洋館に居る幽霊も化物の存在も分かったけど、彼らの気持ちや事情は決して分かりたくない。読もうとしていないのに垣間見える悲しみや痛みは、気持ちいい物ではないからだ。
あの化物を浄化する方法は今の所思い浮かばない。いざとなったら俺がやるんだろうけど、そのいざって時にはなんとかなるだろう。
夕食を食べているときに降霊会に誘われた。五十嵐さんという、丁寧な口調の年配の女性で、俺が参加しますと答えるとありがとうございますと頭を下げられた。何人かは誘われていないので、俺は信用されているということなのだろうか。こんなうさんくさいのに、と自分で思ったけど、 の名前を一応信じようと思ってくれたのかもしれない。
夜の九時からで、と約束をとりつけられたので、その時間まで部屋にいることにした。
シャワールームがあるので帰って来たらさっさと寝られるように と順番にシャワーを浴びて髪の毛を乾かしていたらもうそろそろ九時になる。パジャマで行くのは憚られたので明日着る予定だった服で二人とも部屋を出た。
「あ、こんばんは」
「 くんだ、こんばんは」
またしても部屋を出た瞬間谷山さん達に会った。今回は渋谷サイキック・リサーチの面々全員が揃っていた。人が多いに越した事はないと思い、一緒に歩かせてもらう事にする。
「 さんはおやすみにならなくて大丈夫ですの?」
原さんが小さな に気を使って尋ねると、 はこくんと頷いた。ちゃんとリアクションとるのを初めて見たのか、原さんは袖で隠れた手を口元へ持って行き、目をちょっとだけ見開いた。
「一人にさせられないから連れてきたけど……」
昔から不健康だったのか、 はあまり睡眠時間を取らない子供だ。中身はもう大人だし、身体は子供と言えど十歳だから多少は夜更かしができるのでこの降霊会は何も心配は要らないはず。でも最近気疲れしているのか今日は少し眠たそう。
『平気?眠くなったら言うんだよ』
日本語もわかるけど英語で言うと、握っていた手に優しく力がこもり、 は目を細めて頷いた。
「すごい!英語だよね?今の」
「え、うん。 に話しかけるときはたいてい英語」
谷山さんが俺のちょっとした英語に、面白いくらい驚く。そのくらいで騒ぐなよと滝川さんが笑うけど、谷山さんはやっぱ英語喋ってるってなんか凄いじゃん、と笑った。
「あれ?でも、ブラウンさんは英語喋らない?」
「ジョンは変な日本語ばっかりだから」
松崎さんがからかうようにブラウンさんを見やった。たしかに日本語はちょっと変だ。京都弁や大阪弁に敬語が入り交じってて愛嬌のある喋り方。お祈りのときは標準語らしい。英語じゃないんだな、と思ったけどそれは言わないでおこう。
ブラウンさんはからかわれ慣れてるのか、少し笑った。
「でも俺、ブラウンさんの喋り方すき」
これで英語で喋ったり標準語とかになると逆に違和感を感じてしまいそう。あは、と笑うと、ブラウンさんはぽぽぽ、と顔を赤くして本気で照れていた。
「耳まで真っ赤だぜ、ジョン〜」
「そ、そんなこと言わはる方今までおらんかったさかい……堪忍しておくれやす」
滝川さんがういうい、と肘でつつくとブラウンさんは照れを隠すように笑った。
「 さん」
和やかな場に、静かな声が割って入った。声の主の鳴海さんを見て、返事のかわりに首を傾げた。
「参考までに聞きたいのですが、ここには何かいますか?」
「ん?いると思うけど」
「思う?」
俺の曖昧な返事に鳴海さんの片眉がつり上がって、どういうことですか、と深く聞かれる。
「怖いから、見ないようにしてる」
「おいおいなんだそりゃあ」
滝川さんが呆れつつ、ちょっと怒りを孕んだ声で俺の言葉に突っ込んだ。見ようとしたらきっと凄いのが流れ込んでくるだろう。今晩眠れなくなっちゃう、と言うと松崎さんもはあ?と顔を顰めた。鳴海さんは表情を変えない。
「お前さんそれでもプロか?」
「あー、みなくても分かる。あれは普通には祓えない……参考になった?」
多分、相当深いところまで墮ちてしまってる。普通の除霊じゃ浄化できないと思う。
突っかかってくる滝川さんを無視して鳴海さんの顔を伺った。
「ええ、ありがとうございます」
鳴海さんはもう興味が無いのか考え事をしているのか前を向いて足を進めるだけだ。かわりに滝川さんが色々食いついてくる。俺の曖昧な態度はいつものことだけど、そういう明瞭ならないのが嫌なのだろう。
俺が本物なのかそうでないのか、気にしてる。そんなのどっちだっていいのに、偽物が我慢ならない様子だ。でもこの一件が終わったら俺が言っていたことを少し分かると思うし、もしかしたらもう会わないかもしれないし、言い訳するのも変だし。信じてもらえる術が分からない。
そのあと、降霊会が始まり、霊媒の鈴木さんが一心不乱に助けてと悲痛な叫びを綴った。こわい、帰りたい。 は眠そうにうとうとしていて、その様子を見ると少しほっとする。すり寄ってくるのでそろそろ眠いのかなと思い、そっと肩に手を置いてぴったりとくっついた。人の体温がすごく安心する。
皆は先ほど黒いマジックを使っていたにもかかわらず一枚だけ赤色で出て来た、"死にたくない"の文字をたしかめるべくモニタに注目している。
デイヴィス博士とリドルさんはさっきも普通に狼狽えていたし、口を開く様子も無いので此処に来た収穫はなさそう。 の前にしゃがんんで顔を見上げると、唇が降り注ぐ。頬にちゅっと音を立てて弾み離れたので、今度は俺が米神にキスをすれば満足そうだった。そのまま を負ぶって立ち上がると皆がモニタからこちらに視線を移していた。気にしなそうな鳴海さんや、一言も喋った事無い長身のお兄さん……確かリンさんと呼ばれていた……まで無表情にこちらを見ている。
「な、なにやってるの くん」
「おやすみのキスだよ?…… 眠いみたいだから、部屋に戻ります」
谷山さんが慌てたように口を開く。よいしょ、とおぶり直しつつぺこりと頭を下げると皆微妙な顔をする。結果見てけよってことだろうか。
もの言いたげな視線を無視して部屋に戻り、ベッドは二つあったけど今日は と一緒に寝た。
そして次の日、鈴木さんが姿を消したことを知った。五十嵐先生はしきりに他のメンバーに鈴木さんを見ていないかと尋ねるが誰もが彼女の行方を知らなかった。デイヴィス博士に助けを求めるも、聞き入れられない。失踪した時に身に付けていた物でなくてはならないらしい。そんなもんなのかサイコメトリって。首をかしげるけど、この中で実際にサイコメトリをできる人がいないのか、誰も口を開かなかった。
『ね、もう帰ろうよ』
鈴木さんを探すのに協力して、谷山さんと滝川さんとブラウンさんと渋谷さんの四人と一緒に歩いていると、 は俺に小さく声をかけた。
『活躍は見られなさそうだし、偽物もわかったし』
デイヴィス博士とトム・リドルのことを言っているようだ。たしかに見物と確認はもう済んだ。しかし、たろにそっくりな彼、鳴海さんはたぶんこの物語の中心核だから、もう少しここに居なければならない気がするのだ。
『もうちょっとだけ、居てもいい?』
『 がそう望むなら』
『ありがとう』
抱き締めて、頭のてっぺんを優しく唇でなぞると 擽ったそうに身をよじった。
「おいおい、お前さんら一体どーゆー関係なんだ……」
「甘・い雰囲気ですねえ」
滝川さんと渋谷さんが俺たちのスキンシップを見て口を挟む。
谷山さんとブラウンさんは顔を赤くしつつ、ひきつった表情をしていた。
外人だとしても行き過ぎてねえ?と滝川さんに言われてきょとんとした。俺のまわりの人たちは結構くっついてくる人が多かったから普通だと思っていた。
「ブラウンさんはこのくらいしない?」
「ぼ、僕はそんな…!!」
話をふると真っ赤になって慌てる。
「俺達は二人きりの家族だから、まあ人より過剰なのかもね」
皆が一瞬だけ目を見開き、谷山さんは俺と以前話したときのことを思い出したのか、ためらいがちに俺たち二人を交互に見る。十七歳の俺が子供を引き取れるのが不思議なのだろう。
「もともと同じ孤児院にいたんだけど、そのあとは学校の先生に面倒を見てもらっていたんだ」 今は俺が日本に行くからと がついてきた感じ。一応両親の遺産はあるので大丈夫だと、半分本当の嘘をつく。
「麻衣といい少年たちといい、大変なんだなあ」
滝川さんが俺の頭を撫でると、 が滝川さんのお腹を押し返し、苦笑いをされる。
谷山さんも孤児なんだねと軽く会話をしつつ部屋を出て廊下を歩いた。
「デイヴィス博士がサイコメトリしてくれたらなあ」
「さっきいってたろ?失踪時身に付けていたものからじゃないと駄目だって」
谷山さんのぼやきを責めるように滝川さんが彼女の頭をかき混ぜた。
「だってさ、普通そんなことあるのかな」
俺と同じように思っていた谷山さんは、デイヴィス博士について疑問を口にした。
「せっかく来てるのに何にもしてないのは事実ですよねお二人とも」
渋谷さんは笑顔で有名人をばっさり斬る。確かに全然役に立ってない。
話を少し逸らすように、谷山さんがそういえばと口を開く。
「博士は分かるけどそもそもリドルさんって霊とか関係する人なの?すごいPKだとは聞いたけど」
「普通はPKだけだったらそこまで関係はしてこないが、トム・リドル氏はちょっと特別なんだ」
滝川さんが腕を組んで口を開いた。
三種類全部使えるんだったよなと思い、俺も少し口を挟む。
「まあそれだけでも凄いんだが、あの人の場合はその三つ以外にも出来るんだよ」
「え?どういうこと?」
「何も無い所から火や水を出したり、爆発させることも出来るらしい。普通何も無い所から出すのは無理だが、トム・リドル氏は出来る。ってことで、PKだけにおさまらない。魔法使いとまで言われている人物なんだ」
「魔法使い、ですか?」
そんなことまでしていたんだなと思いながら を見るけど、無表情だった。
ブラウンさんが魔法使いという言葉に、少し目を見開き聞き返す。滝川さんも、ううむとうなりながらそう言われているだけだがなと念を押した。
「力の強さも、深みも、結構謎な所がおおくてな……んである時から一切出てこなくなったんだ」
「へえーなんでだろうね」
「そもそも公にはでない人物だしなあ。実験もほぼ特定の団体にしか協力していないから、誰もトム・リドル氏の動向を知らない」
日本に拠点を置いて移動が面倒になったからだと思うけどそれは口を挟まない。黙って聞いていれば結構魔法を頻発しているような事が分かる。杖がない今、大した力は出せないけれど出来る事は多いようだ。試そうと思ったことはないけど の出来る範囲を知れて良かったように思う。
「デイヴィス博士以上にリドル氏はお姿を見かけんお人ですから」
「ほへえ、そうなんだ」
ブラウンさんも噂を聞いているようで話に参加した。渋谷さんは俺と同じようににこにこしながら聞いている。
「博士の方は実験をされますし、映像も撮ってはります。本当に一部のお方しか見られへん貴重なもんですが」
「リドルさんは?」
「実験の映像は一切残さないし、実験の主催は研究者。協力にトム・リドルの名前が入るだけ―――」
す、とリドルが珍しく自分から手を離した。あれ、と思っていると、滝川さんに近寄っていき、足を思い切り踏ん付けた。
「いっでえ!?」
涙目で踏まれた足を上げて手で押さえる滝川さん。皆目を丸くしていた。
今まで大人しかった が急に動いたかと思えば子供らしく悪態をついたのだ。俺としては魔法を使わなくてよかったとほっとしていた。 はすぐに俺の後ろにまわって背中に抱きついた。顔は見えないけど多分今は甘えモードに入ってる。トム・リドルを連呼したからだろうなあ。
「ゴ、ゴメンネ」
「こんにゃろっ、おい、出てこい!」
「ぼーさん、大人げないよ」
滝川さんが俺の肩を掴んで押し退けるけど は俺と一緒に動くので滝川さんと対面することはなかった。がくがく揺さぶられながら のかわりに謝るけど許してくれそうにない。谷山さんが滝川さんのシャツを掴むけど止まってはくれなかった。
「その名前、嫌いなんだ、うちの子」
「ああ!?お前さんがそうやって甘やかすからこいつはなあ!」
「ごめんって」
それから暫く揺さぶりは続き、 が鼻を啜り始めてようやく終わった。泣かせちゃいましたねえ滝川さん、と渋谷さんが言うと、今まで怒っていたのも忘れて に謝り始めた。
よほどストレスが溜まっていたのか、もしくは嘘泣きだ。こっそり顔をのぞけば涙目にはなっているので正面から抱きしめると子供の様によじ登って来た。
「俺が叱っておくね」
「ああ……頼むわ」
基本的に優しい人柄のようで滝川さんは困ったように笑って、部屋から出て行く俺たちを見送った。
昼まで捜索は続けられたが結局鈴木さんは出てこなかった。そしてその晩、厚木さんが消えだ。
2013-12-07