あたしたちは諏訪市にある、古い洋館に来ていた。ナルやリンさんだけじゃなくって、ぼーさんや綾子にジョンと真砂子、それから安原さんまで来るという大所帯だった。 しかも、ナルのやつマスコミに顔を出したくないなんて理由で安原さんに身代わりを頼むなんてどういう神経してるんだか。
想像していたよりもずいぶん大きくて、気味の悪い建物だった。ホテルとか博物館のようだったけれど、あたしなら絶対に好き好んで入らないかな。絶対何か出るって思うもん。
依頼者はもと首相ってことだけどそんなお偉い人がくるはずもなく、多分部下の人だと思われる四十代くらいのおじさんがあたしたちを出迎えた。その人、大橋さんはあたしたちの名前を一人一人きちんと聞いて噛み締める。
安原さんが所長ですと前に出ても眉一つ動かさない。ナルより年上だとしてもたいして変わらず若い見た目だから、普通だったらちょっと思う所が顔に出るはずなんだけど。そこはプロってところかな。
「どうぞ。皆様おそろいです」
どうやらあたしたちが来たのは最後だったらしい。大広間……いいや、食堂ってよんじゃえ……に案内されると既に何人もの人が長くて大きなテーブル席についていた。渋谷サイキック・リサーチとは別口で依頼を受けていた真砂子はすでに到着していつもどおりの着物姿でそこに座っていた。
此処に居た人たちは二十代くらいの若い人もいるけれど、それはだいたいおじさんやおばさんの付き添いの人たちといった所だ。なんの連れもなく若いのは、あたしたち渋谷サイキック・リサーチと、真砂子、それから一番奥に静かに座っている少年二人組だった。おそらく最年少だろう、小学生くらいの子供が居た。
その子は黒髪だけど、日本人離れした顔立ちに、ナルに負けず劣らずの美少年。隣に居るのはあたしとそうかわらない、男の子。この子は日本人らしい顔をしているけど醸し出す雰囲気が少しあたしたちとは違うものに思えた。
変に思われない程度に観察していると、大橋さんが順番にここにいる皆の紹介を始めた。
「南心霊調査会の所長、南麗明様。所員の中原清明様、白石幸恵様、福田三輪様……」
大橋さんが丁寧に紹介すると紹介された人たちもこくん、と頷くので誰が誰だかは分かるのだけど、こうも人が多いと覚えきれない。
「そのオブザーバーで、トム・リドル様と、心理調査協会のオリヴァーデイヴィス博士」
南心霊調査会のおじさんは、得意げに二人の外国人の間に座っていた。片方は赤茶色の髪、もう片方は優しそうな面持ちの灰色に近い髪をしたおじさんだった。
トム・リドルさんのことは以前PKの話になった時、PK-ST(静止した物体に影響を与える力)、PK-MT(動いている物体に影響を与える力)、PK-LT(生物に影響を与える力)全て使える人だと教えてもらった。とくに最後のPK-LTは使える人が滅多に居ないから凄いんだって。
オリヴァー・デイヴィス博士も有名人の中の有名人で、ESPとPK両方を持つ超能力者だ。ものすごい力を持っているらしい。
その場にいた皆も二人の名前を聞いてザワつくけど、大橋さんは無視して続けた。まだ紹介されていないのは、あの二人組と、あたしたちだけ。
「渋谷サイキック・リサーチの所長、渋谷一也様とそのみなさま……滝川法生様、ジョン・ブラウン様、松崎綾子様、鳴海一夫様、谷山麻衣様、林興除様」
一切メモを見ないでこの人数を正確に言ってのけた。
最後はあの二人だ。
若すぎる所長、化粧の濃い女に長髪の男、明らかに高校生な少年少女に外人一人と固目を隠した男っていう傍から見たら変なメンバーなあたしたちにも匹敵する、変な二人。
周りの皆もトム・リドルやオリヴァー・デイヴィスの名前にひかれつつも、あの二人が誰なのか気になるようで視線は二人に注がれる。
「霊能者の 様と、お連れ様の 様。以上の二十二名の方々です」
掌で示し終わりようやく大橋さんの手は下ろされた。
という名前が多分少年の名前で、 が小さい子の名前だろう。
それから、周りから と反芻する声が聞こえた。真砂子と同じように霊能者と紹介されたけど、有名な人だったのだろうか。テレビで見た事はないけれど。
さんと くんはテーブルの木目でも数えているのかというくらい視線を動かさず目線を落としたままぴくりともしなかった。
寝泊まりする部屋として案内されたのは食堂の上の部屋。ホテルみたいなベッドが三つあって綾子と真砂子と同じ部屋だった。ナルやリンさんたちは隣とさらに隣の部屋だった。
軽く荷物の整理をしてから三人でまた食堂に戻ろうと部屋を出る。長くて広い廊下を歩いていると丁度通りかかった部屋のドアが開いた。ぱっちりと目が合ったのは、 くんと手を繋いだ さんだった。
「こんにちは」
一言も喋らず表情も変えなかった先ほどの紹介の時とはうってかわって、優しい声色と穏やかな表情で挨拶をしてくれた。真砂子が珍しく さんに声をかけていて、どうやら名前を知っている人らしかった。
その事にあたしも少し驚いたし、本人も少し目を開いていた。
聞けば、外に姿は出さない人らしくて、ここで顔を見られたのは本当に奇跡のようだった。真砂子の口ぶりからするに凄い人みたいだし、ラッキーって所かな。
「二人ともいくつなんですか?」
「俺は十七、 は今年十歳」
「ええ、若!いや私たちも人の事いえないけど」
あたしと同い年だった さん。思ったより人懐っこいので くんて呼んじゃおう。
くんは一言も喋らず くんの手をぎゅっとにぎったままあたしたちと目を合わそうとしない。
どういう関係なのかと綾子が聞くと、血のつながりは無いらしい。引き取った、なんて十七歳が口にするにはおかしな言い方だった。
「良い男になりそうね、アンタ」
上から目線に失礼な事を……。綾子はふふんと鼻で笑って くんを見下ろした。日本語がわかるのか、それとも綾子の表情で察したのか、一瞥だけして嘆息した。綾子に負けないくらい態度が悪い。
「ごめんなさい。人見知りで」
人見知りですませていいんかい!って思ったけど声には出さなかった。 くんににらまれたら嫌だし。無愛想な所とかは凄くナルにそっくり。多分五年後にはナルみたいになってると思う。
綾子が悪いのに、咎めるように見られて、 くんは困ったように笑った。
食堂につくと、あたしたち以外の人も揃っていて、お茶を飲んだり談笑したりしていた。お手伝いのおじいさんたちにお茶を勧められたのでコーヒーをお願いした。
南心霊協会の南さんはデイヴィス博士やリドル氏をはべらせて、得意げに周りの人々に自慢していた。あまりに有名な人物たちの顔ぶれに、周りの皆は半信半疑の表情。
あたしもちょっと半分疑っちゃうな、と思いつつ隣に座ったジョンに小声で話しかけた。
「すごいよね」
「さいですね。けど、リドル氏やデイヴィス博士と知り合いなんですから」
まあ確かに、現に有名人二人を両隣に座らせているのだから、ユリ・ゲラーを連れて来てももはや驚けない。
「博士とかリドルさんってどこの国の人?」
「お二人とも、イギリスのお人です」
デイヴィス博士はなるほど紳士っぽい人だし、リドルさんもなんか堅物そうな所はイギリス人っぽいイメージがした。でも、とジョンが言いよどむので尋ねると、二人とももっと若い人だと思っていたらしい。
あたしにしてみたら、どっちも充分若いと思うけど。
周りの人たちが片言な英語でリドルさんや博士に話かけている。あたしもどうにかコンタクトをとってみたい。でも片言ですら英語ができないからジョンに通訳をお願いしてみる。
そのとき、ふと目に入ったのは くん。 くんをいつの間にか膝の上に乗せていた。凄い仲良さそうにみえるし、実際に仲が良いのだろうけどなんだか妖しい雰囲気を感じてしまう。
こしょこしょ、と くんが くんに内緒話をしている。そしてクスクスと笑みをこぼしつつ、紅茶を飲んでいた。
「そう言えば……」
「?」
「あの くんもイギリスって言ってたけど くんも英語しゃべれるのかなあなんて」
「仲良うならはったんですね、さっきも一緒に入ってきはりましたし」
「んふふ、偶然会ったから一緒したんだけどね、 くんはともかく くんは凄い話しやすい子だったよ」
ジョンはさいですか、と優しげに頷いた。
次の日から調査は始まり、あたしたちは温度を計測に行き、南さんに会って違和感を感じながらベースへ戻った。あたしでも知ってる計測方法を、南さんは全然守ってなかったのだ。あんな権威ある研究者の助言があると言いふらしておきながら、あんなぞんざいな調査をして、デイヴィス博士の信用を落としてしまうのではないかと思った。ベースでもその話をすると、博士がいかに厳密なのかと色々話を教えてもらう。つい話し込んでしまっているところにナルが帰って来てあたしたちに厭味を言い、仕事をさぼっていることを咎めた。
カメラの設置にデッキをもちながら歩いていると、 くんと くんが手を繋いで向こうから歩いて来た。
「あ、今度は手伝ってくれたんだね」
「ええ、ようやく」
ナルの事を知っているのか、 くんは声をかけて来た。あたしと目が合うと、 くんは小さく手を振ってくれたけどデッキを持っているのでどうにも手を振り返せない。にこ、と笑うだけで勘弁してくれ。ごめんよ。
二人の話を聞いていたら、あたしたちが仕事をしてなかったという話が彼にまで行っていることに気づく。関係ない人にまで愚痴ってんのかこの野郎、とナルの黒い背中を睨みつける。
くんがくいくい、と くんの手を引くと、何が言いたいのか分かったようで頷いている。ツーとカーのレベルを超えてる、この二人。
「じゃあこれで。あ、谷山さん」
「んえ?あたし?はい!」
皆が居る中あたしだけ名指しをされたので驚いてデッキを落としそうになる。すれ違い様に くんはぽん、とあたしの肩に触れた。
「夜は絶対に一人にならないでね」
「え?」
「一秒たりとも……だよ」
闇色の眸に、ぽかんとしたあたしの顔が映った。
周りの皆もしんとしてしまって、 くんが去って行った背中を少しだけ見送った。
「なんで……あたしだけ?」
綾子も真砂子も一応顔見知りだし、ナルだって知っていた風なのに。
「麻衣が一番危なっかしく見えたんだろう。まあ一目瞭然だな」
「たしかにな。気をつけろよぉ麻衣」
ナルが表情を変えずに言って歩き出すと、ぼーさんや綾子は馬鹿にしたようにぷぷぷと笑う。
「なんだとぉ〜、この野郎ぉお……」
デッキを持っているから殴れない。憎い。
「でも確かに、麻衣だけじゃなく、全員に言える事だ。皆夜は一人になるな」
ナルの言葉に、全員が少しだけ目を見張って小さく頷いた。
夜は幽霊が活動しやすい時間だから、確かにそう言えるんだけど。こんな風に念を押されると、やっぱりちょっと尻込みしちゃうじゃん。
「というか、 は、大丈夫なのかあれで」
荷物を設置しながら、ぼーさんがため息まじりに呟いた。ぼーさんも一応 くんの名前や活躍は知っているみたい。でも本人の素性を知らされていなかったのであんなに若いとうさん臭く思えるのだろう。人の事言えないくせにすぐ人を疑うんだから。
「本物なのかあ?あいつ。子供連れてるなんて噂聞いた事ねえが」
「今回は泊まり込みやさかい、連れてきはったんじゃないですやろか」
「そーはいってもなあ。危険だぜ?実際に人が消えてんだ……万が一ってこともあるだろうよ」
「あらなあに、心配してるの?やっさし〜い」
ぼーさんは半信半疑だけれど、子供がいたら危険だという心配の方もあるらしく頭を掻く。 くんが霊能者だという証拠は実際には無い。名前だけは有名らしいけれど本当に本人なのかは分からないのだ。同業者の真砂子でさえ。
むむぅ、ナル並に謎すぎるぞ、 くん。
くんの正体もわからず、このお屋敷の謎もわからないまま、ナルや くんの言った通り夜の調査はせずに早々とベッドに入って寝てしまった。
次の日は図面作成の為に計測に邸内を歩き回る。相変わらず他の人たちも色々調べているみたいだけど、意味が分からない行動をしている人もちらほらいて、ぼーさんがなんだありゃと呆れた声を漏らしていた。
途中で井村さんとかいう坊主頭のおじいさんに色々と文句を付けられて、松山を彷彿とした。けれど松山のときは黙っていた安原さんがおちょくるように井村さんを言いくるめてしまったのであたしたちは爆笑してしまった。
「すごいね」
「「ぅわあ!?」」
笑っていると、すぐ真後ろから声が聞こえて飛び退く。いつのまにか、 くんが至近距離に居た。
ぼーさんと吃驚して同時に声を出すと、 くんはごめんなさいと笑いながら謝った。相変わらず、 くんは静かに くんの手を握っていて口を開かない。
「お、驚かすなよ少年……」
「いつのまにそこにいはったんどすか?」
「隠れてた。あの人昨日つっかかってきたから」
ぼーさんは落ち着かせるように胸をおさえ、ジョンは少し戸惑いがちに尋ねる。
くんはのんびりとした口調で、井村さんが去って行った方向を指差し、困ったように笑った。どうやらあたしたち同様に昨日つっかかられたみたい。安原さんがいたからあんな風に去って行ったけど、 くんはどうやっておっぱらったんだろう。
「そりゃ御愁傷様だな……。放っといたら長そうだけどどのくらい絡まれたんだ?」
ぼーさんがちょっとにやつきながら くんを見下ろす。
「ああ、すぐ追い払っちゃったんだ」
「は?少年が?」
「んーん、 が」
けろっとした様子の くんと、きょとんとしてしまうあたしたち。はあ?とみんなして口を大きく開ける。
「おまえさんがかあ?」
へろへろと指をさすぼーさんにあたしも同感。
ぱしん、と小さな手が指差すぼーさんの手を払いのけた。ぴし、と固まるあたしと、ぴきっと青筋を浮かべるぼーさん。確かに指を指したのは悪かったけど。本当ナルにそっくりだな。喋るぶんナルの方がマシなのか、悪質なのか。
「ごめんなさい」
「ああいや、指差したのが気に食わなかったか、悪いな坊」
謝る くんに笑ってから、ぼーさんがぽんぽん、と くんの小さな頭を撫でるが心底嫌そうな顔をして くんの後ろに隠れた。握っていた手を一瞬だけ放して くんが くんを撫でると、猫の様にごろごろとすり寄った。顔が隠れているので表情を見る事は出来ない。でも充分上機嫌だと分かる。
本当に くんが好きで、本当に周りを嫌っている感じ。ちょっとむかっと来ちゃうけど、 くんには可愛いのかな。
「いつもは、もうちょっと社交性あるんだけど……ここ居心地悪いから不機嫌で」
「 くんは霊感がおありなんですか?」
居心地悪いからという理由なのか、 くんは困った笑みを浮かべて くんを許しているようだ。たしかにこのお屋敷に入って来たとき気持ち悪いと思った。それを感じたのは真砂子やあたし。あたしは微妙な線だけど、真砂子は霊媒だから、 くんも霊媒なのではという点が浮上する。 くんでは、ないのだろうか。
安原さんが聞くと、 くんが口を開いた。視線を落とし、暗い面持ちだ。
「 に霊感はほとんど無い。でも子供だからかな、嫌なものがいるとわかっちゃうんだね」
言いながら顔を上げた くんの、真っ暗な眸をみてぞくりと悪寒が走った。この人はなんだか桁が違う。漠然とそう思った。
2013-12-07