抜けていた先輩達が戻って来て、体勢が整ったころ、新たなマネージャーが入部した。
体力が無いらしくて、マネージャー業をしててもヘバっている所が目に入る。俺より身長あるけど、体重はあんまり変わらないって聞いたし。
でも、実は運動神経は抜群らしい。体力がなくて弱いだけで、ポテンシャルっていうのが高いのだとか。
人懐っこそうに見えて、先輩や俺たちのこともどこか他人行儀な呼び方をする。頼り無さそうに見えて、時々凄い瞬発力や運動能力を発揮する。なんだか不思議な人だなあと思ってた。
でも、他人行儀な呼び方なのはまだ会って間もないかららしく、提案すれば下の名前で呼んでくれた。そのくらい砕けてくれていた方が俺も嬉しい。本人も下の名前で良いよって言ってくれたのでさんって呼ぶようになった。
次の日の朝、ロードワークに気合いを入れすぎて他の部員とはぐれた俺は、研磨と出逢った。
馴れ馴れしく呼び捨てにしたら、二年生だったらしく、態度を改める。でも、研磨はそう言うの嫌いっていって許してくれたので、俺も気にしない事にした。
「しょーうよーうくーん」
色々話しかけていたら、チリンチリーンとベルを鳴らしながら、ママチャリに乗ったさんが現れた。
「あ!さん」
ブレーキをゆったりとかけながら、俺と研磨の傍で自転車を止めた。
「先輩?」
「マネージャーのさん!研磨と同じ二年生!」
「翔陽の友達?どうもー。影山くんから聞いたぞー、競争してたらどっか行ったって」
「すんません、夢中で走ってたらいつのまにか……」
「小学生か君は」
こつん、と頭を小突かれたけど全くいたくない。
「あ、なあなあ、お前の学校強い?」
「うーんどうだろ、昔強かったらしいけど一回衰えて……でも最近は強いと思うよ」
帰らないとと思ったけど研磨にまだ聞きたいことがあったからつい話しかけてしまった。
研磨のその言葉に、背筋がぞわっとして、何処の学校かと聞きかけた所でそれを遮るように、誰かの声が被った。
「研磨!」
あ、クロだ。と研磨が立ち上がるので何も言えずに見送った。またね、って言われた意味が分からなかったけどさんは相変わらず朗らかに笑い返していた。
「またね?」
「……また会えるんじゃない?バレー部なんだし」
「そっか……ってやべ!!!!ロードワーク!!!」
さんの言葉に納得したは良いけど、俺はロードワークの途中だったことを瞬時に思い出してまた走り出した。さんは自転車で追いかけながら時々がんばれーと声を掛けてくれて、他の部員より遅れて体育館に戻った俺はキャプテンと監督からちょっぴり怒られるのだった。ついでに月島には馬鹿にされた。
さんや研磨がまたねと笑っていた理由は、音駒高校との練習試合当日に分かった。
選手が整列して対面した際、研磨が居たのだ。
さんは音駒の赤いジャージを見て気づいていたのかもしれない。
音駒との戦いは凄い楽しかった。俺のスパイクに犬岡はついて来たし、俺は負けないように動き回ったし、研磨はすげートス上げるし、皆は取れないだろってボールまで拾ってた。
何度も挑戦して、三試合目になっても負けた。
四試合目も挑んだけど、皆は東京に帰る新幹線の時間もあるからと受け入れて貰えなかった。
「皆汗拭きなー」
ひょこりとさんが現れて、籠に入ったタオルを渡し始めた。笑顔でお疲れと言われると嬉しい。
「お前さん、か!?」
「今更だなー猫じい、一応さっき挨拶したじゃない」
「どうせ影に居たんだろ?分からんわ」
ぱしんと胸を叩かれているさんは、猫又監督と知り合いらしい。猫じいだなんて呼んでるから相当仲が良さそうに見えた。
確かにさんも選手共々挨拶していたけど、端っこにいたから監督も見てなかったんだろう。
「何でがこんな所に居るんだ?コーチでもやってんのか?」
「やだなあ、俺がコーチなんて出来る訳ないじゃん。手伝いにきてんの。マネージャー!」
「確かに貧弱でノーコンだから使いもんになるこたぁ無かったな」
「えっ、そこまで言う?」
元々フレンドリーな人だったけど、部員と話しているときよりも子供っぽかった。
さんはからから笑って、音駒の部員達にもよかったらタオルどうぞと渡しにまわってしまって、それ以上猫又監督と話しすことはなかった。
そういえばさんは前にバレー部に入っていたと言っていたから、そのときに知り合ったのかもしれない。誰もが、さんと猫又監督の仲に驚きはしたものの違和感を感じる事は無かった。
おまけ
「先生、さっきのマネージャーと知り合いなんですか?」
「か?アイツは烏野が一番強かったあたりのOBでなあ」
「え!?」
直井と猫又は、鳥養と武田と別れた後に廊下を歩きながら雑談を交わす。
「一番強いって……小さな巨人の居た頃ですか?」
「確か一つ上、だったか。まあ、は試合じゃあ使いもんにはなりゃしねえから有名じゃなかったが」
あの頃は部員が凄く多くて、一度も公式の試合に出られない選手がごまんといた。直井も鳥養も、万年ベンチだった。試合じゃ使えないと評するのことを、他校の監督である猫又が覚えているというのは驚きだった。
猫又は、目を細めて口を開く。
「運動神経だけは抜群だった」
「は、はあ」
「誰よりも高く飛べる癖に、スパイク一本で掌を赤く腫らす。どんなボールにも追いつける瞬発力と動体視力だがレシーブ一回で腕に打ち身を作りやがる」
「え!?」
言っている意味が一瞬理解できなかった。数秒かけて、つまりは猫又監督が言っていた通り、貧弱だったのだと納得した。
「どんな相手でも一点は確実に獲れる、一点は確実に護れる。しかしな、25点獲らなきゃいけない試合じゃあ、それっぽっちって事になる」
猫又監督は溜め息をついた。
「天才なんだが、バレーは向いてなかった」
最後に名残惜しそうにぽつりと呟いた。彼がもう少し強い身体をしていたならば、きっと小さな巨人に並んで、音駒との公式戦も叶ったのかもしれない。
それにしても、そんなに貧弱な奴があるか、と直井は問いかけそうになった。
しかし、の姿を思い出して口を閉ざす。
はバレー部の誰よりも小柄に見えた。身長は平均身長で、音駒の部員にも烏野の部員にもよりも背の低い人材はいくらでも居た。しかし、その選手たちよりも小さく見えた。おそらく、線が細いというやつだろう。ちらりとしか見てないが、ジャージから覗く首や腕は細く、肩は狭く、身体は薄かった。
「それにしてもはちっとも成長してねえ」
「ああ、俺最初、高校生だと思ってましたよ。部員達とも親し気だったし」
からから笑って、猫又はの幼さを残した顔を思い出す。
は五年前とまったく変わっていない。あの顔や未発達な身体は、高校生だと言われればあっさりと信じてしまうくらいに若々しかった。育ち盛りの二十代前半とは思えない。
「あいつは元々人懐っこい人柄でな。監督を猫じいなんて呼ぶ奴だぞ」
鳥養のじじィにも馴れ馴れしくしてた、と言いながら猫又は当時を思い出す。
猫又も鳥養も、舐めた態度を取られても構わないという人柄では無い。直井はそれを知っているからこそ、のあの態度には驚いた。許容するほどのものが、にあるのか、直井は分からなかった。
しかし、あの無邪気な、人好きのする顔立ちには、なんとなく説得力があるのだった。
2014-08-18