それは定かではないけど不機嫌そうに顔を歪めた。
「ああ、犬じゃないよ、ごめんなさい」
『早く行こう、まだ全部の部屋見てないし』
『そうだね』
くいくい、と が促すので俺は鳴海さんの事よりも屋敷とたろのことに意識を向けて、訳がわからないという顔をした鳴海さんを放って歩き出した。
先ほど紹介されていたデイヴィス博士が本物だとしたら、多分あれから三十年か経っていることになる。そうしたら鳴海さんはたろの息子とかかも知れない。たろはいつの間にか退院して家に帰って幸せになったのだ。そうだといいな。
2013-12-07